溜め込まない方がいいのかもしれない
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助手席にエリザベス以外を乗せるのは初めての事だった
何度落ちたかわからない試験を乗り越えて、運転免許を取得したのはひと月前
そんな初心者中の初心者が、隣に女性を乗せてハンドルを握っている
どうしてこんな事になったのか、それはエリザベスが変な気を回したからだ
蕎麦屋で知り合ったこの女性と俺をくっつけようとしている
ただ好きな食べ物が同じで、相手が未亡人で、心なしか俺に気を許しているような気がするだけ
ただそれだけの憶測でエリザベスが行動に移したのだ
『明日三人でドライブしませんか?』
そして当日、お約束のブッチだ
俺達を二人きりにしようと、エリザベスが卑怯な手に出た
気を利かせたつもりらしいが、そんなもの気不味い以外ないではないか
腹を立ててはいたが顔に出すのは失礼だと、苦笑いで何とか誤魔化していた
「すまん……エリザベスの奴、来ないみたいで……」
「どうしたんですかね、エリザベスちゃん。何でもないならいいんですけど……」
どういう理由で誘われたのか、疑いもしないこの女性は名前を零と言った
歳は俺と同じ
若く結婚して早くに夫を亡くしたらしい
それからこれまで独り身を貫いて静かに暮らしてきたそうだ
この話を聞き出した直後の
『未亡人ですよ!桂さん!』
と言ったエリザベスのゲスい顔は忘れない
暫く待っていたがやはりエリザベスは来なかった
仕方なく零殿を助手席に案内してドアを閉める
すまないと何度謝ったことか
それでもこのドライブを中止になんて出来ずに、ぎこちないままゆっくりアクセルを踏み込んだ
「零殿……何処か行きたい場所はあるか?」
こんな私語が出来る程、運転慣れしてるわけではない
それでも隣の女性を一人取り残すわけにもいかず、世間話を試みた
「えっと……場所ではないんですが……海を……海沿いを走ってもらえたらなって……」
「そうか。零殿は海が好きなんだな」
「はい……色々思い出がありまして……」
それは亡き旦那とか?と喉まで出かかったが、そこまで踏み込むには早すぎると飲み込んだ
海沿いに出る為に見知らぬ道路に出る
少し不安があったがリクエストには応えてやらなければとハンドルを握る手に力が入った
「こっちの道は初めて走るな……迷ってしまったらすまない」
「いえ、それもまた思い出じゃないですか」
心細い所に気遣いの言葉が沁みる
その思い出とやらを鮮明に残してやろうと一人意気込んで、柄にもなく鼻息を荒くしていた
ガタガタガタガタ……
いつの間にか悪道に入ってしまった
海沿いと思って走らせていたがどうやら間違ってしまったようだ
知らない上に悪い道
慎重になり過ぎて速度がガクッと落ちた
「桂さん、気を付けて下さいね。動物飛び出し注意の看板があります。道も左右にうねってますし……」
「うむ……零殿、一旦停めてもいいだろうか」
「はい、大丈夫ですよ」
車を路肩に停めて一呼吸置く
こんな山道に入る予定ではなかった
運転が覚束ない上に迷子になるなんて、さぞや零殿も呆れているだろうな……
「桂さん、お茶どうぞ。まだ口を付けてませんから」
バッグに忍ばせていたペットボトルのお茶を差し出して、優しく微笑みかけてくる
緊張していた俺を気遣う姿が眩しくて、茶を受け取りながらも目を逸らしてしまった
「お茶までもらって本当に申し訳ない。今迂回して……」
「気にしないで下さい。絶対海を見たいってわけでもないですし……私は楽しいですよ?」
どうしてこんなに優しいのだろうと、顔を見れずに前を見ながら思っていた
もしかして……本当に零殿は俺に気があるのかもしれない
「ん……?」
そのぼんやりとした視界にまた一つ厄介な看板が目に入った
急カーブ有りとデカデカと書かれていて嫌気が差す
どうして山道はこうも道をくねらせたいのか
車を停めて良かった
これで慎重に進むことが出来…………
「桂さん……?どうかしましたか?」
一点を見つめて動かなくなった桂が気になって、思わず声を掛けた零
目を見開いてカーブの入り口を見ている
その表情は驚きを隠せないとばかりに口が開いていた
「ばっ……馬鹿な……!こんな事が……!!」
「ど、どうしたんですか!?桂さん!」
思わず袖を引っ張って桂に訴える
それでも桂は視線を目の前から外す事はなかった
「何故……こんな所に……」
「か、桂さ」ガシッ!!
「零殿!零殿にも見えるか!?」
逆に腕を取られて硬直する零
桂の態度の急変に、戸惑いと驚きが隠せなかった
「な、何が見えるって言うんです……?」
「何って……アレは……」
こんな山道で出会えるなんて思っていなかった
思うも何も、ここに居るはずがないのだ
ここは教習所ではない
名前も知らないただの山奥
たまたま迷ってたまたま通っただけの道
それなのに……
「どうしてっ……どうしてそなたが……!!」
シートベルトを外して思わず外に飛び出した
ガラス越しでは信じられない
この目で確認しなければ
「ま、松子殿……お父様ァアアア!!!」
あの日以来の再会
モグラの松子とその父を、視界に捉えて桂が叫んだ
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