契約恋愛


その台詞に、声に
表情に惹きつけられて呼吸が止まった気がした
先生の蕩けた瞳に吸い込まれそうで、思わずゴクリと喉が鳴る
いつもならそれすら聞き逃さないで私を揶揄ってくる筈の先生が、今は呼吸を乱しながら私をじっと見つめている
誘っているような懇願しているような、私が一度も見たことのない男の顔になっていた


「キ、キスって……」

「……ダメ?」

「やっ……ダ、ダメっていうか……」


迫って来る先生の顔が近過ぎて、軽く胸板に手を置いて抵抗する
その手から先生の鼓動が伝わってくるようで、私もどんどん脈拍が速くなった
困って見つめ返すも先生は、少し上目遣いでおねだりモードだ
上目遣いで頬を赤らめて、キスなんて言うからたまったもんじゃない


「先生……落ち着いてっ……」

「俺は落ち着いてる」

「何処がですか。とりあえず離れましょ?」

「ちゅうしたい」

「だからっ……」


そんなお願い聞いてしまったら心臓が爆発して死んでしまいそうだ
今ようやく想いが通じて実ったばかりだというのに、キスだなんて自殺行為だ
や、私が自殺とか言うとややこしくなるんだけども


「先生?そういうのはもうちょっ…………キャッ!?」


やんわり断ろうとした刹那、私の身体は背中からソファーにダイブしていた
見事に押し倒されて組み敷かれている
先生が覆い被さってきて自由に動けない
腕も、胴も、足も
1ミリも動かせなくて目だけが泳いだ
迫って来る先生は、余裕なさそうにまた繰り返す


「俺、我慢してたんだけど」

「そ、それはわかりましたから……」

「契約だから……教師だからって……堪えてたんだけど」

「あ、ありがとう……ござい、ます……?」


もう何を言ってるのかわからない
先生の顔が近くて、癖っ毛が鼻を掠めて、吐息を感じて
惚けているのは私も同じだ
私も先生と同じ、もう我慢出来ないかも


「……いつもみたいに癒してくんねぇの?」

「ど……どうやって……癒しましょうか……?」


ふっと笑った先生と、鼻先が触れて肩がピクリと跳ねる
それも一緒に笑われて、文句をつけようとしたけどそんな暇はなかった


「だから言ってんだろ。キスしよって…………」





初めて触れた唇は、柔らかくて甘くて本当にマシュマロみたいだった
先生がいつも飴ばっかり食べてるからだと、頭の隅で思えば立て続けにリップ音が降り注ぐ
経験のない私に合わせて、先生が啄むように唇を食べてくる
それすらどうしていいかわからない私は、夢中になって先生の唇を追った


「ちゅっ……ん……」

「そうそう……上手……ちゅっ……ちゅっ……」


頭を撫でるようにして抱えて固定して、まだ終わらせないと言われているようだった
先生の熱に溺れて、離せないのは自分なのに


「はぁ……せんせっ……ちゅっ、ちゅっ……好き……」

「……あんまデレんなよ。止まんなくなるっ……ちゅっ……」


そして身体を起こした先生は眼鏡をテーブルの上に置いた
離れた身体に終わったのかと私も身体を起こす
自分の身体が放つ熱に戸惑いながら下を向いていれば先生が唇を攫いにくる
不意打ちに驚いて身体を揺らせば先生は上機嫌に言った


「まだに決まってんだろ。好きなだけしゃぶりつかせてもらうけど?」

「しゃぶりっ……!?」

「キスだけで我慢すんだからそれくらい許せよ……」


そしてまた唇が音を立てて重なり合う
先生の言葉とキスに翻弄されて、私は今にも倒れてしまいそうだった
この甘くてふわふわした感覚に頭がぼーっとして、しがみついて必死に耐えた
焦点も合わないし呼吸も乱れる
そんな私を見て先生は


「煽ってんのか?」


なんて言っていたけど、それは終始色気をダダ漏れさせている先生の方だと心の底から思っていた
多分余計な一言になるから言わないけど


「ちゅっ……りお……」

「……んっ……は、はい……?」


唇を離して先生が抱き締めてきた
ぎゅうっと力強く少し痛いくらいに、そうして耳元で囁くんだ


「……明日からどうしよ」

「何が……ですか……?」

「今のコト授業中に思い出して勃ちそうなんバシッ!!


うずくまった先生は、暫く顔を上げることが出来なかった
その姿を見つめて密かに笑う
私だって本当は、学校で先生を見たらニヤけてしまうだろう
その度に先生に気付かれて、揶揄われるのが目に浮かぶ
そして影で甘やかしてくれるのも……
まだ起きてこない先生の髪に触れれば触り慣れた柔らかい感触
撫でて指に絡めて、いつものそれを十分堪能する
明日からもこの髪に触っていいのは自分だけかと思うと、より表情が緩んで先生に見られてはいけないと引き締めるのに苦労した


「先生」

「……痛いんですけど」

「はは……ごめんなさい。でも先生が悪いですよね?」

「……悪くねぇだろ」

「悪いです」


拗ねて私の腰に抱き着いてきた先生を軽くあしらって頭を撫でる
この日常を続けてもいいんだと思うと幸せで胸がいっぱいになった
そしてその想いは言葉になって口から溢れる


「先生、私の彼氏になってくれてありがとうございます」

「なに、急に改まって」

「……言いたくなって」

「それはこっちの台詞だろ?今更だけど、本当に―――」


下から覗いてくる顔を両手で押さえて自分から唇を当てる
私の愛しい人は驚いて、さっきの私みたいに身体を硬直させた


「銀八先生、大好きです」

「…………知ってる」


後頭部を押さえられて深く交わり合う
部屋に響くその音は、暫く鳴り止むことはなかった
翌朝、唇が腫れ上がったのは言うまでもない
帰りもなんとか日を跨がないで済んだものの、こっ酷くお母さんに叱られた
カラオケで盛り上がってと嘘の言い訳がチクリと胸を突く
後日それを知った先生がお母さんに謝りに行くと言うから必死に止めた


「バレてもいいんですか?」

「良くはねぇけど認めては貰いたい」


そんな言葉が私の胸をきゅんとさせたのは秘密にしている

そしてあれから数日経った今日
私達はいつもの屋上でいつものようにお昼ご飯を食べていた


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