契約恋愛


そう思えば思う程、辛くなるだけだった
こんなに近くにいても、触れても
叶うことのない想いはどうすればいいのだろう
一層、幼馴染みたいに罵倒されれば吹っ切れるのに
先生がそんなことを言う筈がないとわかっていて、無謀にもそんなことを思っていた


「だから……泣くなって。な?」


伝う涙を先生が拭う
頬に滲んだ涙の温かさに、先生のぬくもりを重ねて余計涙が溢れた
もう離れなきゃ
先生を解放してあげないと


「ごめんなさいっ……もう……大丈夫、ですっ……」

「何が大丈夫だ。全然ダメじゃねぇか」

「今まで……ありがとうございました……私……私っ……」


先生を好きになって良かった
本当に、心からそう思う
けれどもう、過去形にしなければならない
このまま引き摺って、先生とのリハビリが無駄になっては意味がない
ちゃんと昇華して、私も先生も前に進まないといけないから


「なんで人の話聞かねぇの。一方的に喋るな、馬鹿」


馬鹿と言いながら引き寄せられて、再び先生の胸に抱かれていた


「ベラベラ喋って満足したか?自分だけ気持ち吐露して楽になったか?」

「そんな言い方……!」

「だってそうだろ?自分の気持ちにケリつけたいのか知んないけど、俺の話聞く気ある?」


ん?と顔を近付けられて、照れと戸惑いが顔に出る
先生は苦笑いを浮かべるとサッと身体を離して眼鏡を外した
私の表情から読み取った答えを果たそうと、静かに眼鏡を拭いている


「ちゃんと話すから、まずは落ち着こうか」

「……はい」

「鼻水も拭いて」

「はい……」


グズグズの顔面をティッシュで拭いて少しでもマシになるよう取り繕う
もう一度台所に立った先生は、やっぱりと温かいココアをいれてくれた
そのカップを持ってフーフー息を吹き掛ける
その熱が、私の心を大分落ち着かせてくれた


「りおもかなり甘い物食べるようになったよな」

「……誰のせいですか」

「彼氏のせい?」

「……ちょっと太ったんですけど」

「変わらず可愛いけど?」

「っ…………」


今そんな風に言うのは卑怯だと、反抗するように少し背中を向けた
それでもわかる
私の後ろでニヤニヤしてる先生の顔が
揶揄って、私が不貞腐れて
いつもそれを楽しそうに見ているんだ

置いたカップから手を離してソファーの上で膝を抱えた
先生がいつ話し始めてもいいように、聞く意思はあるとアピールしているつもりだ
うずくまって、爪先をパタパタさせて、暫くすると先生が話し始めた


「正直言うと……最初はお前の命繋ぎ止めるのに必死だった」


あの踏切での出来事を、先生は思い起こして言っていた
私達にとって重大な事件だったのにも関わらず、随分昔のことのように感じる
それだけ最近の関係が濃密で、記憶に残っている証拠だろう
どっちの失恋が辛いかなんて、一目瞭然で先生には申し訳なさしかない


「先生ごめんなさい。私があんなことしてなければ、こんなことになってなかったのに……」

「別に謝る必要はねぇよ。あの時はあの時で、お前は真剣だっただろ?」


たかが高校生の失恋を、先生は馬鹿にすることなく聞いてくれた
それがどれだけ私の心を救ったか
先生はきっと知らないだろうな


「実はあの時結構テンパっててよ。なんせ教え子が死のうとしてんのに出くわしたことなんてなかったから」

「そりゃそうですよね。なんか……すみません」


謝んなと頭を撫でられて髪が乱れる
それをむず痒く思いながら直していれば、先生は続けて教えてくれた


「それでだ。なんとかしようと思って苦し紛れで出た提案だったことは認める。まぁ……教師が何言ってんだって話だけどな」


それでも時間と新しい恋が傷を癒してくれるのは持論だと先生は言った
そしてそれは見事に当たっている
あの時先生が出した契約は、最善だったと身を持って知っていたから


「……初めは胡散臭さしかなかったけど、先生の言うことが本当だってわかりました」

「いやそれ褒めてんの?けなしてんの?」


その返しに思わず笑いが溢れて笑顔になる
私の好きになった人は、私をいつでも笑顔にしてくれる
テキトーだったり無気力だったりするけど、それだけは確かだった


「先生」

「ん?なに」

「私、先生のこと好きになって良かったです。それだけは嘘じゃないです」


笑顔を向けて真剣に、最後に伝えたかったのはこれだった
もう涙は出ていない
また後で出るかもしれない
けれど最後だけは笑って、明日も普通に会えるようにしたかった





「それを言うなら俺も……何一つ嘘はついてねぇよ」


私の手に伸ばしてきた手を重ねて、先生はそう言いながら優しく握り締めてきた


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