1.宝冠なき王と国民1号
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
アスファルトの天井1枚分向こう側で繰り広げられていた銃撃戦の発砲音や爆発音が聞こえなくなった。
トンネル内は水が滴る音と、私の不規則な足音だけが響いている。恐らく駅と駅の中間地点まで来たんだろう。
私がここへ吹き飛ばされた時、私を助けようと手を伸ばしてくれてた先輩は無事だろうか?
先行していた隊長や、私よりもずっと臆病な同期は今頃どうしてるだろう。
不気味なほどに静かすぎる空間や緊迫した状況が続いたせいで精神が参ってしまい、しきりに頭に浮かんでは消える嫌な想像に取り憑かれる。足が竦んで動けない。
(動け、足…!)
握った拳で太腿を叩いてみて、その拳でさえも震えてしまっていることに気づく。
なんとか足に力は入ったが、自分のダサさに嫌気が差した。
もしも私がコミックや映画の主人公だったら、こんな時でも仲間を信じて力強く歩くことが出来ただろうに…。思わず溜め息が漏れた。
自己嫌悪に陥りながらもなんとか歩き続けていると、遙か向こうで白い光がぼんやり広がっているのが見えた。
駅のホームの明かりだ。
近くで地鳴りなども無い。
"奴"が居ない地上へ出ることが出来る。
私は不自由な体に鞭を打って走り、最後の力を振り絞ってホームによじ登った。
ホームに乗り上げた途端、糸の切れた人形のように体から力が抜けてタイルの地面に寝転がった。指先すらまともに動かせない。
体力的にも精神的にも消耗していたし、少し休んだ方がいいかもしれない。
罪悪感はあるが、腹が減ってはなんとやらとも言うし、ここは素直にじっとしてみよう。
芋虫のような匍匐前進で近くの柱にたどり着き、背を凭れさせて足を投げ出す。
額の汗を拭って弾んでいた息を整えると、強ばっていた体が少し楽になった。
俯いていた顔を上げて、当たりを見回してみる。
…ひたすらに、無音だ。
普段は人で溢れかえっている場所だからか、人っ子1人いないというだけで不気味な世界に迷い込んだかのような気分にさせられる。
天井から吊り下げられている白色蛍光灯が切れかかって光が時々弱くなるのも私の精神衛生上、非常によろしくない。なんで前日にホラー映画なんて見ちゃったんだろう。
回復したらこんな所さっさと出ていってやる。
ふと、地面に散乱していた、足跡のついた新聞紙が目に入る。
朝刊の表紙にデカデカと取り上げられている"ミッションシティの惨劇!2年越しに明らかになる真実"という記事の文言と、その場に偶然居合わせた方へのインタビューという欄に載っていたレノックス少佐の顔写真に、思わず内容が気になって手に取ってしまったが、書かれていたことのほとんどが事実無根の嘘っぱちだったのですぐに読むのをやめる。
地球で初めて行われた、オートボットとディセプティコンの戦闘。
その渦中となったのはミッションシティというテキサスのとある街だった。
NEST発足のきっかけにもなった大きな争いだったと、先程輸送機の中で初めて知ったわけだけれど…。
これを書いた記者は、一体どんなふうにしてNESTに情報操作をされたのだろう。
2年前、私が訓練学校時代に救助活動のヘルプとして派遣された時はたしか、大規模なガス爆発が原因なんだと説明されたんだっけ。
思えばあの時には既に、私がトランスフォーマーと関わる運命は決まっていたんだろうか、なんて。
(そんなわけないか)
くだらない思考が出来るくらい体力に余裕が出てきたので、柱に寄りかかりながら踏ん張って立ち上がる。
足の出血も完全に止まっているようだ。
このまま無理をしなければ傷口が開くこともないだろう。
私は踵を返し、歩き出した。
……
「?」
蛍光灯が一段と激しく明滅し、一瞬くらりと目眩がした。フラッシュのせいで気分が悪くなったのかな。
しかし次の瞬間、また同じように…いや、先程よりも激しく蛍光灯が明滅し、捨てられた空き缶が次第に高く跳ね上がる様子を見て、顔から血の気がサッと引いた。
違う、これは私が立ちくらみを起こしたんじゃない!
ホーム自体が揺れてるんだ!
そう理解した途端、今まで歩いていたトンネルの方向から物凄い速さで何かが迫っていることに気づいた。
工事現場で聞くような、大きなドリルが地面を割り進むような稼働音がどんどん近づいてくる。
痛みを無視して走った。
足を止めたら死ぬと思った。
止まったエスカレーターを無視して階段を無我夢中で駆け上がる。
"そいつ"が現れると、それまで立っていたホームは雷が落ちたかのような轟音と衝撃と共に崩れ去った。
コンクリートのホームは粉々に割られレンガの天井も穿たれ、薄暗かった構内に昼下がりの日光が一気に降り注ぐ。
太陽に照らされてそこに立っていたのは、部隊を爆撃した戦車だった。
しかし、奴は既にビークルモードではなかった。
輸送機で見たオートボットたちのように人型の姿に変形していて、その大きな体に乗せられた頭部に埋め込まれた、血のように赤い両目で私をギロリと睨みつけている。
装甲の色と、右腕に変形した長い砲台が私たちを吹き飛ばしたそれだった為すぐに同一人物であることが分かった。
凶悪な赤色に見つかってしまい、背筋を氷が伝うような恐怖に襲われ、全身の震えが大きくなる。
突然すぎて、思わず目を大きく見開いて奴の登場を棒立ちで見てしまっていたが、ハッと我に返ると私はほぼ反射的に走り出していた。
《ヒャハハハハ!!!見ッケ〜!!》
「うっ!」
獲物を見つけた瞬間、高笑いをしながら戦車がこちらに近寄ってきた。
ただ立って歩いているだけなのに、巨大な奴がそうするだけで、私が逃げたあとの道は大きな轟音と共に破壊されていく。
通路の亀裂が私の足元に追い付き、躓きかけたが、なんとか立て直してまた走った。
私が逃げるスピードと亀裂が走って通路が崩れていくスピードには、0.5秒ほどの差しか無いように思う。
一瞬でも足を取られたら死ぬ。
後ろを振り向いたわけではないが、直感でそう感じた。
改札を飛び越えて駅から脱出すると、やっと地上に出ることができた。
つま先を、後衛の支援班があるであろう方向に向けて走り出してしばらく、ふと、ある2つの考えが交差しだした。
死にたくないから一刻も早く支援班に合流したいという本能の叫びと、コイツを連れたまま、後方の支援班に逃げ帰ってもいいのだろうか?という理性の声だ。
前衛に比べて救護や補給に特化した後衛は、オートボットの守りも薄いはずだ。そんな所に、7mもある戦車がやってきたら…。ひとたまりもないだろう。
「〜っああ!もう!!」
《ンンン〜??ドコ行クンダァ〜???待テェェ!!》
短い葛藤の末に大通りの歩道を真っ直ぐ走っていた足を90度方向転換し、頭に叩き込んだ陣形からどんどん離れていく。武器も仲間も何も無い、ビル群の方向へ。
後ろから追いかけてくる戦車が舐めプをして、銃撃せずゆっくり歩いてくるのが唯一の救いだ。
きっと本気を出されていたら今頃、私はバラバラに撃ち殺されていたはずだった。
「あ、ッ!」
足がもつれ私は顔面から派手につんのめって転んだ。前に突き出した手のひらがアスファルトに擦り付けられ、皮膚が剥け血が滲む。
無理をして全速力で走ったせいで足の傷口が開いてしまったのが原因らしい。
まずいと思ったが既に遅く、大地を揺らす地響きは私のすぐ後ろに迫っていた。
金属が緻密に噛み合い、擦れ合う音がする。急いで起き上がろうしたが、左前腕が嫌な音を立てて、地面に再びひれ伏してしまう。咄嗟に手を着いたから、左手がダメになってしまったようだ。
重機が資材を持ち上げるかの如く、緑色の大きな手が私を掴み上げた。
人形を雑に扱う子供の様でもあったが、それよりももっと残酷な存在の顔が目の前に近付いていた。
あ、だめだ、これ死んだ。
全身から汗が吹き出す。呼吸が浅く、速くなる。
奴は私の怯える顔を見て楽しそうな声を上げた。
《ソノ顔!最高ダゼェ!追イ掛ケタ甲斐ガアル!》
「わざわざ私を殺すためだけにここまで来たってことですか」
会話に意味は無い。
ただ自分が死ぬ時間を少しでも引き伸ばせればという思いで、震える唇を落ち着き払ったフリして動かしていた。
《ソウダ!人間ノ男ハ嬲ッテモ面白クナイ。女ガイイ!悲鳴ガ男ヨリ苦シソウダ!》
「趣味も頭も悪いんですね。でも生憎、私はあなたを満足させるような悲鳴はあげませんよ。追い掛け損ですね…ッぐ、」
《生意気ナ女ダ…ダガ、ソレモドコマデ持ツカナ?》
体全体を締めあげられ、両腕と両足の骨がぎりぎり軋む。
中に詰まった内臓が破裂してしまいそうで、肺からじわじわ酸素が無くなっていった。
ああ、私、本当に死ぬんだ。
目が涙で滲んで、口から涎が零れて、真っ白になっていく意識の中そう理解した。
どうせなら、試しに命乞いをしてみてもよかったかな、なんて、仮にも地球を守る部隊の一員にあるまじき邪な考えが頭をよぎったけれど、こいつの攻撃で吹き飛んだ仲間の顔を思い出すと、そんなふうに堕ちなくてよかったと安堵した。
…瞼の裏に家族や友達、訓練学校で毎日ゲロを吐くくらい絞られていたことなどが走馬灯のように浮かんでは消えていく。
何の目標も夢も無い人生だったけど、こんな自分でもそれなりにいい人生を送っていたんだなあ。
最後に思い出す記憶がゲロの記憶なのは頂けないけど…まあそんなところも自分らしいとは思う。最期まで、カッコつかないなあ。
少しずつ意識が薄らいでいく。
死が、確実に近付いていた。
(死にたくないぁ…)
もっと生きてたかった。
生きてるうちに本当にやりたい事を見つけて、それをやり切ってから天寿を全うしたかった。
最後の涙が頬を伝う。
バキバキバキ!!と木をなぎ倒すような音がして、私は世界に別れを告げた。
「ッゲホゴホッ!!っうおぇぇ…」
再び高いところから落下して体が痛んだけど、下にあった車がかろうじてクッション(?)になってくれたお陰で命は助かった。そりゃもう有り得ないほど体は痛いけど。
急激に肺に流れ混んできた空気にむせて、そのまま胃の中で消化途中だった朝食を背後の茂みの中に戻した。
ゲロゲロと吐ききった後、視界のピントをぼやけさせながら目と鼻の先に立つ金属の足を見上げた。
グレーやシルバーの金属パーツや配線が複雑に集まった体を包むワインレッドの装甲。このカラーリングは、つい最近見たことがある。
未だに背を向ける彼が、私を助けてくれたんだと理解した途端、もう大丈夫だという安心感からヘナヘナと力が抜けてへたりこんでしまった。
戦車のディセプティコンを地面になぎ倒したのは、奴と同種の金属生命体。
地上から6mほど上にある顔が牙を剥き出しぐるると唸ると、ディセプティコンの顔が恐怖で歪んだように感じた。思わず私も息を飲む。
《ファング…ビーター……ッ?!》
《気安く呼ぶな雑魚が》
震える声で名前を呼んだ戦車をピシャリと窘めた彼は、これでもオートボットの切り込み隊長で、私たちNESTの一員である。