あなたは何も知らない/*Soundwave
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
行為が終わり、息が整ってすぐ離れていってしまう彼の背中を見て、例の如く悲しい気分にさせられる。
お互いの欲望を発散させるだけの関係に、いつの間にか切ない思いをするようになったのはいつからだったろう?
「ねえ」
出会ってから数ヶ月が経つが、私は未だに彼の名前を知らないし、彼も私のことは何一つ知らない。私たちの間で交わされる会話は、お互いの荒い呼吸と、私の嬌声と、ベッドの軋む音だけだった。それ以前に、彼は私なんかに興味なんて持ってないだろうけど。
ズボンを履いて、ベルトを締めていた彼は上裸のままこちらを振り返ると、赤い瞳で言葉の続きを催促した。
彼の赤い双眸を見ていると、私は肉食獣に狙いを定められているような獲物の気分になって、少しの恐れと、肉欲の興奮を覚えてしまう。
彼がどんな生活をしているのか私には分からないが、普通の暮らしをしている人間が、こんな目を出来るはずがないだろうというのは、前々から思っていた。
シーツを服の代わりにしてベッドを下りると、裸足で彼の方へひたひた歩き、大きな胸の中に寄りかかった。
後ろ半身はシーツに覆われておらず、外気に晒された素肌に冷たい温度を宛てがわれる。
私を抱きしめる時、彼はいつも、どうしたらいいのかわからない子供のように、こうして躊躇いながら私に腕を回す。
身体を重ね合わせている間は快感に貪欲になって、暴力的なまでに私を抱き潰してくるから、彼の頼りなさげな一面を見るとその落差で胸が締め付けられるようだった。
「……少しだけ」
行かないでなんて、私に言う資格は無い。
彼を愛している気持ちを精一杯隠して、一人寝の夜の寂しさを紛らす存在に飢えている、淫らな女の振りをしなければいけない。
そうでなければ、体だけの関係はいとも容易く崩れ去ってしまう。
私のこの感情は、いつも何かに追われて旅をし続けているような身軽な彼には重すぎるのだ。
彼は止まり木で立ち止まることを望んでいない。彼が私を足を引っ張る荷物だと判断すれば、こうして身を寄せ合うだけの簡単な触れ合いまで無くなってしまう。
窓の外は白み始め、朝が来ることを知らせている。
太陽なんて無くなって、永遠の夜が訪れればいいのにと思う。そうすれば、彼は飽きるまで、私の隣に居てくれるから。
彼は私を離すと、窓の外を見やって残りの衣服を身にまとった。
かちゃん、とドアの閉まる音がして、やがてこの家の中には私以外の人はいなくなってしまった。
私は静かに涙を流す。
貴方は何も知らない。