上司と部下
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努力で出来た豆や傷はあったが、やはり男の手とは違う
くにゃりと柔らかくて華奢で、堪らなく唇が吸い寄せられていく
ちゅっ……
その音に敏感に大袈裟に反応したのは勿論零で、俺の手を振り払って身体を逸らした
「ななななななな何してるんですか副長!!」
「いや、可愛い手だなと思って」
「かかかかかかか可愛い!?頭でも打ったんですか!?」
褒めた手をもう一方で隠して胸に置く
予想通りに更に赤くなった顔を隠せずに、少し怒りも混じえてわなわな震えながらこちらを見ていた
「か、からかわないで下さい!副長は知ってるじゃないですか!私失恋したばっかりなんですけど!」
「あ?なんだ零。まだあんなクソ野郎に未練があるってのか?」
「未練はないですけどっ……一応傷心中なんです!」
「だから……」
あの時は涙を拭った頬を、今はただ触りたくて手の平で包んだ
赤く染まった熱い頬
突然上司に触れられて動揺している瞳
恥ずかしいのか肩が震えている
俺の言動で一喜一憂する零が堪らない―――
「……さっさと忘れろって言っただろ?」
耳元まで近付いて、吐息と共に囁いた
それは上司として失恋から立ち直る為のアドバイス
俺以外の男の記憶なんて零には必要ないと思って吐いた言葉だなんて思うだろうか
「わかってますよ!」とプンプンしている素振りを見れば、後者の意味には気付いていなさそうだ
「何にせよ……これで思う存分仕事に集中出来んだろ」
「そうですね。これから私……仕事の鬼になります!」
ふっと思わず笑いが溢れて書類が何枚か床に落ちた
それを拾うとポケットに手を突っ込んで煙草を取り出す
ひと口目を深く吸い込んで、零に向けて煙を吐き出した
「鬼の重圧舐めんじゃねぇぞ?」
「その言い方……副長は重圧に感じてるんですか?」
「おい、誰に言ってんだ」
「私が敬愛する鬼の副長、土方十四郎にです!」
煙草を吸っていてよかった
こっちの異変に気付かれなくてよかった
煙が二人の間に漂って、俺の顔が赤いのなんて見えなかったはずだ
再び筆を持って仕上げにかかった零をその霞の向こうに見つめる
吸い殻を灰皿に押し付けて、自分も職務に戻ろうと机に向き合った
その前に
「そ〜んな風に言われちゃあ、俺も黙ってられねぇな」
「はい……?何がですか?」
隠そうと思っていても駄目らしい
内から溢れる感情が顔に出ていた
「お前の望み通り、みっちり扱いてやるよ」
「……私そんなことひと言も言ってないんですけど」
「何言ってんだ。俺を敬愛してるってことはそういうことだろ?仕事も稽古もちゃぁあああんと個人指導してやるよ」
「いや結構で「ケ・イ・ア・イ、してんだろ?」
「っ…………はい……」
軽率にも吐いた言葉に追い詰められて、青くなりながら下唇を噛み締める零
深い意味なんてないのはわかってる
それでも俺の心に火を付けるには十分だった
不貞腐れて口を尖らせる仕草も何もかも、自分だけの物にしたくて頭を撫でた
「鬼の副長に任せとけ。な?」
「…………はい」
全く納得のいっていない零の視線すら愛おしかった
知らなくていい、俺の気持ちは
ただ翻弄されていてくれ
俺の言葉で動揺して
俺の体温で赤く染まって
他の誰でもなくこの俺で
誰も入る隙を与えないから
心の整理がついたらその時は覚悟しとけよ
お前の知らない鬼の副長を見せてやる
だから今は笑って泣いて、密かに俺を楽しませてくれ
終
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