契約恋愛


フードを深く被っているせいか、いつものように頭を掻く仕草がぎこちない
そろそろ飴を食べたい頃だろうに、そんな嗜好がバレたら簡単に特定に繋がる
そもそもそんなに近付かないでとハラハラしながら見つめる背中は、猫背にしてはとても頼もしかった


「ぁん?なんだよ、お前。今りおと喋ってんだけど」

「いやね、俺もそのお喋りに混ざりたくなってよ。随分仲良さそうに喋るな〜って」

「うわ、嫉妬?キモ。でもなんか悪いね。俺とりおは幼馴染だからそう簡単に縁は切れないんだよね〜」


そんな縁、こっちはもう切ってんだよと言い返したかったのに、先生がさり気なく出した腕に止められた
この数分で私の怒りポイントは把握されたらしい
先生に任せる形となって、相手を睨み付けていた


「まぁそうだよな、幼馴染っつー事実は消えないよな。でも……俺嫉妬深いから、りおの周りに男がいると思うと殺したくなっちゃうんだよね。だからお願い、金輪際りおに会わないでくれるかな?飴あげるから。な?」


本当にポケットから飴を三粒取り出して、手の平で広げて見せた
これに煽られるのは当然のことだった


「は?お前ナメてんの?」

「飴だけに?上手いね〜」

「違っ!ふざけやがって……おいりお!こんなストーカー紛いなヤツ、彼氏にすん「今お前と喋ってんの、俺な?」


笑ってるけど笑ってない
声色からそう読み取れた
背を向けられて表情はわからないけど、いつも力の抜けた喋り方をする先生からは想像出来ない程、低くてドスの効いた声だった


「で?どうすんの?りおと会わないって約束してくれる?縁切ってくれる?」

「だからっ……なんでお前に指図されなきゃなんねーんだよ!関係ねーだろお前には!」

「ギャーギャーギャーギャー煩ぇな……関係あるから言ってんだろうが」

「たった数ヵ月の彼氏が何言ってんだよ!バカじゃねーの!?」


それを聞いた先生の肩がゆっくり上下した
ため息をついたのは明らかで、この問答に嫌気が差しているのは私にもわかる
相変わらず腹の立つ顔をしている男に対して、手が出てしまうんじゃないかと不安に思えた時だった


「引かない?どうしても引いてくれない?」

「俺とりおの関係は簡単には切れないの!残念でした〜!そうやってずーーっとヤキモチ妬いてモラ男にでもなって「◯◯高校、3年A組」


「「……え?」」


こんな時に、私と幼馴染の声が重なった
そして先生は、そこからつらつらと話し始めた


「えーっとぉ?高校入学と同時に中学でもやっていたサッカー部に入部。意気揚々と入ったもののレベルの違いに呆気なく挫折する、と。逃げるように数ヵ月で退部した後はそれはもう転げ落ちるように暗〜い高校生活だ。それもプライドが許さないお前は活路を見出した。それは一軍の陽キャグループに所属することだ。けど無理矢理入ったグループではお決まりのように浮いてしまい、次第にそこからも見放されていく。それでも諦めきれないお前に付いたあだ名は―――金魚の糞「や、やめろ!!」


先生の言葉を遮った声が、暗闇に響いて一段と耳に残った
これだけ言い合いをしていてそれが一番大きい声だった
口元をワナワナ震わせて、多分顔を真っ赤にして
今までと違う表情で怒る幼馴染に違和感を覚えつつ、先生の言葉の真意を問う


「せっ……な、なんですか?今の……」

「あー……りおは知らねぇんだな。コイツがどんな高校生活送ってるか」

「どんなって「うるせー!!黙れよ!!」


ついに殴ろうと飛び掛ってきた腕をヒョイッと躱して手首を捻る
まさか先生が喧嘩も対応出来るタイプとは思わずに呆気に取られてしまった


「オイオイ、危ねぇだろ。人は殴っちゃいけないの、わかる?」

「テメェこそ何人のこと嗅ぎ回ってんだよ!!そんなデマ誰が信じるかって!!」

「いや、こんな動揺してて何言ってんの。バレバレなんだよ、お前の素行は」

「っ……!!」


捻り上げられた腕を乱暴に解いたからか、苦痛に満ちた顔で男は黙った
多分腕の痛さじゃない
触れられたくない自分の暗い部分を晒されて、反論出来ない程狼狽えていた
それでも私にはいまいちピンと来なかった
彼はいつもクラスの中心で、先生の言葉を借りるならそれこそ一軍の陽キャグループだった
部活も続けて頑張ってたんだと勝手に思ってたけど、そういえば試合の話を聞かなかった
爽やかなサッカー少年と思っていたら高校では周りを伺う様な生活になっていたなんて、あの告白した時の態度を見ても同一人物とは思えない
何が彼を変えてしまったのか、頭で処理出来ずにただ困惑した表情で見つめるしかなかった


「まぁな、お前にも事情はあるんだろ、集団生活で上手くやってく処世術っつーか。けど……それとりおを傷付けたことは別だかんな」

「傷付けたって……俺はただ振っただけだろ!?」

「言い方ってもんがあんだろうがっ……高校でヤサグレて人の心まで失くしたのか?あ?」


後退りする男をジリジリ追い詰める
その背中からは怒りのオーラが出ている気がした
私の為にここまでしてくれるなんて、こんな時に少しときめいたのは流石に口に出来なかった


「りおに謝れ。そして金輪際近付くな」

「なんで俺がっ…………ぐ!?」


悪足掻きする男の胸倉を先生が掴んだ
ヤバいと思って駆け寄って見えた先生の顔は、私が見たことのない険しい表情だった
思わずその手を掴む
これ以上何かしたら、先生が悪者になってしまう


「やめて下さい!」

「謝れ」

「っ…………」

「私は大丈夫ですから!」

「俺が納得いかねぇんだよ」


締め上げる手に力が入ったのがわかった
でもダメだ
本当にこれ以上してはいけない
お願いだからと重ねた手に力を入れた
そして目で訴える
力の無い私にはそれしか出来ない
いくら私の為に怒ってくれていようとも、先生が傷付くことを私は望んでいない


「……んせ……やめよ……?」


涙で滲んだ視界に、ハッとして我を取り戻した先生の姿が映った


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