契約恋愛
ポケットに手を突っ込んで、お気に入りのキャンディーを取り出した先生
包装を雑に剥がして口に咥えれば、いつも教室で見掛ける先生そのものだ
但し今抱えてる問題は、教室内で留まれる話じゃない
しんとした部屋に先生が口の中でキャンディーを転がす音が響く
歯に当たるその音は、私の心臓の音を掻き消してくれただろうか
一応心配してくれている先生に、上手く話すことが出来るか不安しかない
「りお」
「な……なんで」ぷにっ
名前を呼ばれたから振り向いただけだった
ついに話す時が来たのかと、先生に向き直っただけだった
唇に当たった甘いキャンディー
先生が棒を持って突き出して、私の唇を飴で割ってきた
「とりあえず糖分取っとけ」
「あ、あひがほう、ごはいまふっ……」
キャンディーの棒を受け取ろうとした手に先生の手が触れる
これから話す内容のせいか、先生のせいか
わからないまま更にドキドキが止まらなくなってしまった
貰ったキャンディーが半分くらい溶けた頃、ようやく決心して私は話し出した
「…………失恋です」
「……そ」
思いの外、先生の反応は薄かった
一大決心して告白して、返ってきたのがあのDM
わざわざスマホで見せたりはしなかったけど、あの文言が忘れられずに口にした
悲しくて、悔しくて、腹が立って
言葉尻が涙声になって、必死に抑えていた感情が涙と共に表に出て来てしまった
「ぐずっ……先生……どうして何にも言わないんですか……?」
「んー……」
「失恋如きでって……思ってますよね?」
「あー……そういう思いがないってわけじゃねぇけど……」
「だったらなん「お前は本気だったんだろ?」
銀八先生が眼鏡を外して、はぁっとレンズに息を吹き掛けた
「本気でソイツのこと好きだったんだろ?」
「っ……はい……」
「その気持ちを俺が否定出来る訳ねぇだろ」
誰にも明かしたことのない恋心だったけど、この人はすんなり認めてくれた
子供の恋だ愛だと馬鹿にしなかった
叶わなかった恋だけど、先生に受け止められて一気に気持ちが溢れ出る
「だ、大好きでした……勇気出して告白したのにっ……」
「ん。頑張ったな」
「幼馴染なのに……あんな酷い言葉……!」
「付き合う前に本性知れて良かったじゃねぇか。そんなクソガキにお前は勿体ねぇよ」
嗚咽を漏らしながら喋る私に付き合って、先生は前を見つめながら相槌を打ってくれる
飴を舐めながら、お茶を飲みながら
私が言葉に詰まっても、鼻水でぐずぐずになっても
ティッシュをぽんっと放って、ただ淡々と私に付き合ってくれた
どれくらい時間が経ったのか、それを知らされたのは私のスマホが鳴ったからだ
「……お母さんからだ」
メッセージが届いたと知らせる音が先生の部屋に鳴り響く
開けば何処に居るのと心配しているようだった
失恋して感情的に突っ走ってしまった後悔が襲ってくる
何も知らない母親は、こんなにも娘を心配しているのに
「帰ってやらねぇとな」
なんでもお見通しの先生は、画面を覗くことなくそう言う
言いながら立ち上がって、私が泣いていたのなんてお構いなしに外に出る準備を始めた
自分の心情を吐露していくらか楽になったものの、失恋の傷が癒えたわけじゃない
死すら考えた私は家に帰る資格があるのだろうか
先に玄関を出た先生が戸口で私のことを待っている
それなのに動こうとしない私の足は頑なだった
「先生っ……」
「ぁん?なに」
なんとか立ち上がってはいるが下を向いて、先生の顔を見られないまままた涙声で尋ねた
「どうしたら……苦しくなくなりますか……?」
「…………」
「せっかく先生が助けてくれたけど……私……」
上げた頬に涙が伝う
喋っていた間は気が紛れていたけど、また1人で部屋に籠もれば良からぬ事が頭を過ぎりそうで不安だった
キッパリ振られて、涙が止まらなくて、どうしようもないくらい辛いこの感情
ここからの立ち直り方を私は知らない
愚図る私をじっと見て、先生は静かに口を開いた
「当分は引き摺るだろうな」
「……そう、ですよねっ……」
「今は信じられねぇかもしんねーが……案外時間が解決すんだよ、そういうのって」
「そういうもの、ですか……?」
「一応経験あるからな」
「先生も……?」
この覇気のない無気力教師にもそういう経験があるのかと、信じられない表情を隠そうともせず向けてしまった
それに先生が苦笑いを返す
玄関に出ていた身体をわざわざ部屋に戻して、私の前に戻って来た
「今は辛いかもしんねぇけど……普通〜〜〜に暮らしてればなんとかなるから」
「普通に……出来そうにないですっ……」
「別に泣いてもいいし、学校休んでもいいし。お前がしたいようにすればいい。あ、死ぬのは勘弁な?」
泣きじゃくって、とっくに乱れている頭を更に乱暴に撫でてくる
涙が伝う頬を親指で拭って、今度は苦笑いじゃなくて優しく微笑んでいた
「後は……」
「後は……?」
手を取られて引っ張られた
固まっていた足がもつれそうになったけど、先生に手を引かれてようやく玄関まで辿り着けた
その前を行く背中がこう言った
「次の恋をすればいいんだよ」
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