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ヴィル監

朝目覚めて最初に感じたのは違和感だった。体が熱い。なんだかぼんやりする。まあ、でも今日は座学しかないから大丈夫だろうとそのまま授業に出ることにした。
「ストップだ。仔犬」
一時限目終了後クルーウェル先生に呼び止められた。
「随分とぼんやりしていたな。」
授業開始から10分ぐらいは平然としていられたが、段々と頭痛がひどくなってきたのだ。正直にそのことを言うと先生は一層顔をしかめた。
「待て、お前いつから体調が悪かったんだ?」

「薬ができたら誰かに届けさせよう。それまでいい子で待っているんだな」
そういうわけで真昼間から寝室に閉じこもっている。子分は大人しくしてるんだぞ!とグリムにまで心配をかけてしまった。体調を崩したことなんてこの世界に来てから一度もなかったのに。とうとう私の体は音を上げたようだ。

コンコンコンと扉を叩く音がした。誰かが薬を届けにやって来たのだろう。やっとのことで返事をしたけどしわがれた声しか出なかった。
「やだ、思ったよりひどいわね。」
蝶番が軋む音と共に入ってきたのはヴィル先輩だった。てっきりグリムが、それかエースかデュースが来るものだと思っていたので驚いた。
「アタシに会えて嬉しい?」
VDCの合宿の後、ヴィル先輩は仕事が山ほど舞い込んできたらしく校内で姿を見かけることがあまりなかった。親しくなれた先輩と久しぶりに会えるのは嬉しい。私は正直にうなずいた。
「素直でいい子ね」
うんと優しく微笑まれる。病人相手には特に優しく接してくれているのだろうか。
「はい。これ」
紫色の液体が入った小さな瓶を渡された。
「クルーウェルから預かった薬よ。ぶどう味にしてあるから仔犬でも飲みやすいだろうですって」
クスクスと笑うヴィル先輩。
「それと、これはアタシから」
アンタが寂しくないように。差し出されたのはテディベア。紫のリボンが首元にあしらわれている。真っ黒なつぶらな瞳ととぼけたような表情がかわいらしい。ふわふわしたクリームブラウンの毛並みがとても柔らかそうだ。思わずぎゅっと新しい友人を抱きしめる。
「あらあら。まるで赤ちゃんね」
慈しむような視線が気恥ずかしくて、隠れるように顔をふわふわの体に押し付けた。
「本当は甘えたがりなのかしら」
今日はゆっくりやすみなさいと私の頭を撫で、ヴィル先輩は静かに出ていった。

「監督生〜。調子はどう…ってすげえな」
「まるでおもちゃ箱だな」
ぬいぐるみに埋もれて眠るお前も人形みたいだと笑う友人達。事の発端はヴィル先輩のぬいぐるみを見たカリム先輩だ。熱でぼんやりしたまま応対したのがいけなかった。私がぬいぐるみがないと眠れないなどと話に尾鰭がついていき、今ではたくさんのふわふわの仲間ができた。猫に鳥に犬に。中にはエビのぬいぐるみなんてあった。一体どこに売っていたんだ……。
「な〜んだ。監督生が言ったことじゃないのかよ。からかってやろうと思ったのに」
「病人には優しくしてください」
ほら僕たちからも贈り物だ。とデュースが白いうさぎのぬいぐるみを渡してきた。丸めがねをかけ、懐中時計を持っている。
「あと冷蔵庫にトレイ先輩が作ったゼリー入れといたから、食べれそうな時に食えよ」
無理はするな、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。早く治せよ。2人からかけられるあたたかい言葉に不覚にも泣きそうになった。慌ててうさぎで顔を隠し、ありがとう。とパペット人形のようにうさぎの腕を動かしながらおどけて返した。

私をゆっくり寝かせるためにとグリムは他の寮に泊まりに行った。もう治ってきたから大丈夫だよと引き留めたが、まだ平熱より高い体温を見て今日はさっさと寝るんだぞ!とまた叱られてしまった。グリムがいない部屋は耳が痛いぐらい静かに感じる。放課後は入れ替わり立ち替わり友人たちが現れて騒がしかったから余計に寂しく感じられた。やっぱりグリムには側にいて欲しかったなあ。少し後悔していると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「監督生?まだ起きてる?」
やってきたのはヴィル先輩だった。
「あれ。ヴィル先輩」
「熱は下がった?」
「まだぼんやりしますけど、朝に比べたら大分」
薬のお陰ですかねと付け足す。
「ヴィル先輩もわざわざありがとうございました」
「当然よ。病人をほっとくなんてできないわ」
ところで。とヴィル先輩はクマのぬいぐるみを撫でながら続けた。
「アタシのプレゼントはベッドに置いてくれているのね」
実は皆の来訪が落ち着いたあと、他のぬいぐるみは別の部屋に飾った。あまりにも数が多くて寝がえりをうつ度ぽこぽこ落ちてしまうからだ。
「自惚れてもいいのかしら」
ヴィル先輩がベッドに座り、2人分の重さにスプリングが軋んだ。突然近くなった距離に思わずたじろぐ。
「アタシ、弱みに漬け込みにきたのよ」
「?」
「熱が出た時って人恋しくなるでしょう。苦しくて不安で、誰かに甘やかして欲しい……違う?」
心を見透かされたようで思わず身を固くした。
「そこで提案があるの。……アタシの恋人にならない?」

「あら、今のアンタ真っ赤で美味しそうよ。熟れた林檎みたい」
「え……と」
急な展開に頭がついていかない。熱に浮かされて変な夢でも見ているのだろうか。
「夢だと思ってるんじゃないでしょうね。つねってあげましょうか?」
ほっぺをぷにっと掴まれる。ヴィル先輩のひんやりとした指先が気持ちいい。
「ねーえ。メリットしかないでしょう」
恋人になっていいわよね。と今度は私の手を取って指と指とを絡める。甘えるような手つきにますます頬が熱くなった。
「でも……」
「何か不安?」
「私…ヴィル先輩のこと好きかどうかわかんないです」
「あら、それなら問題ないわ。アンタはアタシのことちゃんと好きよ」

「アタシに久しぶりに会えて嬉しいって思ったこと。アタシのプレゼントをベッドに置いてくれたこと。そして何より……」
ヴィル先輩は瞬きがくすぐったく感じるほど顔を近づけてくる。アメジストの瞳がキラキラしてて綺麗だ。
「アタシの手を振りほどかないじゃない」
そう言ってヴィル先輩は私の鼻先にキスをして、うっとりと微笑んだ。
「これからはアタシに頼ってね。うんと甘やかしてあげる」
今夜はこれぐらいで勘弁してあげるから、おやすみなさい。アタシのかわいい小鳥ちゃん。ちゅっとかわいいリップ音をたてて私のおでこにキスをして彼は出ていった。私は彼をぼんやりと見送ることしかできなかった。困ったことになったなあ、当分私の熱は下がらないだろう。
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