契約恋愛
ひと月前
長年の想い人に振られて、生きることを辞めようとまでした私が、たったひと月の関係に悩まされている
毎朝のメッセージ
授業中のアイコンタクト
おやすみ前の甘い囁き
偽りの関係とわかっていても心をときめかせている自分がいる
先生の思い付きで始まったこの契約に、いつの間にかどっぷりハマってしまっていた
「りお?」
ハッとして意識を取り戻して今の状況を思い出す
放課後、意図的に手伝いを頼まれた私は、多分どうでもいい荷物を教室に運ぶ作業をしていた
そしてその帰り、先生に耳元で囁かれて屋上まで足を運んでいた
「なんか考え事?」
上の空の私の顔を先生が覗き込む
その何気ない表情でさえ、私の鼓動を速める原因となっている
先生の一挙手一投足が感情を揺さぶる程、その存在感が私の大半を占めていた
「……なんでもないです」
そんな内心とは裏腹に、相変わらずぶっきらぼうに返事をする
いつもの場所に腰を下ろして、先生の声に耳を傾けていた
そんな私を優しく見つめる先生
授業やHRでは見せない顔だ
それがくすぐったくて下を向く
そしたらまた
「こっち向いて」
「嫌です」
って、先生が優しい声で私に言うんだ
学校内だというのに何処か隔離された感のあるこの場所
生徒の声も鳥の囀りも車の音さえ聞こえるのに、ここには二人しかいない気がする
それは先生も思っているのか、無防備に先生はこう言った
「りお」
「なんですか?」
「……肩に寄りかかっていい?」
「…………」
返事をするまでもなく、先生は私の肩に頭を預ける
肩が重くなって、ふわふわの髪の毛がくすぐったくて、先生の匂いが私を包み込む
先生の体温を感じながらドキドキしているくせに、私は可愛げのないことばかり口にしてしまう
「……誰かに見られたらどうするんですか」
「へーきへーき」
そう言ってより一層身体を近付けてくる先生は、いつもより甘えん坊モードが強かった
「ここ、俺の定位置ね」
「こんなことするのは先生だけですよっ……」
「それ聞いて安心したわ」
首筋に先生の吐息がかかる
その言葉ひとつでどれだけ動揺するか
先生はまるでわかっていないように擦り寄ってくる
出来るだけ深く考えないようにしながらこの時間をやり過ごそう
帰るまでのほんの数十分だ
先生が落ち着くまで、こうして黙っていれば終わるのだから
「なぁ、りお」
「なんですか?」
「あー……もうそろそろ……いいと思うんだけどよ」
「だから……なんですか?」
私は少し上を向きながら、なんでもない風にそう答えた
先生の髪から香るシャンプーの匂いに鼻をくすぐられながら、突如飛び込んできた甘い言葉に反応するのが遅れた
「手、繋がねぇ?」
ゆっくりと、先生が私の手の平まで腕を伸ばす
手の甲と手の甲がちょんと触れて、先生が私に合図を送る
固まった私の様子を伺って、すりすりと少しずつ密着させる面積を広げてきた
「……嫌か?」
「イ、イヤって……いうか……そのっ……」
「…………」
人差し指だけを絡ませて、先生が私の指を握った
たった一本の指に全神経が集中する
私が拒否しないのをいいことに、先生はそのまま中指、薬指と私の指の間に絡ませてきた
「……りおからぎゅってして?」
「っ……」
絡んだ指に密着する手の平
見知ってはいた恋人繋ぎに心臓が爆発しそうになる
この手から、私の心臓の音が伝わってしまわないか
いや、もう表情とか顔色とか、色んなものからバレてるかもしれない
どうにでもなれと半ばヤケになって先生と繋がれた手に力を込めた
「……緊張してんの?」
「……べ、別にっ……」
そう返すと同時に先生から握り返されて
「あ、そっか。照れてんだ、お前」
顔を覗き込まれて見事に爆死した
繋いだ手から先生の温もりを感じる
手だけじゃない
寄り添う肩から、触れる髪から
先生の体温を嫌という程感じる
たまに手を握り直して刺激して、先生は私の反応を楽しんでいるに違いない
目が合ったら含み笑いを返されそうだから、絶対見てやらないんだ
風が吹いて私の髪が先生に流れても、先生は何一つ言わず擦り寄ってくる
そうやってただ黙って二人でくっついて、秘密の放課後を過ごしていた
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