4.キミと僕だけの絶対王政
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厳重なセキュリティを通過すると、ディエゴガルシア島の基地とはずいぶん様変わりした格納庫が私を出迎えた。思わず小さくため息を漏らす。
さすがに勝手もわかって建物の造りにも慣れてはきたけれど、沢山の思い出をあの島に置いてきたせいか、たまにこうして昔の景色を重ねて見てしまう事がある。
ディセプティコンにNEST基地の位置が割れて、ここワシントンに拠点を移してもう1年も経つのだから、いい加減気持ちを切り替えないといけないのに。
ファングを失ってしまったあの日から、私の胸は常にぽっかりと穴が開いたようで、虚しい。
すれ違うオートボットや他の隊員に挨拶しながら、地下に続く通路を歩く。
首から下げたセキュリティカードをタッチパネルにかざすと、認証が正しく行われ、分厚い大きな自動扉がゆっくりと開いた。
沢山のケーブルや生命維持装置に繋がれ、大きな手術台の上に横たわった彼は、1年前から変わらず眠ったままだ。
「こんにちは!ファング。今日もぐっすりですね」
彼の傍に行くと、私はいつも通り彼の聴覚回路に向けて声を掛けた。
ラチェットの献身的な治療で何とか一命を取り留めたものの、原因不明の昏睡状態に陥ってしまったファングは、一度死んでしまったオプティマスを蘇らせたマトリクスのパワーを持ってしても元の状態にすることはできず、体は健康なのに魂が抜けた、いわゆる植物状態になってしまっている。
人間の症例が当てはまるかわからないけれど、前にドキュメンタリー番組で植物状態の患者が家族に呼びかけられ続けた結果目を覚ましたという話を見て、それ以降私はこうして何気ない事や、その日にあった出来事をファングに聞かせるようになった。
呼びかけに反応して指が動くといったドラマや映画のワンシーンのように、そう都合よく事は運ばなかったけれど、何もせずにただ訓練や仕事に明け暮れるよりは気が紛れた。
「…また、あなたの声が聴きたいです。あの頃のあなたに、会いたい」
ファングの指に触れ、呟くと、だたっぴろい空間に私の声が響く。応えてくれる人は誰もいない。
ただ無情にも、ファングのバイタルを示す心電図や生命維持装置の稼働音がするだけだ。
枯れたはずの涙がまたせりあがって来て、私は治療室を後にした。
─ ✧ ─
どれ程の時間をこの岩陰の下で過ごしたろう。
プライムが去った後、再び歩き出す気にもならず、彼が言った"客人"とやらをぼうっと待ち続けてみたが、結局ここには誰も来なかった。
暇つぶしに地面に思いつく限り適当に線を描いてみたりもしたのだが、それすらもとうに飽きてしまった。
もうここに自分の居場所はないのだ。
脚のだるさも消えたし、また果てない道を歩こうと決めた時だった。
自分の手を、見知ぬ女が引き留めたのは。
女は、人間版プライムといった感じで、取るに足らない話を聞かせた。
こちらが地面に質問や疑問を書いてみても、見えてないのか、女は一方的に話し続けていた。
別に、こんな奴放ってさっさと歩きだしても良かったのだが、女と話しているとぼんやりしていた頭がなぜかスッキリとして、曖昧だった意識が輪郭を帯びていくような感覚を覚えたので、その場に留まって話を聞いていた。
「でね、その時猫ちゃんがね、撫でてたら急に怒って引っ搔いてきたんですよ。ほら、手にこんな大きな傷ができちゃって。なんかその様子が、なんとなくあなたにソックリだななんて思ったり。…あ、もう行かなきゃ。また来ますね」
女はある程度話すと、決まって別れの挨拶をしてから消えた。
本当に一瞬で、瞬きをする間にぱっと消えては、突然ぱっと現れるのだ。
プライムといい、女といい、本当に勝手な消え方をする。
しかし、そうして女と過ごすうちに、いつしか自分は歩き出すこと忘れ、女がここへやって来るのを心待ちにするようになっていた。
ただ一方的に話を聞かされている時間が心地よく、女といると、自分の欠けた部分が温かい液体で満たされていくような心地になった。
そしてある日、気づいた。
自分は以前からこの女のことを知っていて、今のような関係で、似たような経験をしていたことに。
女がここへ来る前に地面に書いて、消えずに残っていた意味のない線の落書き。
無意識でそこに描いたはずの線が、立ち上がって見下ろすとあの女の笑顔を形作っていたことが何よりの証明だった。
「…また、あなたの声が聴きたいです。あの頃のあなたに、会いたい」
──会いたい。
ただひたすらに、会いたい。
泣き出しそうな女の呟きに呼応するように、自分の体の中心から熱い感情が沸き上がる。あまりの熱に、喉が焼き切れてしまいそうなほど切なかった。
《クイン》
固く封をされていたビンから栓が抜けたように、自分の喉からするりと女の名前が飛び出た。
クインの名前を口にした途端、頭の中で霧散していた記憶が次々と紐づいていき、オレは自分が自分を取り戻すのを実感する。
全て思い出した。
オレは死んで、生まれ変わろうとしていた。
ここはオールスパークに還る為の通り道。そしてプライムは、トランスフォーマーの祖先であり、この場所を守る存在だったのだ。
《クイン、お前に会いたい。お前の笑顔が、また見たい》
はらはらと泣き続けているクインの涙を拭おうと、頬に触れた途端、辺り一面が目を開けていられないほど真っ白になり出した。サムがいなくなった時と同じだ。
堪らず目を閉じると、襟首を掴まれて力強く、ぐんと引き寄せられる感覚がした。
目を覚ますと、オレは知らない天井を見上げていた。