契約恋愛
「なんだよ、離せよ!」
「言い忘れてたんだけど」
顔を合わせた男達は無言で見つめ合う
先生が何を言うか息を飲んで待つ幼馴染は、肝が冷える思いだろう
勿体ぶってかなんなのか、先生は暫く黙っていた
「は……早く喋れよ!」
「お前……言ったよな。いい大人が高校生に手ぇ出してって」
「それも謝れって!?あーもう!すいませんでした!ごめんなさい!!」
「違ぇよ」
「違うのかよ!!」
なんだか仲良くなった気がしないでもないツッコミを披露して顔をしかめる
わざわざ引き留めて何が言いたいのか、私にも幼馴染にもわからなかった
「いやね、勘違いされてたら困るから」
「何がだよ!ホントわけわかんねぇ!」
「だから……」
人差し指を立てて大層に、真顔で言ったのは本人は真剣な証拠だ
「いい大人だから……まだ手ぇ出してねぇよ」
この人は、こんな状況で一体何を言っているのか
ポカンと拍子抜けしている相手を無視して先生は続ける
そして私は顔から火が出そうだった
「いい大人だからな……我慢してんだよ。わかる?君に俺の苦労が「ちょっ!ななな何言ってんですか!!」
思わず先生のバカと背中の一つでも叩きたかったけどなんとか堪えて大声を出した
何を、しかも誰に言ってるのか
羞恥心で大きくなった声を煩そうに、先生は私をじとっと見た
「…………」
「な、なんですかっ……」
「別にぃ……」
何か無言の圧力を感じてたじろぐ
それを察してなのか私から目を逸らして彼に顔を向けると、あれだけ敵対していた相手の耳元に手をやって、何やら耳打ちしていた
「りおな、ガード固ぇんだよ」
「知らねぇよ!知りたくもねぇ!」
このリアクションから先生がろくでもないコトを言ったのは理解した
一気に冷めてため息をついて、私は冷ややかな目で先生を見た
それを丁度いいとして、今日はお開きだと教師らしく再度促した
もちろんお前が止めたんだろと文句は出たけれど
一目散に走り去る彼の背中をぼーっと眺めて呼吸を整える
今更足がガクガク言って力が入らない
それに気付いた先生が後ろから優しく支えてくれた
こういう所がホント……いい大人なんだと言わざるを得ない
「りお、大丈夫か?」
「はい……ちょっとビックリしちゃいましたけど……まさか先生が来てくれるとは思いませんでした」
「ヒーローは遅れてやってくるもんだろ?」
「や、来るなら早い方がいいです」
「あ、そ」
いつものやり取りに安心した身体が震え出す
大丈夫と言っても初めての修羅場だ
精神的ストレスは思った以上にかかっていたらしい
「りお」
「なんですか?」
「あー……お母さんに……もう少し遅くなるって連絡入れてもらえるか?」
「え……どうしてですか?」
「俺達も……話さなきゃなんねぇコト、いっぱいありそうだからよ」
「っ……わ、わかりました……」
なんだか目が合わせられなくて咄嗟に逸らしてしまった
先生の言葉の意味に緊張が走る
どうやらその時が来たようだ
私の告白をも意に介さない、契約終了の時が
そう思うと違う意味で身体に力が入らなかった
心を強く持ってなきゃいけないのに、既に泣きそうだ
アパートへ戻ろうと先生が促す
それについていかない足元が、私の弱気を表していた
「先生っ……ごめんなさい、足が……ちょっと待ってもらっていいですか?」
「……大丈夫か?あんな威勢良くしててもやっぱ怖かったんだな」
「……かもしれません」
本当に怖いのはこの後の話だと言えるわけもなく、先生の袖をぎゅっと握り締めて下を向いた
その手を離されて先生が背を向ける
ズキッと心臓が痛んだのも束の間、しゃがんだ先生が顔だけこっちに向けてこう言った
「ほら、おんぶ」
「……え?」
「え?お姫様抱っこの方がよかった?」
「え!?や!?違……って、おんぶしてくれるんですか!?」
「だって歩けねぇんだろ?」
「だからって……!」
自分の顔がどんどん赤くなるのがわかる
先生は何も問題ないと言わんばかりに急かしてくる
急にそんなコト言われても私は高校生だし
きっと重いだろうし、迷惑だろう
なにより……先生とこんなにくっつけば、淡い期待を持ってしまう
最後の最後で甘えても、もう意味はないのに
「ほーら、りお」
「で、でもっ……」
「何恥ずかしがってんの。こんな夜に顔なんて誰も見えねぇよ」
「そういうことじゃ……!」
いつまでも煮え切らない私に先生が苦笑いを向ける
この顔もあとどれだけ見れるのか
笑いながら先生は言った
「彼女なんだから、このくらい甘えろよ」
いつか解ける魔法と知りながら、シンデレラはどんな気持ちで王子様と踊っていたんだろう
子供の時にすら思ったことのない思いが頭を巡って感傷的になる
その想いを誤魔化す様に都合良く、仕方がないと先生の背中にそっと身体を預けた
「よっと……しっかり掴まれよ?」
「はいっ……ありがとうございます……」
私を背負って立ち上がる
今程ダイエットしておけばと思ったことはない
「んじゃ、アパートに戻るか」
「はい……」
すぐ近くで聞こえる先生の声
身体に感じる鼓動とぬくもり
アパートなんか行きたくない
先生から離れたくない
嘘でもいいから先生の彼女でいたい
先生が被っていたフードをわざと脱がす
誰かに見られたらダメなのに、誰かに私達を見て欲しかった
私達は恋人同士ですって、大きな声で言いたかった
毎日見ている癖っ毛が目の前で揺れて、思わず首にしがみついた
「あー……凄いな」
「な、何がですか……?」
「いやね、おっぱいがダイレクトに当たっ「黙って下さい、先生」
こういう所も何もかも
全部好き
先生、大好きです
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