契約恋愛


穏やかな風が心地良い午後だった
私は早く勉強から解放されたかったし、先生は午後からの授業が面倒臭過ぎてどう放棄しようか考えていた
屋上に寝転んで同じ空を見て雲を追う
このどうでもいいような時間が、私達には物凄く大切だった
私の膝枕で先生が眠る
私が先生を撫でる
たまに手を取られてその指先にちゅっとキスをしてくるから油断ならない


「……誰かに見られるかもしれませんよ」

「その時はその時だ」

「また適当なコト言って……」


そう言いながら私も満更ではない
今すぐ抱き着いて先生を身体中に感じたいとウズウズしている


「せっかくの金曜なのに職員会議もあんだよな……ダルぅ……」

「仕方ないですよ、先生なんですから」

「なに、その見放した言い方。その分お前に会うの遅れるんだからな?わかってる?」

「わかってますよ。いつもちゃんと待ってるじゃないですか」


料理をするのも大分慣れてきて、レパートリーも増えた
お母さんに習う度に何て理由で聞けばいいのかと、それが悩みどころだった
今日は何を作ろうか、そう聞こうと思ったら


「なぁ……」

「はい?」

「んー……そろそろ、さぁ……」

「なんですか?歯切れ悪い」

「いや、だからっ……」


私の指をきゅっと握って、さすったかと思ったら指を絡めて、連れてこられたのは先生の唇の上
ぷにぷに自分の唇にくっつけて遊んで、私の顔色を伺っている
チラチラ合う視線が何か企んでいることを意味していた


「先生?なんですか?」

「…………」

「先生?」


じーっと見つめれば根負けしたのは先生の方
私の膝の上に居ながら顔を背けて、手だけは離さないでボソッと呟いた


「……泊まったり……しねぇの……?」

「え……?」


その言葉の意味に一気に目が覚めた
先生は先生で、自分で言っておきながら顔を赤くしている
それにつられて余計に高鳴る心臓
なんて返せばいいのか、言葉が出てこなくてしどろもどろになってしまった


「なっ……なに、言って……」

「そろそろいいかなって……結構待ったつもりだし……ごにょごにょ……」

「ま、待ったって……」

「そりゃお前、セッ「わーーー!!もう昼休み終わりますね!教室行かなきゃ!」


先生が何かを言う前に勢いよく立ち上がる
下の方でゴンッ!!という音が響いて先生が頭を抱えていた
これは天罰だ、そう天罰
白昼堂々と良からぬコトを口走ろうとした先生への罰だ
私は悪くない、絶対に
先生がいきなり変なコトを言うから悪いんだ
私を惑わす、言ってはいけないことを





「りお」


頭の激痛に悶えながら這いつくばったまま先生が私を見上げる
超絶カッコ悪い姿なのに、それでも尚、胸が高鳴るのだから私も重症だ


「今夜……覚悟しとけよ」

「っ……さ、先に行きますね……!」


振り返られる筈もなく、小走りで屋上の錆びたドアを開けた
階段を駆け下りれば生徒達のざわめきが広がる廊下
この喧騒に紛れて煩悩を消し去らないと
先生の言葉が頭から離れなくて、授業なんて受けている場合ではなかった


「先生のバカ……!」


一旦家に帰って浴びるシャワーも意味深に感じる
結局何が食べたいかも聞き損ねた
それもこれも全部先生のせい
どうして私がこんなに悩まなきゃいけないの
いつもみたいに楽しい週末だと思ってたのに
いつもと違う金曜日になりそう―――


「っ…………」


席に着いて俯く私は、誰かに顔色を悟られないように必死だった
こんな真っ赤な顔をして、保健室でも勧められたら先生に笑われる
結局意識してるのは自分だと、冷やかされるに決まってる


「席に着けー」


数分前まで耳元で聞いていた声が教室に広がった
ダラシなくサンダルを引っ掛けて、無気力に歩く姿は見なくてもわかる
少し下がった眼鏡を上げれば


「じゃ、自習で」


と、お決まりのギャグのように毎回言う
新八くんすらツッコまないそのノリは、通常運転過ぎて誰も聞いていなかった


「…………」

「…………」


上げた顔に先生の視線がぶつかる
ちゃんと授業して下さいと目で訴えたつもりが、先生の意味深な笑みにヤラれて返り討ちを食らってしまった


「っ…………」

「じゃ、りお。55ページ、最初から読んで」

「……はい」


起立をして教科書を音読する
声の抑揚で、私の動揺がバレないように何事もなかったようにつらつら読んだ
先生が通路を歩いて私の声に耳を傾ける
私と先生だけが立っていて、授業中なのに二人の世界のような気がした
私の横を通り過ぎればいつもの匂いがする
甘くて安心出来る、私の大好きな匂い
この匂いに包まれるなら……

授業中だというのに、私はそんなコトを考えながら夜の逢瀬に想いを馳せていた










「何してんのお前ら、さっさと帰れ」


職員会議が終わって最後のチェックと思って寄った3Zの教室に、男共が輪を作って座っていたのを見て絶望した
これで帰れると思ってたのに
りおが待つ我が家に


「あ、先生!今会議終わったんですか?」


こんな風に放課後残るタイプでもない新八までもが残っている
一体何をやっていたんだと、不機嫌オーラ丸出しで睨んでやった


「こんなトコに集まって……他にやることないのか、あ?」

「先生!俺達は今、重大な話し合いをしてるんです!」


ヅラがそう言うもんだから、これは大したことじゃないと確信が持てた


「喋るなら他行け、他。ファミレスでもファストフード店でもあるだろうが」

「金かかるんで……」

「情ねぇな……で、何話してたんだよ」


風紀委員の三人に加えて東城にマダオ
しょうもない連中が集まって、一体何を話していたのか正直気になるところではある
近藤が興奮しているのを見るに、"そういう話"なんだろうと察しはついた


「クラスの女子で誰がいい?ってみんなで言ってて」

「はぁ……中学生ですかお前ら。こんな放課後に残ってまで……もっと勉学に励め。未来を見ろ」

「い、いいじゃないですか別に!こういう話が一番盛り上がるんですよ!」


新八が正当性を訴えながら顔を赤くしている
お前は何がしたいんだ?と、お妙にチクってやろうと心に決めた


「で?お前達の意見は?」

「結局気になんのかいィィィ!!」


久しぶりに聞いたような気がする新八のツッコミを無視して話の輪に入る
椅子を一脚引っ張ってきて、跨りながら話を促した


「みんな一致で最近りおが可愛くなったよなって!」


近藤がニヤけた顔をしてそう言った


「……ぁあ?」

「なんか雰囲気変わったよな!性格も柔らかくなったっていうか……前より話しやすくなったもん!」

「前より笑うようになった気もする……なんかあったのか?」

「女なんて男一つでコロッと変わりまさァ。多分もう経験済「お前ら」

「なんですか?先生」


全員が俺の方を振り向いた
話の盛り上がりを遮ったせいか、それとも俺の言葉に何か期待しているのか
そんなのはどうでもいい


「全員停学な」

「「「ぇええええ!?なんで!?」」」

「クラスメイトの女子をそんな目で見てるなんて先生悲しいよ。いや、気持ち悪い。悪寒が走る。死ねばいいのにって思ってる」

「何もそこまてま言わなくても!それに……男子がこう言うバカ話するのって知ってるじゃないですか。先生だってそういうこと学生の頃とか……」

「してないね。俺は真剣に学業に勤しんでたし。異性にそういう感情なんて持ったことないし。ましてや同級生の女子のことをアレやコレやと視姦プレイみたいなことした覚えはね「俺達だってねぇ!!」


土方が声を荒げながら顔を赤くしていた
それは怒りでなのか照れなのか、じとっと見つめてみても返ってきたのは鋭い眼光だけだった


「なんだよ……今日の先生ノリ悪ぃな……帰ろうぜ!」

「おー、帰れ帰れ」


そうそう、さっさと帰れ
お前に構ってたら、りおとの時間がなくなるだけ
何が悲しくて野郎共の相手をしなきゃなんねぇんだ

教室から追い出した新八達が窓の下に姿を見せる
まだりおのことを話してそうで胸がざわついたけどこれ以上のことは出来ない
こうやって、バレない程度に牽制するのが精一杯だった
それにしてもだ


「……男いるってバレたか?」


りおの変化にクラスの男達は気付いてる
その雰囲気に、好意を抱くヤツも出てくるかもしれない
まぁその時は、俺が出鼻を軽〜く挫いてやるまでだけど
それに……


「まだ経験してねぇよ。今日だから」


誰も聞いてないのに宣言する
窓の外にいる幾万の男共に知らしめたい
りおは俺のものだと
心も身体も一人占めすると
窓に映った自分の顔に喝を入れて、足早に教室を後にした
コンビニかドラッグストアかどっちにしようかなんて、浮かれながら考える日が来るとは思わなかった

数年後、結婚式に呼んだコイツらによって、俺はボコられることになる


終
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