契約恋愛


私が誤魔化そうとしているのを見抜いている先生は、はぁっとため息をついて面倒くさそうに腰に手を当てた
そりゃそうか
教え子がこんな事をして……今から事情だ何だって聞き取りが始まるに違いな「お前が目の前で死んだら俺にトラウマ植え付けられるよね?そういうのちゃんと考えてる?」

「…………は?」

「だから……周りはちゃんと確認したのか?せめて他人様に迷惑掛けないようにしないと」


あぁ
この担任は、目と同様に心まで死んでいるのか


「……すいません、次は失敗しないようにしますんで」


気不味いとか、バレてヤバいとか、そんな普通の感情が通じる相手じゃなかった
なんならちょっと同情して貰えるのかなんて少しでも思った自分が恥ずかしい
今もほら、耳に小指を突っ込んで早く帰りたいオーラを出しているんだから


「……変な所見せてすみませ「なんで死のうとした?」





まさかそんな台詞が出てくるなんて思わないから、頭が真っ白になって立ち尽くしてしまった
面倒くさいんじゃないの?
帰りたいんじゃないの?
そう思っていたのに先生の挙動が掴めずに、変な顔になってしまった私をガン見しながら先生が近付いて来た


「なんで」

「……言いたくありません」

「じゃあ家庭訪問でもす「いいいい言います!言いますよ!」


さっきとは全く違う汗が出て来て言葉に詰まる
残念ながら腐っても教師らしい
よく考えれば当たり前に、教え子の危うい行動を見過ごす訳にはいかないようだ
目線で合図を送られて、その危うい踏切から離れようと先生が移動し始めた
少し距離を置いてとぼとぼ後ろを付いて行く私は、これから何て言い訳すればいいのかと頭を巡らせていた
黙って歩く銀八先生の背中をチラッと見る
多分私に気を遣って歩くスピードを緩めてる
さっきまで死のうとしてた筈なのに、迷惑を掛けている居た堪れなさに胸がぎゅっとなった

私は何をしてるんだろ……

失恋の悲しみと、先生に迷惑を掛けていることに胸が痛む
もう今日は、感情が乱高下し過ぎて心が疲弊仕切っていた





「ここ、俺んちだから」

「…………え?」


ほぼ上の空で付いて行った私が悪い
悪いけどっ……


「せ、先生っ……ここって……」

「だから、俺んち」


アパートの一室を案内されて、たった今ドアを指で指されている
ファミレスでも何処でも連れて行かれて話すんだと思っていたけど、まさか自宅に呼ばれるなんて思ってもみなかった
というか……生徒が担任の部屋に上がるなんていいのだろうか


「茶くらいしかねぇけど、いいよな?」

「それは別に……って先生!」


玄関の鍵を開けてさっさと中に入ってしまった銀八先生を呼び止めるも、声だけが帰ってきて呆然としてしまった


「りお、鍵かけといて」

「そうじゃなくて……!」


中に入ることを強いられて、不安でいっぱいの私の後ろで静かにドアは閉じた

玄関に立ち尽くす私の耳にガチャガチャと部屋の奥から物音が届く
先生が部屋を片付けているのか何やら忙しない音で、いよいよそこがプライベートな空間だということを突き付けられた
初めて入った男の人の部屋
子供の頃に遊びに行った男子の部屋とは訳が違う
大人の、担任の先生の、私の知らない空間―――


「りお、いい加減こっちこい」


見兼ねた先生が玄関まで迎えに来た
入るのを躊躇っていた足が、遠慮がちにスニーカーを脱いだ


「お、お邪魔……しますっ……」


冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、それを小脇に抱えた先生が私の隣に立つ


「そこに座れ」


2人掛け用のソファーを顎で指して、目の前のテーブルにペットボトルを置く
先生は立ったまま私を上から見下ろす様にして腕組みをしていた
その目に早く喋れと言われてる気がして、逃げる様にお茶に口を付けた


「少しは落ち着いたか?」

「…………はい」


気不味さを破った先生の声がさっきより優しく感じてチラッと見上げる
相変わらず気怠い雰囲気を醸し出しながらもこの問題児をどうしようかという困惑は隠し切れていなかった
それを隠そうともせずにもう何回目かのため息をつく
そのまま私の横に座って、いよいよ尋問が始まりそうだった


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