溢れるほどの希望を/Soundwave
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自分から聞きたいと言っておいて、私の生い立ちを聞き終わったレーザービークはつまらなさそうに大きな欠伸をした。
彼の主人を待っている間の暇つぶしにもなってあげられなかった事に少々落胆しながらも、しょうがないので、せめてこれ以上彼を不快にさせないよう、手元のカップを傾け甘いミルクティーで口を塞いだ。
砂糖をたくさん入れた乳白色の紅茶は、屋敷にいた頃であれば1日1杯までと制限されていたが、今は誰の目も気にせず好きなだけ飲むことが出来る。
三ツ星シェフのオードブルやスイーツなんかよりもよっぽど贅沢なそれに、私はほう、と息をついて微笑む。
《なに黄昏てやがんだよブス》
パソコンにトランスフォームしたレーザービークに繋いだイヤホンから、今度は苦情が聞こえてきた。
「ごめんなさい。あまりにも素敵な時間だったから」
《なーにが素敵な時間だ。ケッ、早く帰ってこねえかな、サウンドウェーブ》
イヤホンのマイクに素直な気持ちを打ち明けると、嫌々といった様子でレーザービークが悪態をついた。彼が唐突に呼んだ主人の名前に胸が高鳴ったが、私はそれを悟られないように平静を装った。
危ない危ない。私は父の人質として捕まった身で、サウンドウェーブは私を利用しようとしている存在だ。月とすっぽんのようなこの関係において、私が彼に求められているのは、私がどれだけディセプティコンに利を与えられる存在になれるか。そこに特別な感情を持ち込んだり、足を引っ張ることがあれば簡単に私は父諸共消されてしまう。好きな人といる為には、私はまだ、この気持ちを明かしてはいけない。
仮に明かすことがあっても、それは彼らディセプティコンが世界征服を果たした時か、私が彼への恋に冷めきった時だけだ。まあ、後者に関してはありえないだろうけど。
オレンジ色の間接照明が居心地のよい空間を作り出しているカフェ内では、店員の接客をする声や、他の客の商談の話し声などで溢れ返っている。
慣れないパンツスーツに身を包んだ私は、その中の1人にちゃんと擬態できているだろうか。
「あ、来た」
《はぁ〜やっとかヨ》
「私のワガママに付き合わせてごめんなさい」
《ホントにな。お前の呑気な戯言に付き合わされる身にもなってくれ》
店の前にシルバーのベンツが停まり、パソコンの画面にサウンドウェーブからのメッセージが表示されたのを確認して、レーザービークに感謝を述べる。
サウンドウェーブが定期的に父の会社へ赴いて"仕事"をする間、私がこうして自由に過ごせるのはレーザービークのおかげだ。
軽くなったトレーを返却台に下げて、パソコンをカバンにしまって店に出る。
慣れた手つきでサウンドウェーブの助手席に乗り込むと、レーザービークは鬱陶しそうにカバンから飛び出して鳥の姿に戻っていた。
『守備は』
「今日はクロワッサンと、いつものミルクティーを頂きました。相変わらず美味しかったですよ」
『……そういうことじゃない』
「ああ、体調ならいつもと変わりませんよ。あなた達と父が共同開発した新薬のおかげで、昔みたいに倒れることも無くなりましたし。絶好調です」
『……そうか』
無表情のホログラムが前を向いたまま言葉少なに受け答えする。
捕虜の健康状態を把握するのも彼の仕事のうちだとはわかっていても、この瞬間は自分の心配をされたみたいで嬉しかった。
停車していたサウンドウェーブはその会話を最後にゆっくりと車体を動かした。
窓の外の景色がびゅんびゅんと通り過ぎていく。私は彼の隣にいられるだけで幸せだったので、これ以上は彼の運転の邪魔にならないように両手を膝の上にちょんと乗せて口を固く結び、窓の外に目をやっていた。私たちの間に沈黙が流れるのは当たり前のことだった。
『……お前の父親、』
だから、運転中のサウンドウェーブが話しかけてきて、私が目を皿のように丸くしたのも無理はなかった。
『お前は無事かと心配していたから、最近はカフェに行くことに熱中していると言ったら、驚いていたが、泣きながら笑っていた』
「そうなんですね」
正直、仕事に明け暮れて家に帰らない父のことなんて(悪い気もするけど、顔も覚えてないのだから)どうでもよかった。
サウンドウェーブが、合理性を欠いた行動を取った……しかも、私関係で。
その事実が嬉しくて、嬉しくて。
どうしようも無いほどニヤニヤが止まらなくて、慌てて口を両手で隠した。
『幸せ、か?』
「! ……とっても、幸せですっ」
『……そうか』
あなたに拐われる前は、生きる希望も何も無い憂鬱な人生だった。
それが今はこんなにも、溢れるほどに希望に満ち満ちている。
今はそれだけでいい。
サウンドウェーブの意図は読めないままでも、幸せだから。
私は顔に熱が集まっているのを実感して、慌てて視線を彼のように前に戻した。
視界の端で、サウンドウェーブが微笑んでいる気がする。
レーザービークの呆れたような欠伸が後ろでまたひとつ聞こえた。
*_*_*_*_*_*_*_*_*_*
fin.溢れるほどの希望を
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