契約恋愛
フライパンを火にかけているのを思い出して、慌てて調理に戻る
出来ると言っておきながら失敗してしまっては元も子もない
変な妄想に駆られて火傷でもしたら、先生になんて言われるか
「落ち着けっ……シャワーは裸で入るもの……当たり前……当たり前……」
下らないことを念仏のように唱えて平静を装う
壁一つ向こうにどんな姿の先生がいようとも、私が今しなければいけないのは焼きそばを作ることだ
危うく焦げそうになった焼きそばを皿に盛り付けてテーブルに運ぶ
惣菜だお茶だと同時進行でやらなきゃと思っていたことは全て後手後手になってまだ手を付けていない
ガチャッ
「え!?もう!?」
浴室のドアが開く音がして異様に焦る
先生が着替えて出てくるまであと何分あるのか、そんなことを考える暇もなく先生はあっという間に姿を現した
「お、いい匂い」
「い、今出来ますから……!」
電子レンジの残り数秒が恨めしい
自分の為なら例え冷たかろうが取り出していた
でもこれは先生のだから
惣菜だからって、ちゃんと温めたものを出してあげなきゃ
そんな焦る私の横で、先生は冷蔵庫からいちご牛乳を取り出して飲み始めた
パックにそのまま口付けて、ごくごくと喉仏が動いている
その首筋には流れる水滴
適当に拭いてきた髪は乾かしてはいない
濡れた髪も、見たことのないTシャツにスウェット姿も、新鮮すぎて目を奪われていた
「何?俺に見惚れてんの?」
「違っ……!せ、先生……甘い物摂り過ぎですっ」
「はいはい。気を付けまーす」
気を付ける気なんて100%ない返事をして、そのままお茶を用意してくれた
何とかなった食卓に胸を撫で下ろして席に着く
と言ってもまだ食べていないわけで、味が何とかなったとは言い切れない
いただきますと言って、先生が無造作に箸を突っ込む
なんの躊躇いもない行動に、私だけ緊張していた
「ん……ウマ。りお、料理上手いんだな」
「そんなことっ……焼きそばなんて誰が作っても同じ味です」
盛大に安堵しながら謙遜してみる
どれだけ安心したことか
途中焦げそうになったのは私しか知らない
その後先生が勢いよく食べる姿を見て、ようやく緊張が解れて自分も食べることが出来た
「ごちそーさん」
全ての皿が空になり、お茶を一気に飲み干す先生
食べ過ぎたとお腹をさすっている
作ったのは焼きそばだけだけど、完食される喜びを初めて知った
私が食器を下げようと立った時、先生に言われてドキッとした
「りお、顔ニヤけてるけど」
「へ!?なんっ……別に笑ってません!」
「何怒ってんだよ」
「怒ってません!」
逃げるように皿を持って台所へ運んだ
それなのに後ろから付いてくる先生は、シンクに食器を置くと私を押しのけてスポンジを取った
「洗うのは俺がやっから。どうぞりおさんは休んでて下さい」
「え……これくらい私が……」
「いいから。飯、作ってくれてありがとな」
そう言われて、ソファーまで押し戻されてしまった
食後のデザートなのか、プリンやお菓子も用意されていて至れり尽くせり
自分がコンビニで買った飴が情けなく思えた
洗い物をしている先生をチラチラ見て惚けてしまう
恋人って……同棲ってこんな感じなのかなと、また一人頬を赤らめた
「はー、疲れたぁ」
飛び跳ねた水でTシャツを濡らした先生がソファーになだれ込んでくる
勢いよく乗ってきたもんだから、私の身体にぶつかった
「もう……だから私がやるって言ったじゃないですか」
「違ぇよ、今日一日って意味。だから……癒して?」
そのまま身体を横にして、座っていた私の太ももに頭を乗せてきた
この体勢はっ……俗に言う膝枕というヤツだ
一瞬にして頭に血が昇って、慌てふためいたのは言うまでもない
「せ、先生!何して……!?」
「んー……膝枕?ちょっと休ませてくれや」
「でもっ……こんな……」
「イチャイチャタイムの始まり……な?」
「なっ……!」
そう言って空いている手を握って、指を絡ませてきた
私の太ももの上で頭を転がす先生は、仰向けになって下から私を見つめてくる
まだ濡れてる髪が冷たくて、スカートが濡れてしまうのはどうしようもなかった
いや、そんなことより……
「先生……そんなに見ないで下さいっ……」
「なんでだよ。もっとちゃんと顔見せろ……」
甘過ぎる台詞と共に、片手がほっぺに伸びてくる
繋がれてる指に力が入って、思わず握り締めていた
「りお……」
頬をさすられて身体がビクッと反応する
それを悟られて先生が笑った
恥ずかしい思いでいっぱいだったけど、その笑顔につられて私も笑ってしまった
「りお……毎日楽しいか?」
「……はい、楽しいです」
「そ……なら良かった」
多くを語らない先生はそのまま目を瞑った
あの日から今日まで、私の心配をしてくれてる先生の言葉が心に染みる
反面、いつ終わりを告げられるのかと不安でもあった
楽しいと答えてしまった今、先生の中で私は失恋を乗り越えたことになっただろうから
目を閉じている先生を黙って見つめる
目が合うことはないと思って大胆にもジロジロ見てしまった
先生の睫毛も鼻筋も、少し開いただらしない口元も
こんなに可愛かったんだと今更思う
学校でこんなに間近で見れることなんてない
ましてや触るなんて……
「ん……?」
気が付けば、先生の頭を撫でていた
濡れてカールする先生の髪の毛が、指に張り付いてそれすら愛おしい
流石に目が合って先生が驚いた表情を見せる
私らしからぬ行動に、自分だって戸惑っていた
「せ、先生……髪乾かしませんか?」
「あー……ドライヤー持ってないんだわ、悪ぃ」
「そうですか……」
気不味さを埋める為の会話が終わってしまった
同時に目を逸らしてそっぽを向く
撫でた手は引っ込められないまま続けていた
先生の反応が気になったけど、これ以上直視することは出来なかった
「ドライヤーね、買っとくわ」
「別に強要してるわけじゃありませんよ?」
「いや、あった方がいいだろ。お前も使うだろうし」
「え?わ、私……?」
「そ、りおが」
「え、えっと……それってどういう……」
「どういう意味だろうな?」
一瞬ニヤッと笑った先生が、私の腰に腕を回してしがみつく
そのままゴロゴロ甘えて擦り寄って、硬直した私はされるがままになっていた
「もう……」
胸の奥が、心臓が
苦しくも甘い痛みで締め付けられる
でもこれは、契約期間中だからしてくれること
私の恋人という役を、迫真の演技で務めてくれている
掛ける言葉も触れる手も、嘘ではないけど真実でもない
わかっているのに真に受けて、そろそろ取り返しのつかない所まで来ている
先生は、どんな気持ちで私に接してくれてるんだろう
確かめたくても確かめる術がない
例えあったとしても、先生ならのらりくらりと躱すんだろうな
抱き着く先生のせいでお腹があったかい
いつまでこのぬくもりを享受していいのか
この終わりは、先生からじゃなく自分から告げる方がいいのかもしれない
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