契約恋愛


そのまま先生は私を家まで送ると付いてきてくれた
いつの間にか手は離れ、とぼとぼ歩く私の歩幅に先生は合わせてくれている
私といえば、さっき先生が言った不謹慎な言葉に内心憤慨していた
先生は大人だからそういう考えが出来るのかもしれないけど
次の恋?
今この状況でそれを言う?
引き止めてくれた恩を仇で返すように、私の表情は曇っている
それを振り返った先生に見られた


「はっ……納得いってねぇって顔してんな」

「…………」


あと1分も歩けば家に着くというタイミングで足を止める
街灯に照らされた先生の顔は、意地悪く笑っているように見えた


「……振られたからって、そう簡単に忘れられるわけないじゃないですか。何年越しの想いだと……」

「別に忘れろって言ってんじゃねぇよ」


目の前の先生がポケットを漁って飴玉を取り出した
包みを開けながら私を見るその目は、さっきと打って変わって真剣な表情だった


「自殺までしようとしたお前には荒療治が合ってるかもなー……」

「……なんですかそれ。私はこれ以上事を荒げたくないんですけ「なぁ…………俺で忘れる?」


ぐっと口に入ってくる飴玉
先生の指で押されて唇が無理矢理こじ開けられる
唇に触れた先生の指先にビックリして思わず足が後ろに引いた


「んぐっ……せんせ……!?」

「甘いか?」


押し込められた飴が舌の上で転がって、表面の砂糖が溶けていく
糖分を感じながら今先生が何を言ったのか目まぐるしく考えていれば、眼鏡の奥で光る眼光に捕まった


「りお」

「なっ……なん、ですか……」


身体を離したのにまた近付かれて、先生の手が私の頬に伸びてくる
優しく撫でられた頬は遠の昔に熱を持っていて、夜じゃなければ真っ赤なのはバレていた筈だ
担任の言動が読めずに心臓だけが煩く高鳴る
そんなに真剣に見つめて、先生は何をしようと―――


「明日は学校来るか?」

「…………え?」


予想外の質問に意表を突かれて咄嗟に手を払った
嫌な態度を取ってしまったと思ったけど、訳の分からないことをする先生が悪い


「……行きます」

「そ。なら待ってるからな」


払われた手なんて気にもしてなくて、先生は安堵の表情を見せた
そりゃ教師の立場からすればこんなコトをする教え子の身の振り方は気になるところだろう
だからと言って、先生の言動には目に余るものがあるけれど


「先生、すみませんでした。変な事に巻き込んでしまって……」

「巻き込まれといてよかったよ。お前がどうにかなってた方がシャレになんねぇからな」


もう家が間近ということを伝えると、先生は自分のアパートへ身体を転換させた
しながらも冗談交じりに親へ挨拶しとくか?なんて言うもんだから、慌てて背中を押してやった


「い、いいですからそういうの!」

「だってよぉ……心配じゃん?」

「それはっ……すみませんでしたって言ってるじゃないですか!もうしませんから!」

「それは当たり前だ。俺が言ってんのはお前の……ここな?」


心臓の辺りをトントン指で突いて、私の心が心配だと先生は言ってくる
失恋で傷心しているのは誤魔化せないし、先生に心配されている申し訳なさものしかかってくる
大丈夫ですと嘘でも言えない私を察してか、先生は教室でも中々見せないような笑顔で優しく笑った


「ま、明日からだな」

「そう……ですね……」


明日から、一体どうなるかなんて私には分からない
これから家に帰って、また思い悩んで
夜な夜な泣き続ければ学校に行けるかすら怪しいものだ
それでも先生には行くと言ってしまったし、このレアな微笑みを困り顔にはさせたくない
それに……あの言葉の意味も気になる


『俺で忘れる?』


なんて、どういうつもりなんだろうか

去っていく先生の後ろ姿を見つめながら、残された口の中の飴玉と先生が放った言葉の甘さを噛み締めていた


.
4/29ページ
スキ