契約恋愛


バチンッ!!

閑静な住宅街に乾いたいい音が響き渡った
手の平がじんじん痛んで熱を持つ
初めて人をぶったその手は、僅かに震えていた
男は頬をぶたれて首を傾けている
赤く腫れているなんて見えなかったけど、結構な力でいったから痛かった筈
でもきっと、この人にとっては物理的な痛さよりプライドを傷付けられた痛さの方が上なんだろうな
だってほら、今にも私に飛びかかってきそうな目になったもの


「おまっ……なにすんだよ!!」

「痛かった?ほっぺだけで済んでよかったね。まだ殴り足りないけど」

「はぁ!?お前、何調子に乗ってんだよ!女だと思って俺がやり返さないと思ってんのか!?」

「何言ってんの?先に攻撃してきたのはそっちでしょ!?やり返したのは私だから!」


そりゃ腕力で敵わないのはわかってる
だから怖くないと言えば嘘になる
足は震えてるし声も上擦っている
それでも止まれないのは、どうしても許せないから


「ねぇ……訂正してよ」

「ぁあ!?」

「先っ……私の……私の彼のこと悪く言ったの謝ってよ!!」





もう期限付きでも演技でもなんでもいい

私の好きな人は坂田銀八先生

今契約が切れてもそれは変わらない
先生が勘違いすんなって言ってももう遅い
私は先生を好きになってしまった
その人を侮辱されるのは我慢ならない


「りお、お前遊ばれてんだぜ?いい加減目ぇ覚ませって」

「ねぇ、どうしてそういう考えしか出来ないの?彼はアンタとは違う。外見で判断して簡単に人傷付けて、ヘラヘラ笑ってる様なアンタとは違うのよ!」


叩かれたのと私の語尾がキツかったのか、一瞬相手が怯んだような気がした
普段強気な人間が、反撃されて面食らったようだった
自分に好意を寄せて告白してきた人間が、こうも変わって攻撃してくるとは思わなかったのだろう
その告白も、今となっては私の黒歴史だ


「私、アンタに告白したの後悔してる。そもそもなんで好きだったんだろうって……」

「いや、なんでって……昔から俺のこと見てたじゃん。そういうの伝わってたけど?」

「わかっててああいう風に振るんだ……やっぱり最低だね」


最早笑えてしまって自虐的な笑みが溢れる
それと同時に痛感してしまった


「でも結局私も同じみたい。アンタの外側しか見てなかった。こんな性格だったんだって、全然見抜けなかった。ホント情けない」

「お前なぁ……人を恥ずかしいモノみたいに言いやがって……それ言うならコイツだからな!大人気もなく高校生にちょっかい出してよ!恥ずかしいのはコイツだろーが!」


また先生を指を差して罵ると生き生きした表情になった
標的がいると気分が違うらしい
ホント、子供過ぎて滑稽だ
その指を再び払ってキツく睨む
こんなヤツに先生を語らせない


「アンタと一緒にしないで。この人は……彼はアンタと違ってちゃんと心があるのよ!」


何か反論しようとしたのを遮って、私は続けた


「私は彼に救われたの。アンタにボロクソ言われて立ち直れなかった私を救ってくれたの。最初はふざけてるのかなって思ってたけど……この人はちゃんと優しくてっ……私のこと心配してくれて……好きになっちゃいけないのに……それでもどうしようもないくらい好きなの……!大切な人なの!そんな人をアンタにとやかく言われたくないのよ!!」


息継ぎもしないでぶち撒けて、一世一代の告白を息を切らせて終えていた
こんな日に、こんな時に
先生に想いを告げるなんて思ってもいなかった
幼馴染に対する怒りでなのか、恥ずかしげもなく第三者の前でよく言えたものだ
言えたけど後ろは振り向けない
今先生は、どんな顔をして私の話を聞いているんだろう
それだけは勇気が出なくて確かめることが出来なかった


「いや……お前それ騙されてるって。弱みに漬け込まれただけじゃね?」


まだ言う男に改めて言う
アンタとは思考回路が違うんだって


「……それでもいいって思える程良くしてもらったの。好きになって良かったって……それだけで十分だって思えるの。人を好きになるってことを教えてもらえたの」


折角告白したのに終わりが近いのを感じた
私が失恋を乗り越えたらこの契約は終わり
私達はただの生徒と教師に戻る
私が先生に恋をしていようとそれは変わらない
数ヵ月前のいつもの日常に戻るだけ
平凡でありふれた普通の毎日に―――


啖呵を切りながら涙が浮かんできた
この恋は、自覚したと同時に終わりを迎える
勝手に約束を破った私が悪い
ただのお遊びを本気にしてしまった私が

男はまだ何か言っていた
正直コイツはどうでもいい
私の前から消えてくれさえすればそれで
あ……先生には謝ってもらわないと困るか

再度謝罪を要求しようとしたらぐっと肩を抑えられた
振り向くと先生が私の肩に手をやって私を見つめる
その視線にぶわっと全身の血が沸き立つのを感じて、ようやく恥ずかしいという感情が私を支配した
誰かに喧嘩腰に言い返すのも初めてだし、本人を前にして告白までした
羞恥心で頭がおかしくなりそうな私を見て、先生は何か小さく呟いた


「……惚れちゃうじゃん」


私の身を後ろに下げて、飄々としたいつもの銀八先生が再び男と対峙した


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