契約恋愛


ある日、小テストを受けている時にそれは起こった
最初は教卓の横に椅子で陣取っていた銀八先生が、見回りと称して生徒達の間を歩き始めた
不正が行われていないか如何にも教師な行動だったけど、私の横を通り過ぎる時、先生はただの悪戯っ子になる


ツンッ
「!?」


誰にも気付かれないように私の肩を突付いて去っていく
みんなが下を向いているのをいい事に、先生は私にちょっかいを出し始めた

集中出来ないんですけど!?
と、声を大にして言いたかったけどそんなことを言える筈もなく、無言で睨み付けると弓なりの目が返ってくる
人差し指でしーっのポーズをされて、誰のせいでと真っ赤な顔を見せ付けるしかなかった
これでこのテストの結果が悪かったらどうしてくれるんだろう
間違いを大目に見てって言ったら聞いてくれるんだろうか
それこそカンニングよりタチが悪い
納得いかないまま少しの腹いせに、テスト用紙の隅に小さい文字で


『お触り厳禁!!』


と、書いて提出した





『何アレ。可愛過ぎんだけど』


夜、電話でその事を追及された
追及も何も、私の言ってることは当たり前のことで、間違ってるのは絶対に先生だった


「何って……抗議ですよ。学校では……特に授業中はやめて下さい」

『いやそもそも、お前がああいうコトしてくるとは思わなかったから……なんか俺、感動したわ』

「何処に感動してるんですか、まったく……」

『しょうがねぇだろ?どーしてもお前に触りたくなるんだから』

「っ……ダメです……」

『なんで?彼女に触って何が悪いの?』

「だからっ……」


先生の口から聞くと恥ずかしさが倍増した気がした
こんな言葉を照れもしないで口に出来るのはやっぱり大人の余裕なのだろうか


「わ、私は……偽物彼女……ですからっ……」


それが私に一線を引かせている
当然のことだと思う
いくら"彼女"と言っても所詮一時の契約だ
本当の恋人同士の様に触れ合うのは間違ってる
と、私は思っているんだけど……


『彼女は彼女だろ。何の為の契約だよ』


先生はそうやって言ってくる
何の躊躇いもなく堂々と
契約としてはそうなのかもしれない
けれど私にはそこまで踏み込める勇気は無かった
私が言葉に詰まっているとスマホの向こうからため息が聞こえた
約束は約束なのに煮え切らない私に苛立っているんだろう
こんな私に愛想を尽かして、早々に契約解除を求めてくるかもしれない


『りおは俺に触りたくなんねぇの?』

「え?」

『俺も頑張って彼氏らしくしてみてんだけど……』

「そ、それは……ありがたいんですけど……やっぱり私『よし、もっと強引にいくわ』

「…………は?」


人の話聞いてました?
って、電話越しではこの表情を伝えられなかった
それから先生は私を置き去りにしてあーだこーだとブツブツ言っていた
途中聞こえてきた声に私が動揺してしまう台詞が含まれていたのは逃さない


『やっぱ二人っきりで……こうグッと……強引に……うん、そうだな……』

「ちょちょちょ!先生ストップ!!何やろうとしてんですか!?」

『え?いや、こっちの話』

「こっちの話の割にはダダ漏れなんですけど!?そういうの本っっ当にいいですから!」

『えー……なんでだよ』

「なんでって……そういうコトは私は求めてないんでっ……!」


流石にここまで言えばわかってくれるだろう
有難いけど、先生のしようとしてる行為は行き過ぎだ
私のリハビリにしては刺激が強過ぎる
それを伝えることに成功した私は、一つため息ついてそろそろ電話を終わろうとした
それが、耳を疑うような言葉が返ってきたのだから息も止まってしまった


『なぁ、りお』

「はい?」

『俺達の関係って契約じゃん?』

「そう、ですね」

『ならよ……お前だけじゃなくて、俺の気持ちも考慮してくれていいんじゃね?』

「……別に私、先生のこと蔑ろにしてるつもりはないんですけど」

『そうか?俺がイロイロしても暖簾に腕押しみたいな感じだからよ……』

「色々って……別に何も……」


そう言っておきながら屋上での出来事が脳裏をかすめる
一人で口籠りながら、電話越しにモゴモゴして無意味な沈黙を作ってしまった
あの時のコトが頭から離れないのは、自分が意識し過ぎているからに他ならない


『兎に角。俺にも性欲っつーもんはあるから、覚悟してもらわないと』

「せっ……せせせ性欲!?」

『そ。だからお前も「もう遅いんでっ……おやすみなさいいい!!」


一方的に、乱暴に、わかりやすい動揺を見せながら電話を切った
一度掛け直して来たけど、先生と話すなんて無理と無視を決め込んだ
あれ以上先生の言葉を聞く勇気はない
あんな


「性欲って……」


電話も切れて、先生が目の前にいるわけでもないのにみるみる自分の顔が火照ってくるのがわかる
生徒相手に何を言ってるんだと憤慨しながらも、先生は私を生徒として見ていないのかと心が揺さぶられる
例え契約といえども、先生は私を恋人だと思ってくれている


「っ……どうしよ……」


それは私もそうしなくてはいけないということ
世間一般の恋人同士というものを、体現しなければならない
それがどういうことなのか
わかってて契約した筈なのに、今更追い詰められた

もう寝なきゃいけないのに心臓が煩い
先生の声が、言葉が頭から離れない
布団を被って、何度も寝返りを打って、寝ようと試みても上手くいかない
あの日みたいに眠れない
その理由が真逆過ぎて、自分の心情の変化に戸惑っていた


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