雨宿り
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「はい、どーぞ」
惜しげもなく目の前に出されたふわふわの銀髪
風に吹かれてカールが小さく揺れている
最初に会った時はずぶ濡れで、ここまで癖っ毛とは思わなかった
玄関にいた時、少し違和感があったのはそのせいだ
お願いしたのは自分だけど、恐る恐る手を伸ばす
毛先が指に触れて、トクンと胸が鳴った
ふわっ……
思わず手を引いてあからさまに驚いた
もう一度、なでなでの形で髪を触る
「わぁ……」
猫っ毛で、指先に絡んでくる触り心地の良い髪
本当に猫を撫でているようで、何度も触りたくなる
思わずよしよしと言いたくなった
恥ずかしいお願いをしたと思ったが、頑張って言った甲斐があったというものだ
「ふふっ……可愛い」
くるんと巻く毛先を堪能して、さすがにもう手を離そうと思った
「坂田さん、ありがとうございました。もう十分です」
髪を触った手にはまだ温もりが残っている
もう触れることはないその感触を忘れないように、きゅっと握り締めた
もう帰ろうと挨拶をしたかったが、頭を下げたままの坂田さんはそのまま動かなかった
首が痛いだろうに、なんだか申し訳なくなった
「あの……もう大丈夫ですから。ありがとうございました」
「あ、あぁ……」
ゆっくりと顔を上げた坂田さん
その顔を見て驚いた
赤面とはこの事と言わんばかりに顔を赤くして、目を挙動不審に泳がせている
口も何か言いたげに動いていたが言葉になっていない
それが自分にもうつって顔面から火が出た
「ごごごごめんなさい!!私変なこと言って!言ってというかして!!」
「だだだ大丈夫だから!全っっ然照れてるとかじゃねぇから!恥ずかしいとかないから!!」
お互い声が上擦って、あたふたと何かを誤魔化そうと手を動かす
けれどどんなに誤魔化そうとしても、身体の熱は上がるばかり
こんなはずじゃなかったのにと、どんどん顔は赤く染まった
それをじっと見つめてくる坂田さん
目が合いそうになるとプイッと逸らされた
「零が……可愛いとか言うからっ……」
「言いましたっけ……すみません、無意識でした……」
「……無意識の方がヤバいだろっ……」
ボソッと呟いたかと思うと、あの髪の毛を掻きむしった
きっと癖なんだろうな
また坂田さんの一面を知れて嬉しかった
二人して言葉を失って、帰るタイミングすら見失った
喋りたいけど喋れない
何か言葉にしたらまた変な空気になりそうで躊躇った
こんな気不味い雰囲気をなんとかしてくれるのはアレしかない
アレしかないけど今はそれが叶いそうにない
同時に空を仰いで呟いた
「「雨、降らないかな……」」
ゆっくり隣に目をやると、相手も同じようにこちらを見てくる
目が合い数秒沈黙のまま
それに耐え兼ねて同時に吹き出した
「おんなじコト考えてんのな」
「そうみたいですね……ふふっ」
目を細めて声を出して笑った
雨で出会った二人が雨に頼ろうだなんて、安易だったが必然だったのかもしれない
お礼のお礼もしてもらったし、次に会う時はお菓子を渡す時
でもそれは何時になるかはわからない
だったらこれも頼らせてもらおう
「坂田さんっ……」
「……何?」
「また……雨の日に……ここで雨宿りしててもいいですか?そうしたら……お喋りしてもらえますか?」
緊張で声が震えた
それでもちゃんと目を見て伝えた
どんな答えが返ってくるか、不安で涙目になったけど
「あー……まぁ……うん……」
髪の毛をぐしゃぐしゃにする仕草でわかる
この人が照れている事を
受け入れてくれた答えに嬉しくなって、違う涙が浮かんできた
「良かったぁ……」
ホッとして空を見上げる
暗くなりかけの空は静かに私を祝福してくれた
「坂田さん……」
「今度はなんだよっ……」
伸ばした手に触れた着物の袖をくいっと引っ張る
そして空を見たまま告げた
「雨です」
「え?」
ポタポタと地面に黒い染みを作ったと思ったら、あっという間に本降りになって帰宅途中の人々を濡らしていく
わーきゃー騒ぐ人達の声は、綺麗に雨音にかき消された
「零」
「はい?」
「傘……持ってんのか?」
「……持ってません。坂田さんは?」
「今は持ってねぇ」
その声が何か企んでいて、ニヤけた顔はあの時と同じだった
それでもまだ濡れていないわけで、目が合っても決意出来ない自分がいた
「坂田さん……まさか……」
「だって止むの待ってたらいつになるかわかんねぇだろ」
「それはそうなんですけど……」
拒否しながらもあの日のドキドキが蘇って胸が高鳴る
坂田さんの目が早くと言わんばかりにキラキラしていた
「もう……しょうがないですね」
ノリ気なくせにまたツンデレ
これは止めた方がいいと誓ったはずなのに
不意に手を取られてドキッとする
顔を見ると笑っていた
「零」
「なんですか?」
「今日は風呂借りれる?」
「なっ……!」
頭が爆発しそうになったと同時に身体のバランスを崩した
坂田さんに手を引かれて、雨の中に飛び出したから
「走れ!!」
一瞬で全身が濡れてビシャビシャになる
何かで身体を庇うこともしなかった
それでも二人は笑っていた
「坂田さん、風邪引かないで下さいね!」
「ぁん?零こそ気を付けろよ。風邪引かれたら会えなくなんだからな」
「っ……!」
こんな台詞、人生で言われたことはない
胸がきゅっとなって体温が上がって、この人と繋がれている手が愛おしくて堪らない
言葉が出ない代わりに強く握り返した
「……俺も無意識だったわ……」
多分赤くなっている顔を背けて、それを最後に坂田さんも無言になった
黙って二人で走り続ける
それでも全然苦じゃなかった
冷たい雨に、全てをかき消す雨音
私達には丁度いいBGM
あの日、最悪と呟いた自分に心から感謝した
終
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