3.太陽着る王の帝王学
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《クソッ!クソッ!!ドウナッテルンダ?!コンナハズデハ…!アア、スタースクリーム様ッ!!》
《ファイアレイジィィイイ!!!》
《シマッ、……!》
一人、また一人と手下が減っていく戦況に見るからに狼狽した様子で逃走の準備をしていたファイアレイジに、ファングの拳が中枢部目掛けて繰り出される。
弱点であるスパークを的確に狙った攻撃は、相手の装甲が薄ければ通用していただろう。
しかし、寸でのところで反応したファイアレイジの強固な体躯と、ディフェンスに回された前腕の鉄壁のような守りのせいで、ファングの渾身の一撃の威力は半減する結果となってしまった。
それでも、ファングの元のパワーが強い分、今の反撃は無駄打ちにはならなかった。
不意を突いた甲斐もあって、万全な体勢でファングの攻撃をいなすことが出来なかったファイアレイジは後ろによろけ、次の攻撃を躱す準備ができなくなっていた。
人質というハンデを失ったファングの猛烈な反撃が開始される。
先程のお返しと言わんばかりに顔や中枢部、ガードしている両腕を殴る蹴るファングの攻撃が徐々に効いてきて、重厚なファイアレイジの装甲がみるみる剥がれ落ちて、体を構成する太いケーブルやスパークが露出していく。
すごい。瞬き1回で5連撃はしているんじゃないだろうか?
よく注視しないと目で追うのが難しいほど早すぎるラッシュについて行くのがやっとで、痛覚回路を切断する余裕すらないのか、攻撃されている間中ファイアレイジの表情は険しく歪められていた。
しかしそれは、片腕の自由がきかないファングも同様だった。
(あっ……!)
ファングのもうひとつの腕が潰れるのが先か、ファイアレイジのガードが敗れるのが先かの切迫した戦いに転換の兆しが見えはじめた。
ファングが高く蹴り上げた足が、軌道を読み間違えてガードを緩めてしまったファイアレイジの両腕をすり抜け、顎に直撃したのである。
尖ったつま先が突き刺さった下顎はバラバラに砕け、千切れたケーブルからはオイルや燃料が撒き散らされる。
苦悶のうめき声を上げながら仰向けに倒れ、脳震盪でも起こしているのか、立ち上がれなくなったファイアレイジに、追い打ちをかけるようにファングが腕ひしぎ十字固めを決める。
右肩をファングの両腿に挟まれ、肘の裏をがっちりホールドされて引っ張られているファイアレイジの体からは鈍い金属音がして、黄色い火花が散った。
でも、ファイアレイジも黙ってやられるほど単純な相手ではない。
ファイアレイジは両足をジタバタと暴れさせると、固め技に専念していたファングの足に自身の足を引っかけ、そのままクラッチを組んだ両手で踏ん張りファングごとひっくり返って起き上がった。
地面に転がされたファングにテキサス・クローバー・ホールドで追い打ちを掛け、ファングのダウンを狙うが、すかさずファングも反撃に出て両者の間ではしばらく高度な技の取り合いが繰り広げられた。
そうして数十分、いや、きっと実際には数分しか経っていないのだろう、とにかく一騎打ちが始まってそれなりの時間が経過し、両者ともに摩耗し始めた頃、ファングはバックステップでファイアレイジと距離を取り、私が隠れている地点の近くで拳を構えた。
技の取り合いから、殴り合いの戦闘スタイルにシフトしたらしい。
でも、それで良かったんだろうか?
お互い同等なくらい体力を消耗しているとはいえ、ファイアレイジの方が持久力も耐久力も上だ。
片腕しか使えないファングにとって、固め技対決よりも消耗が激しく、大きなダメージを負う可能性もある殴り合いはリスクが高すぎるんじゃないだろうか。
《ココニ来テソレカ…余程自分ノ実力ヲ過大評価シテルラシイ。ソノ思イ上ガリ、叩キ潰シテヤル》
《そういうお前はべらべらと、本当に口数が多いな。そういうの、人間の言葉でなんていうか知っているか?…"弱い犬ほどよく吠える"って言うらしいぞ》
《……殺ス》
静かに激昂したファイアレイジのピリついた雰囲気が肌を突き刺す。
嵐の前の静けさと言わんばかりに、数秒だけ工場内の音が静まり返った。
先手を取ったのはファングだった。
素早く駆けだしたファングはその勢いのまま飛び上がると、握った拳でファイアレイジの上段から殴りかかった。至近距離で睨み合う二人の間にまた火花が散る。
最後の戦いの幕が切って落とされた。
ファイアレイジに攻撃をいなされ、払いのけられたファングはバク宙しながら軽やかに着地すると、間髪入れずにまた駆けだした。
工場内の全機械の燃料の供給源と思しき巨大な重油タンクや、それを管理するためのキャットウォークに囲まれた、開けた場所の中心で、どっしりと構え動く気配のないファイアレイジに、ファングは別角度から何度も何度も攻撃を繰り返した。
片腕だけでバランスを取りずらいだろうに、ファングの動きには全く無駄がなく、万全な状態での戦闘とほぼ同レベルの動きをみせていた。
不自由な体で、不利な状況でファングは善戦していた。
けれどファイアレイジを倒すには、気力だけでは不十分だった。
《ぐぁッ…!》
突進したファングが僅かにフラついた隙をつき、ファイアレイジのカウンター攻撃がファングの脇腹に直撃した。
装甲が砕ける亀裂音をさせてファングが呻く。いやらしくニタリと笑ったファイアレイジは、続けてファングにタックルをし、満身創痍のファングを地面に転がした。
そして数分前と同じようにまたファングは痛めつけられた。ファイアレイジの嘲笑が耳を劈いて、苦しい。
どんなにファングが殴られようが、痛めつけられようが、私は歯をくいしばって、見つからないようにとひたすらに息を殺して耐えていた。今私が飛び出したところで、できることなんて何一つない。悔しくて目尻に涙が浮かんだ。
ほとんど虫の息になってしまったファングに、肩で排気するファイアレイジが勝ち誇った顔で笑い声をあげた。
《フフフ……アハハハハ!!!サッキマデノ威勢ハドウヤラ、"負ケ犬ノ遠吠エ"ッテ奴ダッタヨウダナ…!オ前ノ負ケダ、ファング・ビーター…今度コソ、ソノ息ノ根止メテヤル!!》
武器の銃口がファングの眼前につきつけられ、全身から血の気が引いて脂汗が吹き出した。
《……フッ》
緊張で汗まみれになってしまった手のひらを握りしめていると、ふいにファングの不敵な笑い声が空気を震わせた。
面食らったファイアレイジが苦虫を嚙み潰したような顔になる。
それでも構わず、ファングは見たこともないような楽しそうな様子でケラケラと笑い転げていた。
《クク……フハハハ!》
《…何ダ、遂ニ頭ノ回路ガイカレチマッタノカ?》
そう思われても仕方がないほどひとしきり笑ったファングは、未だにヒイヒイと声を漏らしながら膝を立てていた。
そして、気がおかしくなった割には据わった目付きでファイアレイジを見上げていた。
《いや……余りにもお前が単純すぎて可笑しくてな……。まさか、こんなにうまくいくとは思わなかった》
《……ナンダト?》
《お前なら……人間を見下して、他愛もないと踏んでいるお前なら、オレ
《御託ハイイッ!!何ガ言イタイ!?》
袋叩きにされて朦朧とする意識の中で無意識に口をついて出てしまったのか、それともなにか別の意図があるのか……いや、きっと後者だ。こんなふうにひとつひとつ噛み締めるように絞り出される言葉に意味が無いはずがない。
カシャリと、カメラアイを閉じる金属音がした。
金属のまぶたで遮られているファングのオプティックには、一体どんな光景が映し出されているのだろう? 私たちが出会った当初の彼自身の姿なのだろうか。
だとしたら、次にファングが言い放った、確固たる意志に満ち溢れた言葉はきっと、過去の自分との決別を意味しているのだろう。
自分を認めない周囲の存在は要らないものなのだと跳ねつけて、孤立を選び続けていた過去への。
《……貴様は選択を誤った。だから今日、ここでもう一度倒される。断言しよう。人間という存在を軽んじ、仲間すら見捨ててひとりで逃げ出すようなお前には、オレ
《何ヲ言ッテ……》
《今だクイン!!飛べ!!!》
「ッ!」
合図と同時に、私は地面を蹴り上げて宙に飛んでいた。
そして次の瞬間には、立ち上がったファングを、地面に跪いたファイアレイジが見上げていた。
手酷い傷を負ってボロボロでも、片腕が動かなくたって、言い切って二本足でしっかりと立っているファングの姿は誰よりも気高く、言葉を忘れてしまうくらいに眩しかった。
《ギャァアアアアァアア!!!!!!》
ファイアレイジの断末魔が響き渡った。
ファングが注意を引いて、所定のポイントまでおびき寄せてくれたファイアレイジに、キャットウォークのタンクの陰に隠れていた私がファングの肩を足場にして飛び移り、奴の顔面に嵌め込まれたオプティックに向かってハンドガンの弾を撃ち込んだからだ。
ファングに作戦を伝えられた時、一緒にファイアレイジの装甲の薄い部分について説明を受けていたけれど、本当にこんな、いとも容易く攻撃が叩き込めるとは思っていなかった。それだけ、本当に私はこいつに下等生物扱いをされていたんだ。
いい気分ではないけれど今回に関してはちょうど良かった。
ファイアレイジが傲慢でなく、もっと用心深い性格であればきっと、こんな単純な陽動作戦もすぐに見抜かれていただろうから。
片目が潰れた激痛に膝を着いたファイアレイジから完全に光を奪うため、逆のオプティックが付いた顔の方へ肩を伝って行こうとしたが、暴れるファイアレイジに振り払われてしまい、あえなく私の体は空中に投げ出される。
重力に引かれるより先に、ハンドガンを取り落とした手でキャットウォークの赤く錆びついた鉄柵にしがみつく。
下を見ると破壊されて柱から剥き出しになった鉄筋が、尖った切っ先をこちらに向けて待ち構えていたのでゾッとした。今ここで手を放してしまったら串刺しのバーベキューみたいになってしまうだろう。
限界を迎えつつある体にムチを打ってよじ登り、地面にへたり込む。水をぐっしょりと含んだ服みたいに、全身が重くて動かせない。見下ろす両手の指先はまだ震えていた。
私、やったんだ。
あのファイアレイジに一矢報いてやったんだ。
ただの人間の体で、この手で。ファングとふたりで。
《コノ小娘ガァァァァァァァァア!!!!!!》
片目を押さえていたファイアレイジは状況がのみ込めていなかったらしい。
一呼吸ほど開けてから、自分の右目を破壊した相手が誰か気づくと、脇目もふらずに私の方へ走ってきた。
《アガッ?!!》
しかし、広くなった死角に回り込んだファングに回し蹴りをお見舞いされ、今度はファイアレイジが地面に転がされる番になった。
ファングは仰向けになってオイルを吐き出すファイアレイジの中枢部を片足で踏みつけ動けなくすると、赤い光が漏れる胸の中心部へと銃口を押し付けた。ファイアレイジは打つ手なしとわかると、ぎりりと歯ぎしりをして低い声で唸った。
《後少シ……後少シ、ダッタノニ……ッ!ソノ人間サエイナケレバ、俺ハ、オ前ニ勝テテイテノニ……!!》
《……ああ、そうだな。所詮オレは、全部投げ出して、逃げ出した臆病者だからな。1人だったらきっと、今頃お前に殺されていただろう》
《クソクソクソッ!!!次ハキット上手クヤッテミセル!!スタースクリーム様ニ頼ンデ、マタアノ欠片デ蘇ラセテ貰ッテ、ソウシタラ小娘諸共、オ前ヲ殺シテヤル!!!フハハハハ!!一生オ前達ヲ追イ回シテヤルカラナ!!!精々心ノ休マラナイ毎日ヲ送ルトイイ!!!》
《……そういえばお前、どうして中枢部がそんなに赤いんだ? 本来オレたちのスパークは、エネルゴンの青い光を宿しているはずだろう》
《ハ……?》
いっそ狂ったみたいだったファイアレイジの笑い声が、ファングが放った一言でピタリと止んだ。
でも、言われてみれば確かにそうだ。
彼ら金属生命体の心臓に当たるスパークには、ディセプティコンもオートボットも関係なく、エネルゴン特有の眩い青い光を宿しているはずなのに。
《まさか、》
慌てた様子のファングがファイアレイジから足を退け、全速力で走り出すと同時に、何やら彼の背後から甲高いブザーのような音がして、瞬間、私たちのいるこの場所は猛烈な爆風と熱気に包まれた。
(爆発……?!)
間一髪、爆発に気付いたファングがビークルモードになって私を拾ってくれていなければ本格的にバーベキューにされていた所だった。
余裕が無いのか、荒っぽい運転で揺れる助手席から身を乗り出し、リアウィンドウから爆心地を確認する。
重油タンクから漏れる燃料にまで引火して大炎上する工場の中、破裂して大穴の空いた中枢部を驚いた表情で見つめながら、喚く事も泣く事も許されず、オプティックから少しづつ光を失っていくファイアレイジの姿が網膜に焼き付いた。
ファイアレイジの口元が小さく《何故……スタースクリーム様》と彼のボスの名を呼ぶように動いたのを見て、敵とはいえ胸が痛くなった。