1.宝冠なき王と国民1号
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ファングビーター改めファング(そう呼べと脅迫された)のヘリ要請のお陰で、私は救護班のヘリに乗せられディエゴガルシア島へ帰還することが出来た。
軍人として身元が保証されているとはいえ、エイリアンと一緒に仕事をして大怪我をしただなんて理由で民間の病院に入院はできないため、負傷兵はみんな基地の敷地内にある秘密の病棟へ運び込まれる。
戦場にいた時は必死すぎて気づかなかったけれど、私の骨はなんと腕だけでなく肋や足腰にも複数ヒビが入っており、動けるのがおかしいくらいの重症だったそうだ。
アドレナリンが効いているうちは看護師のトリアージに不満を持って早く家に帰ってのびりしたいだなんて呑気に構えていたけれど、彼女の判断には、遅れてやってきた激痛の
プロの意見は素直に聞くことと、人間のホルモンの凄さをこんなに痛感したのは生まれて初めてだった。
画して私は真っ白い建物の2階の、6人分の病床がある一室でしばらく缶詰することになった。
手術を終えて繋がった骨が、世界地図みたいにまた散らばらないようにと、天井から吊るして固定されて文字通り手も足も出ない。
トイレや風呂といった日常生活を気軽に行えなくなったのは痛かったが、1番堪えたのは日がな一日何もしない禁固刑のような毎日だ。
暇だと思っても、やれることと言えば秒針をひたすら目で追うことと、吸音材で出来た天井の穴を気が済むまで数えることくらいなのだ。
窓際に寝かせてもらえているからまだ良かったものの、仮に廊下側のベッドで過ごせと言われていたならば、私は1日と持たず自我を失っていたに違いない。
自我を喪失しないためには会話が良いらしいが、情報の秘匿のために直接的な関係者でない家族や友達は当然見舞いに来ない。
知らぬ間に五体満足で退院していた同期や先輩は訓練漬けの日々に復帰して滅多に会うことは出来なかったし、たまに購買で買った雑誌を置いていってくれる隊員もいたのだが、読めるわけもないので、最近は一日中、雲の動きや太陽、バードウォッチングをして過ごしていた。
怪我をしているという大義名分で食っちゃ寝するのには半日で飽きた。
初めての出動から丸4日が経とうとしていた。
─ ✧ ─
夕方の赤紫色の雲を虚無になって眺めていたら、換気のために空け放していた扉が数回ノックされ来客を教えてくれた。
他のベッドを使っていた人達は皆完治してとっくに訓練に戻っているため、その人が用があるのは自分だと確信した。
「レノックス少佐!」
「いい。無理をするな」
4日前に知り合ってそれっきりだった上官が花を持ってやってきたため、慌てて敬礼しようと芋虫のようにもがいたが、少佐が慌てて制してくれたのでお言葉に甘えることにした。
輸送機で会った時はピリピリしていたせいか厳しそうな印象を抱いたが、こうして見ると穏やかな顔つきをしていて良い人そうだ。私みたいな新兵の為にわざわざ花束を買って来てくれたみたいだし。
サイドテーブルのある窓側へ歩いて椅子に座った彼は、テーブルの上に新しい雑誌と一緒に花瓶に新鮮な花が活けられているのに気付くと、抱えていた小さい花束をそっと雑誌の上に置いた。
ほぼ初対面な上、彼が整った顔立ちをしていたため、陰キャ根性丸出しな私は咄嗟にコミュ障を発動してしまい本題を切り出すことが出来なくて口を引き結んでいた。
挙動不審な私に代わって沈黙を破ったのは、レノックス少佐の申し訳なさそうな声だった。
「すまなかった。初出動の新兵は極力戦闘に参加させずに、中衛で実戦経験だけをしてもらうと言う話だったが、前衛が綻んだ隙に一体だけ君らのいる部隊へ逃がしてしまった。幸い死者は出なかったが、女性にこんな大怪我をさせたんだ、どんな恨み言も言われる覚悟は出来ている」
「い、いえいえ!そんな!恐れ多いです、頭をあげてください。それに、私は一生治らない傷だろうと覚悟の上で兵士になりましたから!」
嘘である。
偉い立ち位置の人が一介の二等兵になんの用かと思えば、畏まったように頭を下げてくるもんだから調子が狂って、思ってもいない優等生が言いそうな事を口走ってしまった。
別に恨み言を言うつもりも無かったが、こんな綺麗な言葉を使うつもりもなかった。く、流されやすい性分がこんな所にまで反映されるとは……!
「…君は本当にすごいな。男ばかりのアルファ部隊の中で唯一の女性である君が、率先してディセプティコンを引き連れて囮になったと聞いて、俺はその勇気に感激したよ。君の所のリーダーは俺の友人でな。助けてくれて本当に感謝しているんだ」
えっなんか私が知らない所で話が盛られてすっごい勘違いされてるんですが?
ただでさえ綺麗な嘘をついて心が痛いのに、結果的に敵前逃亡する事になった事実を隠蔽しているみたいで良心の呵責に絶賛苛まれ中だ。
ヤメテ!そんな綺麗な目で見ないで!
「ううっ、そんな……私はただ、夢中で……」
「君のような兵士は新兵だからと後衛で燻らせておくような人材じゃない。ぜひ俺の部隊へ入ってくれ」
「は、え?そんな突然……、冗談、ですよね?私、まだ1回しか出動してないですし絶対に皆さんの足を引っ張りますよ。ははは……」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
だって、少佐ずっと真顔なんだもん。絶対面白半分で言ってないじゃん本気じゃん。いやでもここは素知らぬ顔で流さなければ。
全快したら退職願を提出するつもりだったのに、身動きの取れない今、逃げ出せない状況で断言されてしまうのは性分的にマズイ。
持ってくれ!私のNOと言える心……!
「いや、これは本気の話だ。なんたって、君は、あのファングに信頼されたそうじゃないか」
あのオレ様系オートボットモドキ、要らない話をしやがってと心の中で毒づく。
「いやいやいや!まさか!その反対ですよ。だって、いきなり支給品の帽子、燃やされたんですよ?あれは間違いなく、信頼に足る相手としてではなく下等生物として認識された瞬間でした。被服室に黒焦げの帽子を渡したらすっごい怒られましたし、もう散々です。私がいたらきっと、少佐の部隊も目をつけられて丸焼きにされちゃいますよ!」
唯一自由のきく首をぶんぶん振って早口で捲し立て、わざとらしく溜め息をつく。どうだ、これで私がファングにどうとも思われていない事を理解できたはず。
しかし、その予想を裏切って少佐は目をまん丸に見開いて私を見ていた。ウ、ウワ〜!驚きと期待の入り交じった目だ〜!
「驚いたな、それはトランスフォーマー達にとって特別な誓いの儀式だぞ!相当気にいられたんだな! いやぁ助かった、君のような存在がいればファングも問題行動を控えるようになってくれるだろう。俺たちの言うことは聞いてくれないから、正直もうお手上げでね。君がいてくれると本当に助かるよ」
「あ、ハイ…」
ついに、ぽきりと小気味よい音を立ててNOと言える心が折れた。
「ああ、良かった!君の異動手続きは俺が代わりにやっておくから、退院したらまず第1格納庫に来てくれ!改めてオートボットを紹介する」
「ワー、アリガトウゴザイマス、ガンバラセテイタダキマス」
「こうしちゃいられないな!じゃあまたな、これからよろしくクイン」
「ハイー」
颯爽と去っていった背中にこれ以上何か言うことなんて出来ず、1人になった病室で私はそれはそれは長いため息をついた。性格ってすぐに変えられるものじゃないんだなぁ。
……でも、あの一瞬で上司がただの二等兵である自分の名前を覚えていてくれたというのは、思っていたよりいい気分だ。
それに、万年凡人の自分がスピード昇進できる機会なんてもう二度とやって来ないかもしれないんだから、期待に応えるためにまだ辞めずに頑張ってみるのもいいかもしれない。…もしかしたら特別手当も出るかもだし。
なんて呑気に頬を緩めていたこの時の私は、これから自分にどんな未来が待ち受けているのかなんて、想像だにしていないのだった。