1.宝冠なき王と国民1号
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《ファングビーター…!ナゼ、オ前ガ人間ノ味方ヲシテル!》
《ハア?なに勘違いしてやがんだ》
尻もちをつき右腕の砲台を構えて震えていたディセプティコンが、いつの間にか目の前に迫っていたファングビーターに驚く。
さっきまで5mは距離があったのに、1秒にも満たない時間で砲台の先端を捕まれ弾道を逸らされれば、誰だってあの反応になるだろう。
発射された巨大な弾丸はあらぬ方向に飛んでいき、遠い彼方に着弾すると、爆発した。
ファングビーターは心底不快そうにため息をつくと、逃げようと後退りしていた戦車から右腕を、まるでパンを割くように呆気なく引きちぎった。
あんな頑丈そうなボディを顔色一つ変えずに真っ二つにしてしまうなんて…なんて怪力なんだろう。
空気をビリビリ震わす悲鳴をあげる戦車の顎を掴んだ彼が、この先どうするのか目を離せない。
ガタガタ体を揺らすディセプティコンに自分を重ね、行く末を見守った。彼の全身から溢れ出す殺気が、恐怖がきっとそうさせたのだ。
オートボット特有の青空のようなブルーの目が、彼のだけは氷みたいに冷ややかに感じる。
今から殺す相手のことも、救ってくれた私のことも心底どうでもいいみたいな…何も見えていないような恐ろしい目つきだ。
きっと彼にとって命を奪う行為は部屋に入った虫を何も考えず叩き殺すような、流れ作業と同等かそれ以下の行為であり、たちまち私が彼にとっての"虫"になれば、迷いなく戦車を痛めつける要領で私さえも手にかけられるのだろう。
サーベルタイガーのような一対の大きく鋭い牙も相まって、彼の険しい表情は凄んだだけで相手を殺せてしまいそうだ。
《オレはなァ、誰の味方でもねえよ。ただメガトロンに従わされるのが嫌で嫌で、ある程度自由が許されそうな方に付いただけだ。メガトロンが死んで、目標のひとつは達成された。後はお前らを残らず始末して、人間を屈服させこの星の王になるだけだ。オレ様の夢のために、死ね》
《待ッ》
金属が変形する音がすると、彼の左腕は巨大な銃口になり、先の見えない暗い穴の中から青い閃光を迸らせ、その光を敵の胸へ押し付けた。
胸を3発撃ち抜かれた戦車は、痛みを逃がしたいがためか震える腕をしばらく宙に彷徨わせていたが、目から完全に光を失うとあまりにも呆気なく息絶えた。
「っ痛」
戦車の中枢部から爆散した破片の一部がこちらへ飛んできて、頬を切った。
つ、と血が流れた頬に触れるが、怪我を負わせた本人は気付いた素振りもなく、こちらを振り返る様子もなかった。
ただ変形した手を元の5本指に戻し、感触を確かめるように閉じたり開いたりしていて、今にもここから立ち去ってしまいそうな雰囲気を漂わせているだけだ。
私は頭を抱えた。
正直、危険を体現したかのような彼がここから去ってくれるのは手放しで喜びたい状況なのだけれども、彼に置いていかれてしまったら、命が救われた安心感ですっかり腰が抜けてしまい、ロクな通信機器も持っていない私はここに1人取り残されることになってしまうのだ。それは非常に困る。
人間を屈服〜とか、この星の王になる〜だとか何だかヤバそうな事を口走ってたけど。なるべく関わりたくはないけれど。
私が今頼れるのは彼しかいないんだし、こんなところにこんな怪我で一人取り残されて、来るかも分からない応援が来るまで待機なんて絶対嫌だ。
私は覚悟を決めてから「どうか捻り潰されませんように!」と十字を素早く切り、とにかく気づいて欲しくて口を開いた。
「あn」
《なんっっっで敵を倒したのに見てる奴が誰もいねえええんだよおおおお!!うおおおおおお!!!》
「……」
すうっと息を吸ったような排気をした直後、地面の小石が振動するくらいの大声で叫んだ彼に閉口し、咄嗟に耳を塞ぐ。な、なんて爆音!まるで戦闘機のジェット音みたい!
さっきの、荒々しくも力強い戦いぶりが嘘のようにギャンギャンと喚き散らしては暴れている彼が、完全におもちゃを買って貰えなかった駄々っ子のようにしか見えなくて若干引いた。あ、じ、地団駄踏んでる……。
《他の奴らにはできないような!瞬殺!して!やったのに!!あ"ー!!イライラする!!大体、サイバトロンにいた時もそうだった!!オレは実力があるのに!誰よりもプライムよりも強いのに!認めてもらえなかった!勲章は愚か賞賛の声すら無かった!!オレは讃えられて当然の存在なのに!!最強の男なのに!!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!》
牙と同じく尖った爪先をスクラップになった道端の車に打ち付け、踏み潰し、何度も暴れている所を見て、彼への畏怖がなりを潜めていく。というよりも、今は呆れの気持ちが大きい。
なんだろう…自分よりもパニックになっている人を見て冷静になる心理に状況がかなり似ている気がする。
しかし、このまま放置もしておけない。
彼がこのまま周囲の建物や地面を破壊し尽くしてしまったら、そのとばっちりは逃げられない私に来るのだ。
せっかく助かったのに、建物の倒壊や道路の崩壊に巻き込まれて死ぬなんて絶対にゴメンだ。
私は慌てて息を吸い込むと、得意の愛想笑いを浮かべて大声で叫んだ。
「わ、わーっ!!ファングビーターさんすっごーい!あんな大きなディセプティコンを瞬殺しちゃうなんてー!誰も貴方を讃えてないなんてとんでもない!地球上の誰もが貴方様を羨望の眼差しで見ておられますよ!!」
びくっと、金属の肩が跳ねた。
彼はこちらを振り向くと、幽霊を見たかのような驚愕した表情になって、あんぐりと口を開けた。はいはいどうせ私は影が薄いですよ、すいませんね。
のそのそと歩いて目の前に来た彼は、腕を組んだ仁王立ちのままこちらを見下ろしてきた。他のオートボットたちのように屈んだりなどは一切してくれないので、じっと目を合わせようとすると首が折れてしまいそうで辛かった。
《人間、お前はなんだ。なぜオレ様を知っている》
「私は貴方と同じNESTに所属する者です。先程輸送機で顔合わせしたんですが…」
《知らん。お前らのようなちっぽけな人間をいちいち覚えているほどオレは暇じゃない》
「デ、デスヨネ〜…」
目を細めて思い出すような素振りをした彼に一瞬期待したが、概ね予想通りになった。
まあ人間同士でも、あの短時間でお互いを覚えられるのは稀だし、私もたまたま覚えてただけだから特に気にしていない。
私のような平凡顔の人間、レノックス少佐にすら名前を覚えられてるかどうか危ういんだから。
ディセプティコンの手先だとか何とか因縁つけられて叩き殺されるよりかはマシだ。
《しかし……ふふふ……ガハハハハ!!そうか、やはりそうだったか!地球の全生物はオレを羨望の眼差しで見ているんだな!やはりオレはそれ程の存在!王になる器なのだ!フーッハハハハハハ!!!》
上機嫌になった彼を見てホッと胸を撫で下ろす。
地球の全生物だなんてそんな大きなスケールで出まかせを言った覚えはないけれど、何はともあれ暴れなくなってよかった。
《おい貴様!》
「は、はい!」
大声で恫喝され、尖った人差し指を鼻の数センチ前に突き出される。あと少しで彼の爪が私の鼻に刺さってしまいそうな距離だ。
ピンと背筋が伸び、冷や汗が流れる。やばい、思ったことを口に出してたかもしれない。
《名前は何だ》
「は、な、名前ですか」
《さっさと答えろ!》
「はははい!!クインです!クイン・ベルですぅ!」
思わず敬礼しながらそう叫ぶ。
聞かれたらまずいことは言っていなかったようで安心したが、まさかこの流れで名前を聞かれるとは。
もしやこれはアレかな?顔と名前覚えられて目をつけられた挙句、あの戦車みたいに俺の夢のために死ね!みたいなこと言われたりする流れかな?イヤイヤ、でも私なんか殺ってもなんの功績にもならないだろうし?!そそそんなことはされないはず!
1人でぐるぐると迷走していると、ファングビーターがまた大笑いしだしたのでビクッとしてしまったが、彼は指を引っ込めただけで私に危害を加えるようなことはしなかった。
ほっとしたのも束の間、腰に手を当てて威張りながら衝撃の一言を放った彼に、私はつい目を点にしてしまった。
《クイン、貴様気に入ったぞ……。貴様は今日から、オレ様の王国の国民第1号だっ》
「え?お、王国があるんですか?」
《いや、ない!》
ズバッと言ってのけた彼にガクッと拍子抜けする。
《だが大丈夫だ。将来この星を支配した後、国の偉い人間を人質に脅しをかけオレ様の土地を用意させるつもりだからな!》
「何にも大丈夫じゃないんですがそれは」
《おい貴様!》
「ウェっ?!今度はなんですか?!」
《その頭に被っている物をよこせ!》
「ええ、帽子をですか? 良いですけど何に使うんです」
被っていた迷彩柄のキャップを取って差し出すと、彼がまた腕を銃に変形させた。
今度は反対側の腕だったから、こちらへ向けられたそれはさっきの銃口とは違う、機関銃の先についている消炎器のような細長い形をしていた。
当たり前だが、人間の武器とは比べ物にならないくらい大きいから、恐怖の度合いは先程のキャノン砲と同等である。
キュポンジョロロロロ……
「え?!!ちょちょちょー!軍の支給品!何してるんです!!?」
へそに当たる位置からワインのコルクを抜いたような音がした後、燃料と思われる灯油臭い液体を掛けられ思わずキャップから手を離してしまった。彼が狙っているのは私ではなく帽子のようだ。でも手にもちょっと掛かってる…オイルくさい!
ゴオオオオオ……メラメラパチパチ……
「なっ?!!あつっ?!!えっ?!も、燃え……!!え?!」
彼が変形させた腕は火炎放射器だったらしい。
たっぷり燃料を吸った私のキャップは、彼が噴き出した青い炎を浴びて瞬く間に燃え上がり、真っ黒い消し炭になった。
あまりに唐突な展開すぎて、理解不能すぎてワナワナ震え、言葉を失う。
《おおよく燃えるぜ。この儀式をもって、今日からお前は、正式にオレ様の物だ!オレ様に気に入られた事を光栄に思うんだな》
「あ、あはは……ありがとうございますぅ……」
人間、想定外のことが連続すると思考がフリーズして何も考えられなくなるらしい。
反抗する気力をごっそり削がれた私は、オイル切れした機械のようにギギギと首を動かして、遥か上でしたり顔をする頭に引き攣った笑顔を向けた。
ああ、こんな時まで私は流されイエスマン体質のまま……。怒って言い返すどころか、首を横に振ることすら出来ないなんて……。
こんなオレ様至上主義の人に気に入られてしまうなんて、一体これから、私はどんな絶対王政を敷かれてしまうんだろう?
目の前の暴君に悟られないよう、私はひっそりと心の中で泣いた。