君と地獄に行きたかった/※+Smokescreen
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数百年ぶりに再会した元恋人は、まるで幽霊でも見るかのような目で私を見ていた。
私と一緒に来ていたビーコンやサウンドウェーブがオートボット達と激戦を繰り広げ、劣勢に追い込まれていたオプティマスを助け出した彼は、ビーコンに飛び蹴りを食らわせた時の勢いをなくし、棒立ちしたまま私の名前を紡ごうとしている。
そんな彼の元へすかさず飛び出し斬り掛かると、馴染み深い形の唇は明確な意志を持った言葉を漏らすことを諦め、ただひたすらに命を奪う側と、奪われんとしている側との激しい鍔迫り合いに余裕がなさそうに息を上げるだけになってしまった。
サイバトロン星と少し違う重力の星、美しい青い星を舞台に砂埃をまきあげ、火花を散らす。昔とは違う、本気の殺し合いだ。
はじめは、私が優勢だった。
それもそうか。
ほとんど不意打ちみたいな感じで斬りかかったし。こうやって戦ったのも久しぶりだったんだから、武器の扱いも立ち回りも変わった私を相手に、なんの前情報もなかったスモークスクリーンが不利になるのは当たり前だ。
でも所詮、スモークスクリーンにとってのハンデはそれだけ。
私の動きに慣れてしまえば、後は柔軟で機転の利く彼の独壇場。
突きを繰り出した私の腕は呆気なく彼に捕まってしまい、気づいた時には私は背中に地面を感じ、空を仰いでいた。
あーあ。行けると思ったのに。
やっぱりゴリ押しじゃ駄目だったか。
発電所のエネルギーを奪いきり、引き際だと判断したサウンドウェーブの録音音声が流れ、私以外のディセプティコンが退却する。
颯爽と変形してネメシスへと帰還する彼らの姿を何の気なしに目で追っていた。
─その時だった。
変形して空を飛ぶ軍勢の中から小さな鳥のような影が飛び出してきたのを見て、私の体は咄嗟に動いていた。
レーザービークが飛ぶ時に鳴らす特有の音は、慣れていないと近付くまで気付けないこともある。そうやって戦場で何人ものトランスフォーマーを殺してきたのだ、彼のペットは。
案の定レーザービークは退却のための撹乱攻撃をするために低空飛行をしており、オートボットが固まっていた一帯にビーム弾を撃ち込むと、私たちのいる平地にも容赦なく攻撃してきた。
私に覆いかぶさっていたスモークスクリーンと立場を入れ替えて盾になっていなければ、接近に気付いていなかったスモークスクリーンは今頃、今の私みたいに背中から全身を破壊されていただろう。
元エリートガードだった女だ。足でまといと判断されればこうして見限られることは、鞍替えした時から承知の上だった。
体の至る所…特にジョイント部分から派手に火花が散り、配線がむき出しになった箇所からエネルゴンとオイルが漏れて、私の下で唖然としているスモークスクリーンに降り注ぐ。
オイルに引火したらまずいと思い、レーザービークが完全にいなくなっていることを計器類で確認してから、気張ってスモークスクリーンの上から退く。
腕に力を込めて体重を移動させるだけでも負荷が大きかったらしく、右肘から下が鈍い音を立ててバラバラに飛散してしまった。
バランスを崩した私は背中を地面に勢いよく叩きつけてしまい、中枢部に致命的な損傷を負った。
激しい損傷音と共に顔の左側に亀裂が走り、オプティックごと顔が損壊する。
右側のオプティックは正常に作動しているのに、壊れた左側のオプティックは視界いっぱいに赤いエラーの文字と活動限界までの数値が表示されていた。
ずっと見ていると酔ってしまうため、左側のオプティックだけ回路を切断し、右目だけで世界を見た。
雲ひとつない青空は死にそうになってても変わらず晴れ晴れとしていて、自分のちっぽけさを実感させられる。
なんだかスモークスクリーンみたいだ。
そんなふうに考えて自嘲して笑った。
(馬鹿だ、私)
世界に彼を投影して愛おしく思うなんて、いよいよ最期らしくて。
それに彼を殺そうとしておいて、未だに厚かましく好きだと思ってる自分が馬鹿でしょうがなくて。本当に、笑うしかなかった。
青空しか映ってなかった視界に、見たこと無い顔をしたスモークスクリーンが入り込んだ。
眉を八の字にして、顔を苦しそうに歪めている表情は、あと一歩で涙腺が崩壊しそうですと言わんばかりで、私は昔に、彼に悪夢の話をした時のことを思い出した。
感覚がほとんど機能してない体だったが、背中と左手に鈍くザラついた感触を感じ、視界の情報と統合して、私はスモークスクリーンに抱きかかえられていると予想した。
《なんで……今まで、どこにいたんだよ? 急にいなくなったと思ったら、どうして、なんで、こんなことに……》
《……アルファト…ライオン、そう言えば、わかってくれる?》
《ッ……》
私たちは昔、恋人同士だった。
しかし恋人である前に、私たちはエリートガードを志して切磋琢磨するライバルでもあった。
戦争が始まってすぐの頃に訓練を開始したからスモークスクリーン曰くちゃんとした訓練ではない、とのことで彼はいつも不服そうにしていたが、スモークスクリーンが先頭を走って、私や他の仲間がそれを追いかける。
そんな構図が私たちの世代の中には確かにあった。
無計画で無鉄砲だけど、優秀で誠実な彼は当たり前のように首席で卒業して、訓練所では追い越すことは出来なかったけど、いつかは追い越してみせると夢を見ていた私はある出来事をきっかけに、それが不相応な思い違いであることを思い知らされた。
アルファトライオンの警備に当たっていた私たちの前にディセプティコンが現れ、アイアコンを攻め落とされた、あの日を境に。
《なんで庇った……》
《さあ……。金メダルを前にして、急に怖気付いちゃったのかもね…。どうせ、私には2等賞がお似合いだから……》
《それは違う!》
《違わないよ。だからアルファトライオンは、私にオメガキーを託さなかった…う、ゲホッ!》
《ユースティシア…!》
咳と一緒にエネルゴンと細やかなパーツが口から飛び出した。
咳をするたびに上半身がねじ切れるように痛んで、まるで罪を犯してきた歴史への制裁を味わされているようだった。
アルファトライオンが同じエリートガードである私を選ばず、スモークスクリーンの体内にオメガキーを埋め込んだ時はまだ、彼の身に危険が及ぶことを心配して自分が代わりに引き受けたいと思う気持ちがあったのに、何百年という時の流れがそれを憎しみに変えて、私をこんな歪んだ姿にしてしまった。
自分勝手な感情だけで、全て捨てて、壊してここまで来た。
ああ……ほんとう、どうしてこうなっちゃったのかな。
《あなたを……純粋な気持ちで追い掛けてた私でいられたら良かったのにね……ごめんね》
汚くて、心も何もかも弱くて。
私は最初から、スモークスクリーンと出会ったその瞬間から、あなたと対等になる資格などないちっぽけなトランスフォーマーだった。
それを認めるのが怖くて、足掻いた末に、あなたを殺そうとしてしまった。
でも後悔したって、もう後戻りすることも、この手で殺してきた同胞たちの亡骸も、蹂躙してきた過去もなかったことには出来ない。
私はディセプティコンだから。
《悪いことしてきたから、私は地獄行き》
朦朧とする意識の中で、考えていたことを呟いてしまったのは不可抗力からだった。
ショート寸前のブレインでは、勝手に動く口を制御することなど不可能だった。
私にはもう、弱音を隠す強がりの鎧も、大人ぶるためのヒールも着こなせなくなっていた。
《……!》
エネルゴンやオイルで塗れた唇に、温かいものが触れた。
いや、正確には私たちに体温は無いから、その触れ合いに温度はなかった。
ただ、二人の間に流れていた時間が、思い出が。
その口付けで瞬時にブレインの中を駆け巡って、心を温めたからそう感じさせたのだ。
すべての真実も感情もむき出しになった私に彼がキスをしてくれたことがどうしようもなく嬉しくて、視界が涙で滲んだ。
ゆっくりとスモークスクリーンの顔が離れていく。彼の頬や顎はオプティックからとめどなく溢れ出す涙で濡れそぼっていたのに、口角や目元は無理をして笑顔を作っていた。
《大丈夫だよ》
そんな5文字の言葉を言うためだけに。
根拠も何も無いくせに、唱えるだけで私をあっという間に安心させてしまう魔法の言葉。
《大丈夫、大丈夫だから……》
隙間など1ミリも許されないきつい抱擁をしながら、私の聴覚回路には彼のその言葉が何度も、何度も繰り返されていた。
私の魂がオールスパークにたどり着くことなく、地獄に落ちるその瞬間まで。
彼はずっとその言葉を手向け続けていた。
私の視界は、ゆっくりと黒に染まっていった。