4.キミと僕だけの絶対王政
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格納庫へ戻ると涼し気な春風が頬を掠め、鼻孔を花の香りがほんのりとくすぐり心が和んだ。
開け放たれた窓から、外の空気が流れ込んだようだ。春先になって最近温かくなり始めたとはいえ、この時間帯はまだ少し肌寒さが残る。
トレンチコートの襟を立てて首を守ると多少寒さはマシになったが、手袋もつけていない無防備な指先は白くなり
オートボットはみんなパトロールに行ったのか、格納庫内は普段の活気が嘘のように静まり返っていて、NEST隊員の姿も見えず、私はしばし一人の空間を独占していた。
格納されているヘリや車の横を通り抜け、キャットウォークを上り、開いた窓に近寄るとより一層外気の温度を体感する。
見下ろす街は平和そのもので、当たり前のように人々が生活を営み、車や飛行機が出す雑音で溢れかえっていた。
(きれい…)
外はすっかり夕方だ。
ビル群に所々遮られてはいるものの、沈みかかっている夕日の燃え上がるようなオレンジ色は鮮烈で美しい。
東の空には薄らと春の星座が輝きだし、もうそろそろ夜がやってくることを告げている。
格納庫で夕焼けを見ると、ディエゴガルシア島で過ごした、とある日のことを思い出す。
いつものように、私がお気に入りのベンチで居眠りをして余暇を過ごしていたら、ファングが夕焼けから私を庇ってくれた日のことだ。
あの日はなんとなく目を開けることが出来なくて、狸寝入りをしてやり過ごしたけれど、それまで雑に扱われてきた分、ファングが私に心を開き始めてくれているのがわかってすごく嬉しかったなあ。
結局、彼の核心に触れることも、より深く心を通わすことも叶わなかったけれど…。にやける顔をかみ殺すのにどれ程大変な思いをしたことか。
(もうあの日々は戻ってこない。だから、前に進まなきゃ)
先日、レノックス大佐に辞表を提出した。
淡い期待を抱いてここに居続けても、胸に開いた穴が大きくなるだけだから。
大佐にもみんなにも引き留められたし、心変わりしたらいつでも戻ってきてもいいと言われて…私は本当にいい職場と仲間に恵まれたと思う。
(ここにいられるのも、今日が最後か)
今日は最後の出勤日で、あいさつ回りも兼ねてファングの顔を見に来たけれど、やっぱり最後まで彼が目覚めることはなかった。
軍人を辞めて、ぜんぶ、ぜんぶ忘れてしまえば、ファングと出会う前の私に戻れるはずだ。
完全に戻れなかったとしても、毎夜彼と語らう夢を見ては枕を濡らす夜を過ごすことはきっと無くなる。
そうに違いない。そうでなくては、困る。
(…あの夕日が完全に沈み切ったら、ここを去ろう)
だからそれまでは、NESTで過ごした日々を、ファングとの記憶を、彼への想いを巡らせて涙する事を許してほしいと、誰に言うでもなく心の中で祈り、頭に乗ったキャップ帽を目深に被り直し、静かに泣いた。
やがて、夕日が沈み、世界に完全な夜が訪れる。
私は乱雑に顔を拭うと、家に帰る為に踵を返した。
瞬間、目の前に広がる鮮やかな赤に目を奪われた。
なぜ、どうしてと問うよりも先に、彼は私の頭からキャップを奪うと、尖った銀色の指先で労わるようにそっと私の頬に触れた。
見晴らしの良くなった視界に、私の視線に、彼の視線が真正面から交差する。
心臓がドクドクとうるさいくらい高鳴っている。
まるで世界に二人だけになったみたいに、周囲の物音が何も聞こえなくなっていた。
《ブサイクな顔だな。王が帰還したのに、挨拶も無しか?》
ずっと聞きたいと思っていた声。見たいと思っていた、自信たっぷりなしてやったり顔。
状況を理解した途端、私の目尻からはまた涙が溢れて止まらなくなった。
そして私は笑って言い返した。
「おかえりなさい。私の王様」
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キミと僕だけの絶対王政