あとがきと閑話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「わあ…! すごい、一面まっしろだ…!」
《大げさだな。大した広さでもないだろう》
「そりゃ、ファングみたいな体格の人からしたらそうでしょうけど。人間から見たら1ヘクタールはかなりの広さですからね」
《そういうものか》
「そういうものです」
車から降りると、辺りに人気がない事を確認してファングに合図を送る。
ロボットモードに変形したファングは長距離の運転に疲れを感じていたのか、首をゴリゴリと鳴らした後、腕の感覚を確かめるように右手を閉じたり開いたりしていた。
移植した腕と、寝たきりだった体のリハビリ以外は療養のためにビークルモードでいる事が多かったファングが、こうして人型になる所を見るのは久しぶりだ。
最近は退職の取りやめ手続きや、鈍った感覚を元に戻す訓練続きであくせくして、中々二人で話したり、会ったりする時間も作れていなかったからこうして非番の日を二人きりで過ごしていると、尚更懐かしい気持ちになる。
「まだ違和感あります?」
《いや、良く馴染んでいる。ムカつくくらい、元の腕と大差ない》
「仮にも因縁の相手の体の一部ですからね。…でも、腕が直って本当に良かった。ファングの体格に合うドナーって、ファイアレイジ以外いませんでしたから、藁にも縋る思いで爆発した工場に向かって、瓦礫の中から残骸を見つけた時は安心して腰ぬかしちゃいましたもん」
《…まあ、そうだな。もうここまで馴染んだら、さすがにオレも手放す気はない》
「何か違和感とかあったらすぐに言ってくださいね」
《ああ》
青々とした草原にゆっくりと腰を下ろしたファングは、伸ばした足元に広がる花畑を荒らさないように注意を払っていた。
私もそれに倣い、ワンピースの裾を持ち上げて忍び足で花畑の中に飛び込む。
見渡す限り一面に広がるまっしろなシロツメクサの花畑は、風が吹くと一斉にその体をゆらゆらと揺蕩わせるので、まるで白いインクを垂らした広い海原のようにも見えた。
温かい日差し、心地よい風、花と草と土の香り、春鳥の鳴き声。
肺一杯に新鮮な空気を取り込むと、自分も、ゆったりと流れる時間の一部に溶け込んだみたいで、心身ともに癒された。
「こんな素敵なところに連れてきてくれてありがとうございます、ファング。とっても嬉しい!」
《そうか》
「でも、どうして突然花畑なんですか?」
《…別に。どうせ贈り直すなら、前より派手な方がいいだろうと思っただけだ》
「前?」
《こっちの話だ》
「はあ、なるほど?」
含みのある言い方が気になったが、詳しく答えるつもりがなさそうなのでそれ以上は私も詮索せずにおいた。今は純粋に、休日のリラックスタイムを満喫したいという思いもあった。
寝転ぶことが出来そうなスペースを見つけ、体に草が付くのも構わずごろんと寝転がる。
鞄から持って来ていた小説を数冊取り出し、読書に取り掛かると、私たちの間にはしばらく沈黙が下りた。
2冊目の小説を読み終わり、少し休憩しようと起き上がって伸びをする。
(おっ!)
息を大きく吐いた拍子に足元に四つ葉のクローバーが生えている事に気付きなんだか得をした気分になる。今日はこの後、何かいいことがあるかもしれない。
さて、このクローバー、摘んで押し花にしてしまおうか、はたまた童心に帰って指輪の材料にでもしてしまおうかと思案を巡らせて、ふと、いい事を思いついた私はさっそく手を動かし始める。
背後にいるファングをちらりと盗み見ると、彼もリラックスしているのか、空を仰ぐように顔を逸らし、オプティックを閉じて黙りこくっていた。本を読んでいた私を邪魔しないようにしてくれているのかもしれない。
どちらにせよ、これはチャンスだ。
ファングがこちらのすることに気付いてないうちに…。
私はファングに気付かれないように手元を体で隠しながら作業を続けた。
─ ✧ ─
「…グ!……ファング!起きてください!」
《…寝てなどいない。なんだ》
今まで黙って本を読んでいたはずのクインがいつの間にかオレの傍に来て、膝の横側を叩いていた。
クインの呼びかけに応じてオプティックを開き、ぼんやりとする頭を軽く振って覚醒させる。
…長く戦場から離れて眠っていたせいか、クインが近づいている事に気が付けなかった。
呑気で居眠り魔なこいつのことだから、どうせ本に飽きたらそのままうたた寝でもするのだろうと思って油断していたのもあるが、どうやら鍛え方が足りないらしい。オレ様としたことが、ぼーっとするなんて。
これはこいつを家に送り届けた後、訓練し直す必要があるなと、心の中で決めてから、なにやらニヤニヤとしているクインに視線を近づけるために屈む。
瞬間、クインが後ろ手に隠していた何かをオレの頭に乗せてきた。
ふわりと頭に乗せられたそれはよく見えなかったが、クインが手を離した拍子にはらはらと白い花びらが舞うのが見えたので、花で作られた輪っかのような何かを引っかけられたのだと理解した。
《なんだ、これは》
「花冠です。さすがにファングの頭にピッタリなサイズなのは作れませんでしたが…。王様に冠は必須でしょう?」
《冠?これがか?》
「はい。四つ葉のクローバーとシロツメクサで作ったんです。なんだか縁起がよさそうでしょう」
クインに言われ、視界にほんの少しだけ映り込む花冠とやらをなんとか視線を動かして観察してみる。
以前、クインに花束を贈るためにこの花を摘むのに非常にイライラしたことを思い出すとなんだか複雑な心境にはなったが、目の前で満足そうにニコニコしているクインの前でそれを態度に出すのは何となく嫌だったので、オレはただ黙って花冠をまじまじと見つめていた。
「久々に作ったからちょっと不格好かもしれないんですが、これは私からの感謝の証です。 私はあなたに出会えたことで変わりました。いい方向にね。
…あなたが私を国民に選んでくれたから、変われるって気付けたんです。ファング、あなたは私が出会った人の中で1番すごい人です。きっと王様になる夢もすぐに叶えられます。
だから本物の王冠を手に入れられるその日までは、この花冠があなたが王様であることの証明です」
《…1番なのか》
「はい」
《…そうか》
自分の力を認めさせ絶対的な権力を得るには、周りを蹴落としてでものし上がる事でしか方法はないと思っていた。そうしなければ理想郷を創り上げることなど夢のまた夢だと。
しかし、そんなに難しいことではなかったのかもしれない。
他人に実力を認められ賛辞を贈られようが、プライムのような権力を手に入れようが、きっと今のように心が満たされることは無いはずだからだ。
オレにとっての理想郷は、もうすでにここにあるらしい。
緩みそうになった口角を慌てて引き締める。
こんな感情を抱いているとクインに悟られるなんてことがあったら、オレ様のプライドは丸潰れだ。
慌てて顔を逸らし、腕を組むと、オレは不敵に笑ってみせた。
《つまり、貴様は今、オレ様側について人間に反旗を翻す事を宣言したと。そういうことだな》
「は、え? ど、どうしてそんな解釈になるんですっ?!」
《出会った時に言ったろう。オレ様は将来この星を支配した後、国の偉い人間を人質に脅しをかけ、オレ様の土地を用意させるつもりだと! そして貴様はさっき、オレ様にはそれが必ず叶えられると太鼓判を押したではないか!!》
「いやいや!そんなつもりで言ったわけではないです!!私はただ、ファングのことがっ…!…あ、」
《? オレ様がなんだ》
顔の前で手をぶんぶんと動かして喚いたかと思えば、急に黙り込んで顔を赤くし出して、何なんだ一体。
オレは首を捻ったが、クインのその不可解な様子にとあることを思い出し、ずっと疑問に思っていたことを投げかけた。
《そういえば貴様、ファイアレイジに処刑されそうになった時、何か言っていたが、あれはなんて言おうとしていたんだ》
「エ"ッ"?!!そ、そんなこといったかなぁ~?? アハ、アハハ…」
《言っていたぞ。"私は、あなたを~"とか何とか。その後が良く聞こえなかったんだが、あれは何だったんだ》
「…」ダッ!!
《おい、なぜ逃げだす!?…もしや悪口を言っていたのか?!!貴様!愚民の分際で!!覚悟しろ!!》
「ヒィエエ!!なんでそうなるんですかああ!!」
車のタイヤの跡が残っていないところ以外、草が生えた、舗装されていない道路に飛び出したクインを追うためにビークルモードに戻り走り出す。
無論、先ほどの花冠は壊れてしまわぬように、大事に後部座席にしまっておいた。
*_*_*_*_*_*_*_*_*_*
閑話:愛を込めて
2/2ページ