ヲタク心に火をつけて
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テレビで観て知っている土方十四郎は、鬼の副長と呼ばれていて物凄く怖い人という認識だ
目が合っただけで殺される
そう言われているのも聞いたことがある
そんな人が煙草を買いにうちの店にやってきた
こんなに小さくてボロボロの煙草屋に……
「零、声が漏れてる。ボロボロで悪かったね」
「え!?ち、違!いや違くないけど……」
布団から身体を起こして待っているおばあちゃんに、夕食を運んできた
その過程でのひとり言がダダ漏れだったらしい
床にお盆を置くと、さっきの言葉を申し訳なさそうに切り出した
「おばあちゃん……今日ね、お店にあの土方十四郎が来たんだけど」
「あぁ、土方さん?常連さんだからねぇ」
「えぇ!?そんな事初めて聞いたんだけど!!」
「今初めて言ったし……何アンタ、ファンだったのかい?」
ブンブンッと頭を振って否定したものの、今日の一連の出来事を思い返せばそうなる人の気持ちもわからなくもない
確かに目付きは悪かったけど、白い肌に整った顔
背も高くて、なんせ声がいい
それに……
「テレビの感じと……何か違った」
「その人の一面だけ見て知った気になるのは良くないからねぇ……そもそもニュースで観る土方さんは仕事中だし」
「そ、そうだよね……」
味噌汁のお椀を持って口を付けるおばあちゃんは、何やら含み笑いをしているようだった
バイト中の事とはいえ、おばあちゃんに男の人の話をしたのは初めてで、もしかしたらからかう気でいるのかもしれない
「ま、そのうち色々わかるでしょ。あの人、ほぼ毎日来るからね」
「毎日!?」
布団の横に座っていた腰を思わず上げた
それを見ておばあちゃんが笑う
「あら、気合い入った?」
「そそそんなんじゃないから!!」
そのまま勢いで立ち上がると鼻息を荒くして寝室を出た
町の有名人に会ってちょっと浮かれているだけ
知らなかった一面を見て驚いているだけ
おばあちゃんがニヤつく意味がわからない
ただ、バイト前のメイクはしっかり直そうと思った
友達の誘いも何もかもを振り切って、全速力で帰ってきた私は一体何をしているのだろうか
仕事前にメイクを直す?
汗だくで帰ってきて、結局シャワーを浴びて大幅に時間をロスしてしまった
本末転倒とは正にこの事
カウンターの脇に置いた手鏡を覗いて前髪を直す
「いや何してんの私!ミーハーか!!」
脳内では処理しきれずにツッコミとして口に出る
自分自身に呆れてはいるが、鏡に映る自分はいつもより盛れていた
それに機嫌を良くしたまま鏡を見つめる
おばあちゃんが言っていた愛想良くをイメージして
優しく目を細めて、柔らかく口角を上げて
来てくれる土方さ……お客さんに気持ち良く買い物をして欲しいから
にぃ…………
「怖ァア!!」ガシャン!!
持っていた手鏡をぶん投げて、鏡の中の自分に絶望する
さっきまで可愛く仕上がったと自分を褒めていたのに、引きつった笑顔が気持ち悪い
愛想笑いも出来ないのかと唖然とした
ほっぺに手を当てて持ち上げてみる
筋肉が硬直して上手く笑えないのかと、一人でもみもみマッサージをして緊張を解す
やっぱり自分に接客業は向かないのかと頭を悩ませていた
「何してんだ?」
「あ、いらっしゃい、ま、せ……」
頬を揉みほぐしながら顔を上げれば眩しいご尊顔
土方十四郎が、不思議そうに私を見ていた
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