契約恋愛
突然現れた先生に驚いたのか、私の手首を掴んでいた手が離れた
そこにすかさず先生が割って入る
相手の男に背を向けて、私の視界に入らないように身体で遮ってくれた
「ほらこれ。忘れ物」
「あ……ありがとう、ございますっ……」
「こんな大事なモン忘れて……さては俺で頭いっぱいだったな?」
「は……!?ちょっ、今そんなことっ……」
「やっぱりちゅうしたかったんだろ?別に今からでも俺はいいけど……どうする?」
両方のほっぺを手で覆われて、むにむに動かして撫でてくる
いつものように先生に揶揄われているんだと気が付いて、こんな状況にも関わらず赤くなってしまった
そしてもう一つ気付いたこと
こんなに甘い言葉を囁いているのに、目はいつも以上に笑っていなかった
「先――「おいテメェ!何勝手に話に割り込んで来てんだよ!俺はソイツに用があんの!邪魔だから消えろよ!」
「……ったく、うるせぇな……この状況見てどっちが邪魔かわかんねぇの?空気読んでくれる?」
「はぁ?後から来た奴が偉そうに……大体お前誰だよ」
そこでようやく先生が振り返った
顔は極力見えないようにしなければならない
銀魂高校の教師だなんてバレたら、コイツに弱みを握られてゆすられるだけだ
それでも先生は、躊躇いなく相手に近付いてこう言った
「はぁ……察し悪いな。見てわかんない?俺はりおの彼氏だよ」
「は!?」
期間限定ですけど、と心の中で付け加えても、人にそう紹介するのは初めてでドギマギしてしまった
そもそもそんなに堂々としていいのかと不安にさえなる
案の定、幼馴染は何が気に食わないのか、先生に食って掛かってきた
「そんな嘘すぐバレるって!りおはなぁ、ちょっと前に俺に振られてんの。傷心中なの。そんなヤツにすぐ彼氏が出来るわけねーじゃん!あ、ごめん。バラしちゃダメなやつだった?悪ぃ〜」
「え、マジ?まだそんな過去の話してんの?お前さぁ、若いんだからもっと未来のこと見て生きろよ。りおはテメェとのコトなんてとっくに乗り越えてんだよ。お前のコトなんて眼中にねぇの。わかるかな?クソガキ君に」
私を庇いながら喋る先生は、安定の煽りを見せて相手を苛つかせていた
内心ハラハラして見ていたが、先生の思惑通りに男はイライラMAXでここからでも怒りで震えているのがわかる
これ以上大事になる前に止めた方がいいのかとようやく動いた足を一歩踏み込もうとした
けれど先生に掴まれた肩を押し込められて、何か意図があるのかと私は黙った
どんどん空気が重くなる
それでも先生は平然として、私の前に立ちはだかってくれていた
「りお……なんなんだよコイツ。マジムカつくんだけど!お前の彼氏?ふざけんな!お前は俺が好きだったんだろ!?何乗り換えてんだよ!りおの癖に!!」
めちゃくちゃな言い分に呆れて言葉も出ない
私の癖にって何?しかもなんか元彼面してない?
今度はこっちに怒りが湧いてきて思い切り睨み付ける
それにも気付かない幼馴染は、また標的を先生にしてニヤリと笑った
「しかも何?コイツ年上だろ。大学生とか?うわヤバッ!大人が高校生に手ぇ出すとかないって!」
いつからこの人は、こういう喋り方しか出来なくなってしまったんだろう
聞くに耐えない言い回しで、先生を煽っている
先生はいつもの飄々とした顔で黙って聞いて、退屈そうに欠伸をしていた
それに逆に煽られたのは男の方
自分から仕掛けておいて、やられる耐え性はないらしい
「わかった、お前大学でぼっちなんだろ。誰も構ってくれないんだろ。かわいそぉ!だからって高校生に手ぇ出すのはやめた方がいいと思うけど?どうやって知り合ったか知らないけど、りおを利用して寂しさ紛らわせてんだろ。ヤダヤダ、こうはなりたくないね。惨め過ぎじゃん!」
ニタニタしたまま男は続けた
「よく見たらお前の顔、嫌われそうな顔してるもん!人をイライラさせるっていうの?ぼっちになるのもわかるわ!りお、お前いいの?こんなヤツが彼氏で。今からでも俺が遊び相手になってやろうか?彼女にするにはアレだけど……幼馴染として構ってやることくらい出来るから」
それから一人でベラベラと捲し立てて勝手に悦に浸っていた
その声をぼんやり聞きながら、自分の中でどんどん冷めていくのがわかる
こんなヤツの為に死をも覚悟した自分が馬鹿らしい
好きだったことが情けない
先生に知られたのが恥ずかしい
先生を侮辱されるのが許せない
私を庇ってくれていた先生を押し退けて前に出た
抵抗を感じたけどそれでも私は逆らった
告白以来だ、この人にこんなに近付いたのは
過去に想い人だった人は、今の私にはとても醜く見える
人を馬鹿にする笑顔が気持ち悪い
嘲笑う声は鳥肌が立つ
その存在自体が嫌悪の対象だ
こんな挑発に乗るなんて結局は同じ穴の狢かもしれない
それでもいい
私は私が好きな人を馬鹿にされるのを黙っていられる程、気が長くない
「どうする?りお」
何か喋っている相手を無視して、右手を振り上げた
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