契約恋愛


しんと静まり返った部屋では僅かな音も拾えてしまう
ポタポタ落ちる涙は、見えていなくとも先生にはバレたかもしれない
それを打ち消すように声を張り上げる
と言っても、震えてちゃんと喋れていなかっただろうけど


「先生との契約……今日で終わりにしませんか?私もう大丈夫なんでっ……もうすっかり立ち直りました!」

「……俺の彼女……辞めたいの?」

「辞めたいっていうか……そういう契約だったじゃないですか!私が立ち直るまでって……」

「……そうだな」


ちゃんと言えた
上擦った気持ち悪い声だったかもしれないけど伝えられた
こうなれば契約は終わりだと、初めから決まっていたことじゃないか
先生とお弁当を食べるのも、膝枕してあげるのも、全部全部今日で終わり
明日から私の生活が元に戻るだけ
そしてそのうち誰かを好きになって、友達に相談なんかして、ああだこうだと恋バナに花を咲かせるんだ
こっ酷く振られたことも笑い話になって、あんな人もいたね〜って思い出す程度になるんだ

先生とのことも、いい思い出に変わるんだ










「っ…………ぅ…………く………」


堪えても堪え切れない声が口から溢れる
涙は首まで伝って襟元はぐちゃぐちゃになった
勝手に盛り上がって勝手に泣いて
先生もきっと呆れてる
何泣いてんのって困った顔をしてるに違いない


「りお」

「っ…………」

「こっち来い」

「…む、りっ……」

「とりあえず座って」

「やだっ……」


優し過ぎる先生の声に苦しくなる
授業で聞く声とは違う
私しか知らない甘い先生の声
それがもう、聞けなくなる―――


「先生っ……」

「なんだ、りお」

「もっ……やめましょ……この契約……本当に私、平気ですからっ……先生が色々経験させてくれたから……また……恋してもいいかなって……思えるようになったからっ……」


銀八先生、貴方の荒療治は成功です
けど……前よりもっと苦しいんです

もう嗚咽を止められなかった
先生には私の泣く意味はわからないだろう
それでも止まらない涙はどうすればいいのか
落ち着けとどんなに思ったところで、溢れ出た想いは止まらなかった





「りお」





泣くのに夢中で気付かなかった
先生の声がすぐ後ろで聞こえて身体が固まる
ソファーにいた筈の先生が、私の背後に回っている
名前を呼ばれただけだけど、柔らかいゆっくりした抑揚で、私を気遣っているのがわかる
それが尚更涙を誘って、肩を震わせてしまった
そして

先生の腕が私の身体を包み込む
首筋に掛かる先生の吐息と髪の毛がくすぐったい
後ろから抱き締められて、死んじゃうと思うくらい心臓が痛くなった


「先っ……も、ダメ、ですっ……」

「……なんで?」

「わた……彼女じゃ……ないからっ……」

「勝手に決めんな」


より強まった腕に手を添えそうになる
いつもみたいにくっついてきて、私がウザいと拒否するみたいに払えばいいのに、自分から触れるのはいけないことだと手が出ない
それでも先生は離れなかった
泣き続ける私をあやすように静かに語り掛けてくる


「なんで泣いてんの?」

「っ……」

「あったかいもんでも飲むか?」


首を振るのが精一杯の私はまだ顔を上げられない
先生のぬくもりが辛くて、下を向いて耐えるしかなかった


「なぁ、りお」

「はいっ……」

「恋してもいいって……気になるヤツでも出来た?」


なんで先生がそんなこと言うの?
決定的な終わりを告げようとしてるの?
でも丁度いいかもしれない
そう言えば先生もすんなり身を引きやすいだろう
土方くんて言う?沖田くんて言っておく?
私が恋してるのは誰って―――





「……先、生っ……」


無理矢理この関係を終わらせようと頑張っていたのに、最後の最後で嘘がつけなかった
涙が出るのも苦しいのも、全部先生が好きだから
私が恋をしてしまったのは、銀八先生だから
そもそも告白みたいなことはしてしまってるわけで、先生がそれに気付かない訳はない


「ごめんなさい……私……先生のこと好きになっちゃった……契約なのに……ごめんなさいっ……」

「……なんで謝んの」

「だってぇ……!」


頭をポンポン撫でられて、私は声をあげてわんわん泣いた
身体を反転させられて泣き顔を晒す
ふっと笑った先生が私の涙を拭う
指先なんかじゃ拭い切れない涙がポロポロ溢れて、しゃーねぇなと胸に押し付けられた


「ほら、これで拭け」

「ぐずっ……パーカー……鼻水っ……」

「はいはい、洗濯するから大丈夫ですよー」


私のぐちゃぐちゃの顔面は、温かい胸に抱き留められて見事にパーカーを濡らした


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