契約恋愛
私の小さな声は届いたのだろう
目を瞑って眉間にシワを寄せた後、ため息を吐き出しながらゆっくり先生は目を開けた
合った目はいつものように力が抜けていて、私をじっと見つめるとポツリと呟いた
「悪ぃ……」
離した手をプラプラさせて距離を置く
もう何もしないと相手にわからせるというよりは、私にアピールしていた
幼馴染といえば掴まれた喉元を痛そうにさすってこちらを睨んでいる
それでもさっきまでの勢いはない
先生の話が図星だと物語っていた
そこを詰める先生
「さてと……話戻すけど……」
「な、なんだよっ……」
目線だけで相手が怯える
学校でのことは余程人に知られたくなかったことらしい
私にバレてしまったことと、初対面の人間に知られていたことが恐怖となってのしかかっているようだった
「俺としてはお前がりおにちょっかい出さないでくれたらそれでいいんだよ。あと謝れ」
「謝れって……なんで俺がっ……」
「おいおい、まだ渋る気か?お前まさか俺があれだけの情報しか持ってないと思ってるわけ?ん?」
「は!?ちょ、おまっ……なんで俺のこと知ってんだよ!?」
「さぁ……なんでだろ?りおにじゃなくてお前に対してストーカーだったりして」
「何言って……」
「ほら、何バラされたい?高2の時のアレにしよっか。学校祭の「ちょっ!ちょっと待てって!!」
慌てて遮る姿は完全に敗者だった
先生が何を知っているのか私にはわからないけど、ストーカーだなんて話もここまできたらあり得ない話ではないような気さえする
先生の口を止めるのに必死な彼は逆に諭されて、私に謝るよう身体をこちらに向けてきた
先生に仕向けられて無理矢理ではある
多分本意ではないだろう
それでも形だけはと気不味そうに私の前に立ったのだった
「…………」
「…………」
二人で向き合って黙ったまま顔を見合わせる
どう声をかけていいのかわからずに、暫く痛い沈黙が流れて―――
バコンッ「バカかお前は。謝れって言ってんだろうが」
「痛っ!何すんだよ!」
「ここまで来てプライドが邪魔してんの?ったくそういうトコだけは一丁前なん「今言おうと思ってたんだよ!」
生徒を叱る先生がそこにいた
いや、本来それが先生の姿なんだけど、まさか彼に対してそういう態度を取るとは思っていなかったから驚いた
教師である以上、生徒の扱いには慣れてる筈だけどまさかこんな時にまで……
先生の正体を知らない彼から見たら、一体どんな感じなんだろうか
いつも問題児を相手にしている先生には造作も無いことかもしれないけど
頭を小突かれた幼馴染が再度私に向き直る
下を向いて、顔を上げて
下唇を噛む癖は久しぶりに見た
「り、りお……」
「うん……」
「…………悪、かった……」
「うん……」
あの言葉を投げ掛けられてから、謝ってもらえるなんて微塵も思っていなかった
ノリだったとしてもきっと本心だったと思う
私に好意を向けられたのがそれ程嫌だったんだろう
だけど、人に対して言っていい言葉とそうでない言葉がある
何か言うなら今しかない
そう思って恐る恐る口を開いた
「あの、ね……」
「…………」
「私……振られるとは思ってたんだ。そっちがモテるの知ってたし、私なんてただの小さい頃からの付き合いなだけだし。でもさ……言い方ってあると思うの。振るにしたってあんな人格否定する言い方は良くないよ。私だって傷付くんだよっ……」
「ごめん……りおなら……ノリっていうか……そういうのいいかなってどっかで甘えてたんだと思う……にしたって……ごめんっ……」
「もう……違う人にそういう言い方しないでね?そっちはそっちで……なんか大変なのかもしれないけど……」
「……悪かった」
私が自殺未遂までしたなんて知ったらどうするんだろうか
今はこんなにしょぼくれて、きっと取り乱すだろう
もう終わったことだし私は生きている
だから言うつもりはないけれど
私みたいな犠牲者はもう出なくて済みそうだった
「……おばさん、元気?」
「え……?」
不意に出た言葉
彼のヘコんだ顔を見て、何故だか話題を変えようと思った
「この前スーパー入ってくの見かけたんだけど話し掛けられなくて……」
「い、やっ……普通……いつもと変わんねぇよ……」
「そっか。元気そうで良かった」
「お前ん、とこは……?」
「ウチも……普通かな。おばさんとランチ行きたいって言ってたよ」
「そ、かっ……あー……つ、伝えとく……」
「うん、ありがとう」
「なぁりお「ストップ」
銀八先生が背後から肩を組んで話を遮る
突然触れられた恐怖対象にビクついて、幼馴染はまた顔を青くしていた
「お客様〜お時間になりました。あ、延長はなしで」
最早羽交い締めに近い力加減で彼が顔を歪める
なんにもしてねぇだろと叫んで、ようやく身体を解放されていた
よろけた彼に先生が最終通告をする
「じゃあ契約成立な?お前はこれからりおにちょっかい出さねぇって。じゃないと……」
「わ、わかってるって!なんなんだよお前っ……いい大人が高校生相手に……」
ブツブツ文句を言っていたが従う気はあるらしい
納得いかない顔はしてたけど、これで一段落ついた
「じゃあガキはさっさと帰りなさい」
「うるせーな!言われなくても帰るっつーんだよ!」
一秒でも早くここから去りたいと私達の間を通り抜けていこうとした彼の腕を先生が取った
帰れと言いながら引き留めて、目を見開いたのは幼馴染の方だった
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