さよなら世界/※+Ratcet
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《少し出掛けようか》
ラチェットはそう言って救急車にトランスフォームすると、わたしの3歩先を走り出した。
彼の後ろについたわたしは、周囲をゆるやかな速度で流れていく風景に目を向けた。
わたしたちが住んでいる隠れ家は海岸線の近くで、入口を抜け道路に出ると、右側にどこまでも続く波打ち際があり、そこから反対には、緑豊かな森を抱える切り立った崖が
崖は急な斜面が多く、ロボットモードで登るのは一苦労だが、人間の登山コースが作られるくらい頂上から見下ろせる景色が絶景なことで有名で、ディセプティコンとの終戦後に住まう土地を探していたわたしたちが、ここへ移住するのを後押しされた要因でもあった。
彼はそこに行くつもりらしい。
わたしたちは左へカーブして、人っ子一人いない登山コースに乗り上げた。
静かな夕焼け色の道を進んでいると、ふいに大きなエンジン音がして驚いた。
ラチェットがスリップして道を外れてしまい、前輪が空回りした音だった。
《大した事ない、心配するな》
わたしの感情が伝わったのかロボットモードになった彼が体制を立て直してそう微笑んだ。
頂上に着く頃にはラチェットは肩で排気していた。
乱れた排気を整えるために膝に手を着いて休み、整うと《私もガタが来たようだ》なんて困り笑いをしていた。
ラチェットがわたしを横抱き──所謂お姫様抱っこをすると、いつも2人で並んでもたれ掛かる大きな岩の前に、そのままの状態で腰を下ろした。
彼の腕の中で頭を支えられて、わたしは水平線に掛かる大きな夕日を見ていた。
流れる雲も、視界いっぱいに続く海の水面までオレンジ色に染まって、頭上には紫と紺色のグラデーションの空が広がっている。
《美しいな……》
わたしの心の声を代弁するように、同じ方向を向いているラチェットがぽつりと呟いた。
《初めて地球に来た時はこんな所早く出て行きたいと常に考えていたが……。今は、そうならなくて良かったって思うよ……心から。こうして君と、最期を迎えられる場所がこれほど美しければ、私も文句は無い》
彼と触れている部分から、ラチェットのオイルの鼓動を感じることが出来た。
その鼓動は少しづつ弱まっており、あの夕日が沈み着る頃には彼のスパークが、オールスパークへ還ることを表しているようだった。
さっきここへ登る際にスリップしてしまったことや、排気を切らしていたのもそれが原因なのだろう。
わたしたちトランスフォーマーは、他の生命よりも遥かに長命で数千年単位で生きることが可能だが、その代わりに命が終わる瞬間は個体ごとに予め設定されており、体内の計器類が老朽化し、定められた時間を迎えると問答無用で全身の機能が停止させられる運命にある。
それは体の大きさや、作られた目的や役割の重さに比例しており、体や地位の大きなトランスフォーマーたちは、最初に決められた時間も長いことがほとんどだ。
そして彼は……ラチェットは、仲間の命を助けるレスキューロボットとしてこの世に生を受けた。
複雑な役割を求められて生まれた彼も当然、永い時を生きてきた。
地球から、友人と呼べる有機生命体が消えてしまった今日まで。
《最初にいなくなったのはファウラー捜査官だったな……。次にジューン、ジャック、ミコ、ラフ……アーシー、バンブルビー……。私達と造りの違う人間の彼らが早くに亡くなってしまうのは覚悟していたが、数百年の時を共にしたアーシーやバンブルビーを看取るのは寿命だとわかっていてもさすがに堪えたよ……。……だが、それも今日で終わりだ》
まるで決意を固めたような……それでいて、大きな重責から解放されたような声色だった。
生きてくれていた彼がついに死を迎えてしまうのだから、悲しい気持ちでいっぱいなはずなのに、ひとりぽっちで世界に取り残された彼があまりにも嬉しそうな顔をしていたから、長年孤独に晒されていたラチェットの気持ちを考えると複雑な感情になった。
《ユースティシア……君にも、やっと会えるな……》
ラチェットがわたしの頬へ触れた。
今日よりもずっと、ずっと前に機能を停止したわたしの頬に。
モーターもポンプもエンジンも稼働していないわたしは、ラチェットの腕と膝に抱え込まれ倒れずに済んでいたが、彼のスパークがここから無くなってしまった暁にはだらりと垂れている腕のように、重力に引かれて地面に横たわる事になるのだろう。
ここへ連れてきてもらうのも、彼が改造して体に取り付けたレッカーが無ければ出来なかった。
《再会したらまず君の声を聞きたいな。もう何百年と誰の声も聞いてないんだ……直接にはね。録画した映像なんかで音声は聴けても、やっぱりそれじゃダメみたいで、こんなふうに独り言ばかりするようになってしまったんだ。可笑しいだろ? 基地が煩いと、しょっちゅうボヤいていた私がそっち側になるなんて。子供たちが今の私を見たらなんて言うかな?……ああ、彼らはもう子供たちではなかったな》
ラチェットは悲しそうに微笑むと、眠そうに瞼をしぱしぱさせていた。
トランスフォーマーの最期は、人間の老衰のように穏やかなのだ。
眠るように死んで、夢を見るようにオールスパークの元へ旅立って行く。
《いよいよのようだ……ふぁあ……すごく、眠いよ……。ユースティシアも、最期はこんな感じだったのかな》
そうだよ。でも全然怖くないから大丈夫。安心して眠って良いんだよ。
そう言いたかったけど、わたしにはもうそうする声も、体もなかった。
《……人間は眠る時、挨拶のキスをするらしい》
ラチェットはそう零すとゆっくりとわたしに唇を寄せた。
彼のオプティックの青い光が瞼に遮られると、かしゃんと金属が擦れ合う小さな音がした。優しいキスだった。
《もし生まれ変わることが出来たなら、また君の隣にいられたらいいな》
唇が離れると、ラチェットはニッと満面の笑顔で笑った。
そうして深い眠りに落ちた。
ラチェットの体からスパークが出てきたのを確認して、僅かながらボディに残っていたわたしも、彼と同じように体を捨てた。
人で言うところの"幽霊"になったわたしたちは、数百年ぶりに視線が合った。
ラチェットは最初は驚いて、戸惑ったようにわたしたちの亡骸を見たり、わたしを見たりしていたけれど、わたしが手を差し出すと、これからどうするのか理解したらしく、右手を掌に乗せてくれた。
《幽霊になっても泣くことはできないらしい。中枢部が熱くて、今にも涙が出そうなのに、オプティックからは何も出てくる感じがしないよ》
《その代わりに、いっぱい笑えばいいのよ。それなら人じゃないわたしたちでも、できるでしょう?》
《……その声、笑い方……間違いなくユースティシアなんだな……!》
《おっと》
お手本ににっこり微笑むと、どしんと効果音が付きそうなくらいの勢いでラチェットが飛び込んできた。そんなラチェットを何とか受け止め、苦しいくらいきつく抱きしめてくる彼に力を緩めてくれるようなんとか説得した。
死んでからもたまに体から抜け出して、この姿で彼を見守ったりしていたけど、こうしてなにかに触れたのは久しぶりで胸が温かくなった。
次第に、夜の闇に包まれているはずの世界が青い光に照らされていく。迎えの合図だ。
《行こう》
抱きしめて離してくれそうにないラチェットの背を軽く叩くと、渋々彼は手を繋いだ。
彼なりの妥協なんだろう。
なんだか可愛らしいその態度にわたしはクスッと笑ってしまい、そんなわたしに気付いた彼も、釣られたように笑い声をあげた。
空気や風のようにゆらゆら揺れて、わたしたちはオールスパークを目指して光の中へ溶け込んで行った。
わたしたちの亡骸が眠る崖には、再び静かな夜の帳が下りていた。
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fin.さよなら世界
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