2.月に口付け星をかぶせ
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アイアンハイドの隣で作業をするのは静かで落ち着くから好きだ。
オートボットの武器のスペシャリストである彼は、基本的に私と同じように任務が無ければキャノン砲の手入れに没頭していた。
腕から武器を外して静かに台に置き、何も言わずに隙間に入った火薬や汚れを除去する。終われば違う武器のメンテに移り、自分で出来ることが終わると軍医兼メカニックのラチェットを呼びに行く。
そんな作業音や声以外ここにはない。
心地よい静寂だ。
アイアンハイドもそうした空気が好きなのか、はたまた私と話したくないのか。
寡黙な彼の心中は迷宮入りしていたが、アイアンハイドは決して私を追い払うようなことはしなかった。
もしかすると、私がとあるトランスフォーマーに手を焼かされ続けているのを察して、気を遣ってくれているのかもしれない。
《アイアンハイド!!なぜオレ様の所有物と一緒にいるのだア!そいつはオレ様のだぞゥ!》
噂をすればなんとやら。
格納庫の扉をバターンッ!と荒々しく開けて入ってきたのは、バンブルビーと同じくらいの背格好をした赤い装甲のトランスフォーマー、ファングだった。
彼の行動が常に荒々しいという事は予めわかっているのだが、やはり突然騒音をたてられるとびっくりする。ちなみにアイアンハイドは目もくれなかった。
私と同じように入口に視線を注ぐラチェットと、何事もなかったように手元に集中しているアイアンハイドの間にファングが無理やり割って入る。
それでもなお通常運転のアイアンハイドに腹を立てたようで、ファングは牙を剥き出して唸り出した。気に食わない時やムカついた時のファングの癖だ。まさに、一触即発な雰囲気である。
顔が鉄だから実際のところはわからないけど、人間だとしたらきっと彼の顔は怒りで真っ赤になっているに違いない。
中枢部に刻まれたオートボットに所属している事を表すエンブレムと、オプティックの青い光は紛れもなく彼が正義の味方の1人であることを証明しているのに、その彼自身は自他ともに認めるオートボットには似つかわしくないほどの暴君であるというデコボコっぷり。
レノックス少佐は、そんなファングが唯一私を認めていると信じて疑っていないらしいが、配属されてからずっとバディとして行動することの多かった
確かに任務や作戦において、ファングが私の指示にだけ従うシーンは何度かあったりするが、それは日頃からファングを必要以上に持ち上げまくって積み重ねた(というより半ば無理やり積み重ねられた)関係値だからそうしてくれるだけで、褒めれば気を良くしてくれるという単純な仕組みなのだから、やろうと思えば私でなくともイエスマンの素質があれば誰だってファングの信頼を勝ち取るなんて朝飯前のはずだ。
それにファングにとって私は、彼の住みやすい環境を整えるための手足みたいな取るに足らない存在で、少佐が思っているほど特別な扱いをされている人間という訳でもない。
今だってそうだけど、ファングは私が側仕えのように常に傍に控えていないとこんな風に目をつりあげて(元からつり目だけど)、探し出しては怒って罰を与えようとしてくる。
どうせ傍にいてもやらされることといえばファングに送る賛辞を考えさせられるとか、言わさせられるとか、毎日やってる事なんだから勤務時間外くらい別行動させてくれてもいいのにと思うが、そんな事この悪人面の目の前で正直に言えるわけないので、バディとして一緒に仕事をする時以外、私はほとんど毎日無断で彼から逃げ続けている。
こっちだって意思のある人間なのだから、好きな時に好きなところで、好きなことくらいさせて欲しい。
彼から逃げるという行為は、言わば私からの小さな抵抗なのである。
ああ、でもやっぱりそんなことしないほうが良かったかな。
ファングが怒り心頭に達した顔のまま、ぐりんとこちらに顔を向けてきたので、また悪いタイミングで考え事をしていた私は、慌てて口を引き結んでダラダラと汗をかいた。
《お前は後で覚えてろよ》
「ヒィッ」
低い唸り声でそう言われてさらに汗が噴き出た。
やっぱり私認められてなんかないですよ少佐!!あれは肉食獣が獲物を見る目でしたッ!
たぶんこの感じ、今日の折檻は帰りのドライブでジェットコースターコースだ。
そりゃ、摘まみ上げられて高い所に服の襟を引っ掛けられたり、ジャパニーズお手玉よろしく振り回されるよりかは比較的安全だよ。気絶している間に家についてるし、生き残れる確率は格段と高いんだから。
けどやっぱり怖いモンは怖い。
耐Gスーツもヘルメットも身に着けていない体でスポーツカーに固定させられて、逃げられないという絶望感の中で無理やり戦闘機乗りのような気分を味合わせられるというのは想像以上に恐怖感があるのだ。
適切なブレーキという概念のない彼の荒い運転のせいで、高い所から落下する時のお腹がヒュンとなる感覚は大嫌いになったし、ジェットコースターには乗れなくなってしまったし散々だ。
《大丈夫だ、クイン。ファングは今頭にオイルが上っているだけで、冷静になったら考え直してくれるさ。………多分》
「うぅ……」
無理やり割り込んだファングに押されてよろけ、こっちに来たラチェットが励ましてくれたが、最後にぼそりと呟かれたセリフで私はガタガタと震え縮み上がり、アイアンハイドを睨みつけるファングの一挙手一投足を注視していた。
《おい!いつまでも下らん武器いじりをしてるんじゃない!!こっちを向けェ!!》
ガシャーン!!!!!!
《!》
「~~~~~ッ!」(声にならない悲鳴)
一向に見向きもしないアイアンハイドに遂にファングの堪忍袋の緒が切れ、彼の大きな手が台に乗っていた武器を払い落した。
大きな音を立ててミサイルの付いた、アイアンハイドの右腕用の装備が落下する。
武器のスペシャリストにこんなことをして、後に何が起こるかなんて予想するまでもない。
案の定激昂したアイアンハイドは、ファングの中枢部(ボンネットが変形し胸の形を作っている部分の上側の隙間)を掴み上げると、勢いよく壁に叩きつけ、抵抗するファングの顎の下にキャノン砲を押し付けた。
パソコンが起ち上がるような起動音がしてキャノン砲の穴に青い光が集まると、アイアンハイドはいつでも彼の顔を吹き飛ばす準備が出来ていることを示すように目を細めた。
初めて会った時にディセプティコンを瞬殺していたファングだが、アイアンハイドのように初手から動きを封じてくる(しかも長い付き合いだから、ファングの長所も短所も知っている)相手にはお得意の素早さを活かしきれなかったようで、顎に押し当てられたキャノン砲とアイアンハイドをそれはもう不快そうに見下ろして、宙にぶら下がった両足をバタバタさせ、頑健な黒い腕を剥がそうと藻掻いていた。
《離せ!!こンの鉄屑!オレの火炎放射器で焼肉にしてやる!》
《やれるもんならやってみろ。その前に俺のキャノン砲がお前の顎からブレインをぶち抜いて、その減らず口を二度と叩けないようにしてやるぜ》
《おいおいおい、まあ落ち着けって》
《ラチェットは黙ってろ!お前もオレの所有物と一緒にいた事実は変わんねんだ!アイアンハイドを産業廃棄物にした後、お前もけちょんけちょんに潰す!!》
《だめだ、これはもう話を聞いてくれるような状態じゃない》
さすが軍医、怪我人が出るのを黙って見てるわけにもいかなかったのか、すかさずファングの顎に押し付けられている方の腕を外しにかかった。
ファングの口から飛んだオイルを浴びて思わず本音を漏らしていたが、その手は未だにアイアンハイドの腕に置かれている。
3人はしばらく膠着した状態が続くかに思われた。
…が、それはとある人物の登場によって未遂に終わった。
《ファング!アイアンハイド!ラチェット!これは一体何事だ!》
数分前にファングが現れた場所から3人よりもずば抜けて大きいトランスフォーマーが入ってきた。オートボットのリーダー、オプティマス・プライムである。
彼は状況確認のために3人の名前を呼んだものの、近くに私もいたことに気付くとため息のような長い排気音を出して項垂れた。
常に冷静沈着で感情を表に出す事の少ない彼が、思わずそんなリアクションを取るくらい、私とファングの追いかけっこはNEST関係者に広く浸透し、迷惑をかけてしまっていたようだ。
思い返せばファングから逃げている間は、背後で何か壊される音がいつもしていた。も、申し訳ない。
アイアンハイドは、オプティマスの登場で頭が冷えたのか《次は無いからな》と言い残してファングから手を離すと、落ちていた武器を装着して出て行ってしまった。
ラチェットもオプティマスにアイコンタクトを取ると、彼のケアのために後を追った。
《待てッ》
それに納得がいかなかったのは空気の読めないファングだけである。
《やめないか!ファングビーター!》
ゴチーンッッッッ!!!!
《イッテーー!!》
変形した腕の銃口をラチェットの背中に向けたファングに、オプティマスの拳骨が乾いた音と共に落ちる。
ファングはあまりの痛さに驚いたようで銃を仕舞うと五本指に戻った両手で殴られた頭を押さえ床でジタバタしていた。
《なんで邪魔すんだよッ!オートボットに入った時に約束したはずだ。ディセプティコン打倒のために力は貸しても、お前の手下にはならないと!》
《そういう問題ではない。さしずめ、またクインを所有物だのなんだの言って困らせたんだろう。人間はお前の奴隷では無いし、第一、彼女は共に戦う仲間なのだぞ。それにアイアンハイド然り、仲間のトランスフォーマーに突っかかるのはこれで何回目だと思ってるんだ。いい加減にしないと、本当に困った時、誰にも助けられなくなってしまうぞ。助け合わなければ…》
《へッ出た出た、オプティマス・プライムお得意のキレイゴト! 別にいんだよ、能力の無ェ奴らに足を引っ張られるくらいなら、"仲間"なんざコッチから願い下げだぜ!王になる器があるオレ様には誰の助けもいらねぇ。
いいかプライム!全宇宙を手に入れるトップはこのオレ様だ!お前じゃねえ!プライムの称号があるからって偉そうにするな!生ぬるい馴れ合いなんてゴメンだね。助け合いなんて反吐が出る》
途中で言葉を遮ったファングが、オプティマスのつま先にペッとオイルを吐き捨てる。間一髪で避けたオプティマスは、また大きく排気した。
オプティマスは以前も似たようなことをファングに説いたことがあったが、彼は聖人君子のように、こんな暴君でも心を入れ替えることができると本気で考えているのだろうか。それとも、そうでないとわかっていても、リーダーとして見過ごすことが出来ないから、ファングをこうして気にかけているのだろうか。
私は、笑顔を振りまいてオートボットの面々と仲良くするファングを想像してみた。
本来の彼は、ボンネットにエイのような特徴的な黒いラインがあるから、品行方正な彼には白いラインがあるという妄想をして白ファングと名付けよう。
……あ、だめだ現実とギャップがありすぎてなんか気持ち悪い。
キャッキャウフフと言いながら花畑をアイアンハイドと駆け回るファングに違和感しか覚えず、頭をブンブンと振って早々に白ファングさんには消えてもらった。サヨナラ白ファング。君のことは忘れないよ(大嘘)
《はぁ……。任務が絡めば今よりかは話を聞いてくれるんだがなあ、この手の話をするといつもコレだ。クイン、すまなかったね。ファングには私から強く言っておくから君は仕事に戻るといい》
「(助かった〜!)ありがとうございますオプティマス!」
《あ!おい逃げるなゴラァ!!このやろ離せオプティマス!まだ話は終わってねェ〜〜!!》
ファングはオプティマスに後ろから羽交い締めにされ、格納庫から逃げる私を追いかけられずにいるようだった。
横目でちらりと見たくらいだったから詳しくは分からない。
ファングが私を恐ろしい形相で睨んでるんじゃないかと思うとゾッとして、後ろを振り返ることすらできなかったのだ。
ただひとつだけ、大人しくなるまでオプティマスにまたボコボコにされているファングの声を聴いて、満身創痍になった彼がジェットコースターコースで折檻できなくなっただろうというのは簡単に予想できた。ふぅ、命拾いした。