契約恋愛


私の方を向いて先生が口を開けている
そして喉から溢れる僅かな言葉


「あーん」


何処かで、何かで見たことのあるシチュエーション
予想外の出来事に、思わず声が裏返った


「は!?ちょっ、先っ……何、言って……!」

「いや、弁当残したらお母さん心配すんだろ。だから、あーん」

「いやいやいや!!」


ここまで色々頑張ってきたけど、とうとう赤面した真っ赤な顔を大々的に晒してしまった
加えて目は泳いでいるし汗も出る
容赦なく向けてくる先生の甘えた顔にどうすればいいのかしどろもどろで、それすら先生が笑っているなんて気付いてる余裕すらなかった


「深く考えんなよ。彼女だろ?」

「で、でもっ……私……こんなコトしたことなくてっ……」

「それなら尚更いいじゃねぇか。お前の初めて貰えて俺は嬉し「へ、変な言い方しないで下さい!」


この教師はっ……
隙あらば人を揶揄ってくる
そう思ってどんなに睨み付けても、迫力のない真っ赤な顔じゃ先生には何も効いていなかった
目を細めて私を見つめて、二人の時だけの甘いトーンで喋るんだ


「ほら、りお。して」

「だからっ……言い方……!」


そう言いながら箸で残していた唐揚げを先生の口元まで運ぶ
考えなきゃいいものを、この箸は自分が口を付けたやつだということに気付いてもうダメだった


「…………はいっ……!」

ぱくっ
「ん〜、ウマ。これお母さんが作ったのか?」

「そう、ですっ……」

「じゃあしっかり味受け継いどけよ?俺の為に」

「っ……」


返事に困って残りのおかずも乱暴に口に放り込む
先生がむせて咳き込もうが喉を詰まらせようが、今の私の胸の苦しさには敵わない筈だ
最後に玉子焼きを詰め込んで、私はそそくさと弁当箱を片付けた
口の中をいっぱいにした先生がもぐもぐほっぺを動かして咀嚼する
その仕草に思わず吹き出して、先生のヒンシュクを買ったのは言うまでもない


「ごほっ……お前なぁ……」

「ちゃんと食べさせてあげたんですから文句言わないで下さいっ」


立ち上がった私に続いて先生も立ち上がる
丁度昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎中に鳴り響いた
お尻の埃を払って伸びをした先生は、いつものだらけた表情になって欠伸をする


「午後の授業、ダルいな」

「……それ先生が言っちゃうんですか。その何倍も生徒は思ってますよ」

「いや、教師の方が思ってるから。もう帰りたいんだよ。布団に包まれてぬくぬくしたいんだよ」

「同感です」


ふっと笑った先生に、それでも授業中に寝るのは無しなと言われて文句を言うと小突かれた
入って来た錆びたドアを開けて階段を降りる
二人で出てきたのを誰かに見られたらと思うとドキドキした
そんなものお構い無しに先生はまた欠伸
緊張感の欠片もないのかと振り返ると、ニイッといつもの笑顔で誤魔化された


「じゃ、また連絡するから。授業頑張れよ、りお」

「先生も……ちゃんと授業して下さいね」

「その為にお前の背中で休んだんだよ」

「っ……そ、そうですか……」


思い出させる様にわざと言ったに違いない
こんなんで赤くなって、まるで先生の思う壺だった
それを見せるのは負けた気がして、そのまま走って先生から逃げ出した


「オイオイ、廊下は走んなよー」


そうやってまた教師面をする
返事なんかしてやらなくて、反抗するかの様に3Zの教室まで走って行った

思えばこの日からだったかもしれない
先生からのスキンシップが多くなったのは
学校で会える限られた時間の中でちょっかいを出してくる先生に、私は耐えられるのだろうか


.
10/29ページ
スキ