契約恋愛


目を閉じていた私は肩が軽くなるのを感じて目を開けた
ようやくお目覚めの先生が頭を掻きながらぼーっと一点を見つめる


「よく眠れましたか?」

「いや……寝てはねぇけど……癒されたわ」

「そ、そ……ですか……」


欠伸をする先生を見て絶対寝てたでしょと言いたかったけど、口で勝てる気がしないからそれ以上はやめておいた
吹いてくる風に気持ち良さそうに目を細める先生
白衣がしわくちゃになってるけど、そんなことはどうでも良さそうだった
そんな自分のスカートも大概だ
スカートを払おうと立とうとしたら、流石に足が固まってよろけてしまった


「っと……大丈夫か?」

「大丈夫、ですっ……」


こんなコトにも過剰反応してしまう私に背を向けて、先生は伸びをしている
自分だけが意識してるのかと少し面白くない顔をして、先生にさようならをしようとした


「じゃあ先生、今日は「なぁ、りお」

「……なんですか?」


振り返った先生が意味有りげに笑ってこっちを見る
その笑みは何かある時の顔だと瞬時に悟って怪訝な表情を向けた


「考えたんだけどよ……」

「はい」

「今日……俺んち来ない?」

「……は?」





丁度、何時かのチャイムが鳴って無言の空間を埋めてくれた
今先生が何を言ったのか、その間も考えてみる
深く考えなくてもわかることを敢えて考えて、余計に頭が真っ白になった
その私を置いてけぼりにして先生が続ける


「今日、金曜じゃん?飯でもどうかなと思ってよ。まぁ外食っつーわけにもいかないから、俺んちになるんだけ「ちょっ……ちょっと待って下さい!」


ようやく言葉が出た勢いで、先生の白衣に掴み掛かっていた


「か、考えたって……な……なん、でっ……」

「なんでって……デートらしいデートも出来ねぇし……このくらいいんじゃね?」

「や!でもっ……!」


そりゃ恋人同士はデートくらいするだろう
私だって夢見たことはある
学校終わりの放課後に寄り道したり、休日に待ち合わせて水族館
帰り道は手を繋いで名残惜しそうにゆっくり歩く
それが―――


「い、家って……!」


別に変なコトを考えてるわけじゃない
それでも何か順番を飛ばしているような気がする
所謂お家デートなんだろうけど、普通のデートもせずに男の人の家に上がるのは……って、先生の家には入ったことはあるんだけどっ……


「嫌だったか?」

「え!?」


目と頭をぐるぐる回しながら考える私を遮って先生が顔を覗き込む
その顔から笑みは消えて、私の気持ちを図るようにじっと目を見つめてきた


「りおが嫌ならやめよ。なんか違うこと考え「い、嫌ってわけじゃっ……!」


真っ赤な顔を向けて何とか目だけは逸らしていたけど、心臓が喉から飛び出してしまうんじゃないかと思う程ドキドキしていた
白衣を離した手が手持ち無沙汰でぎこちない
言葉尻が曖昧なまま、どうすればいいかわからなくて泣きそうになった





ぎゅっ
「なら……俺んち……来て?」


モジモジしていた私の手を取って、先生がおねだりするように小さく呟く
耳元で、いつもの先生じゃない先生の声で
その声に私は弱いのに


「俺はまだ仕事あるから……先行ってて。場所は……わかるよな?」

「は、はいっ……」


そう言って、ジャラジャラとポケットを漁ったかと思うと鍵を取り出した
私の知っている先生のアパートの鍵
その鍵を


「ん。これで先入ってて。暇かも知んねぇけど……ちょっと待っててくれや」


手の平に押し込められて、私はそっと受け取った


「晩飯、なんか買い物してくるから帰ったら作るな。あ、お茶かジュースあると思うから飲んでいいから」

「はいっ……」


返事をしながら鍵を握り締める
誰かの家の鍵を預かるだなんて、そんなことしてもいいのだろうか
それが先生だなんて、本当にいいのだろうか
屋上のドアに近付きながら、私はいつまでも胸を高鳴らせていた
先生の家に行って、先に上がって待っている
そんな想像もしたことないことを、今から私がするのだから落ち着かない
恥ずかしい気持ちと緊張で顔が強張っていたらしい
それを先生に見つかって


「なんか食いたいもんあるか?りお」

「特にっ……」


こういう時、はっきり言ってくれた方が助かる筈だ
それをわかっているのに言えない小心者
これから先生の家でお家デートをするんだから、余裕の無さもわかって欲し「え?何?俺?」

「誰も言ってませんけど!!」バチンッ

「痛っ!!」


思わず手が出て先生が叫ぶ
私の緊張を解してくれているのが痛い程伝わってくる
わざと変な言い回しをしたり、ニヤニヤしてみたり
先生がふざけたふりをしてるのはわかってる

錆びたドアがいつもの様に音を立てて私達を現実に引き戻す
周りを気にして階段を降りる姿は誰にも見つかったことはない


「先生、教室に忘れ物したから取ってきてから向かいますね」

「そうか。じゃ、後でな」

「はい」


軽く手を振って、職員室に向かう先生の後ろ姿を見つめていた





ねぇ先生
先生はどんな気持ちで私を誘ったの?
どんな気持ちで手を繋いだの?

契約期間中のリハビリの一環?
私の為の思い出作り?
それとも―――


これは契約
偽りの時間で、いつか必ず終わりが来る
自分が一番戒めておかなければいけないこと

私は銀八先生を好きになってはいけない


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