3.太陽着る王の帝王学
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冷たいコンクリの地面に、高温の熱で撃ち抜かれた死体が転がった。
あまりの衝撃で頭が吹き飛び、首なしとなったそれは即死だったようで、悲鳴を上げる間もなく死を迎えたようだ。
ファングを押さえつけているファイアレイジが唖然とした表情でそれを見ていた。
きっと私も、似たような表情をしていたに違いない。
《助けに来たぞ》
銃口から白い煙を立ち上らせるオプティマスの声に、長いため息のような排気を漏らしたファングだけが唯一、この状況を理解しているようだった。
仲間が倒れた轟音で出口の見張りに散らばっていたディセプティコンが集まってきた。彼らが武器を構えるよりも先にオプティマスが叫ぶ。
《突撃ッ!!!》
先陣を切ったオプティマスを筆頭に、見慣れたオートボットの顔ぶれたちが次々と工場内に突入し、ディセプティコンに立ち向かって行く。
ある者はボディに傷を付けないよう注意しながら敵を制圧し、ある者は仲間のフォローをしながら滑走し、ある者は自慢のキャノン砲で敵を蹴散らしている。
ひとりで何もできずに死んでいくはずだったこの場所には、ファングがいて、そしてみんながいた。
一方的に蹂躙されるだけだった状況から一変、あっという間に工場内の戦況はひっくり返った。
敵も味方も入り乱れ混戦した状況で敵を次々となぎ倒していたオプティマスは手近にいたディセプティコンをエナジーソードで破壊すると、ファイアレイジを銃撃しながらこちらに走ってきた。
オプティマスの猛攻に怯んだファイアレイジは舌打ちをすると戦車にトランスフォームして工場の奥の方に逃げていってしまった。手負いとはいえファングとオプティマスの2対1では分が悪いと判断したんだろう。
《立てるか》
《なんだ、その手は》
《1人では立てないのではないかと思ったんだが……》
ファイアレイジから解放され、上体を起こしていたファングに、オプティマスが右手を差し出す。
ファングはその手とオプティマスの顔を交互に見比べると、怪訝そうに顔を歪め、今度は薄ら笑いを浮かべて鼻を鳴らした。
《ふん、余計なお世話だ。大体オレは、お前らに助けに来いと頼んだ覚えはない。バンブルビーから聞かなかったのか? オレは"構うな"と言ったはずだ。お前らが追いかけてきたせいで、情けなく這いつくばらされていた所をバンブルビーに見られただろうが。よりもよって、なんで
《バンブルビーが優秀な偵察員だからだ。どこぞの誰かに手塩をかけて育てられた、な。彼が窓からお前たちの状況を報告してくれから、私たちはこうしてディセプティコンの隙を突くことができたのだ》
《ケッ!気に入らねえなァ》
ひとしきり文句を並べ立てた後、ファングはオプティマスの手を軽く払いのけた。金属の手同士がぶつかって、高い音を奏でる。
手を弾き飛ばされることを予想していたのか、落胆すらしていないオプティマスに、徐にファングが口を引き結んだまま自分から左手を伸ばす。
《……何してる。左手だ、貸せ。右腕はもう動かせないんだよ》
《! ……ああ。ああ、すまなかった》
オプティマスはファングの左手をしかと握りしめると、ぐっと引き寄せて彼の体を助け起こした。
立ち上がった後も数秒間だけ握手したままだった二人を見て、私の胸中は熱いものがこみ上げていた。心なしか、ファングの口角が少しだけ上がっているような気がする。
《! 退けオプティマス!》
突然荒々しく叫んで、ファングがオプティマスを引っ張った。よろけて体制を崩した彼はファングの背後に回る。
オプティマスを闇討ちしようとしていたディセプティコンを、ファングが殴り飛ばしたのを皮切りに、2人の周囲を有象無象が取り囲んだ。
四面楚歌状態に陥った2人は、ごく自然な流れで背中合わせになり、武器を構えた警戒態勢のまま今にもとびかかってきそうなディセプティコンたちをぐるりと見回した。
《どのくらい動ける》
《はっ、舐めるな。どこまででもやってやるよ》
《…そうか》
少人数で不利であるはずなのに全く負ける気配を感じさせない彼らの闘志に、圧されているのはそれを取り囲む、本来ならば優勢であるはずの面々だった。
彼らは2人の実力を理解しているらしく、一筋縄ではいかないオプティマスとファング相手にどう戦いに出るか様子を伺っている。両者の間には緊迫した静寂が流れていた。
《ファング、お前はクインを連れてファイアレイジを追いかけろ》
一歩間違えれば吹きこぼれてしまう、鍋の中の熱湯のような熱気に満たされた空間に、オプティマスの冷静な温度感の言葉が差し水のように溶け込んで空気を変えた。
《は?お前はどうするんだ。それに、あいつを守るってんならお前の方が適任だろう》
《心配するな。さっきは後れを取ったが、こんな連中に簡単に倒されるほど、私はヤワではない。それに、彼女はもう守られるだけの新米隊員ではない。お前を守るためにその命すら賭けた、誇り高き一人の兵士であり、お前のパートナーだ。そうだろう?》
《……》
戸惑いと迷いの入り混じったファングのカメラアイがゆったりとした仕草で私の方に向けられる。
ファングの気持ちはわかる。
だって私は彼らと違って、強力な武器も頑丈な装甲も持ってない、ちっぽけな人間だ。ファングをおびき出すための餌として簡単に攫われてしまったし、オートボットがいなければ今頃成す術もなくやられていたに違いない、弱い一人の地球人。
同じ星で生まれた同じ生命体であれば……私に柔らかい皮膚ではなく頑丈な体や戦闘能力があれば、彼が私を庇って傷つくことはなかった。どうして私には、ファングのような鉄の体や、大きな手や、強い武器がないのか。今回の一件は、私にそれをひどく痛感させた。
…それでも、この星で人間として生まれ、私としての人生を歩んできたからこそ、私はこうして今、彼の相棒としてここにいて、彼の役に立ちたいという『夢』に心を滾らせることが出来ているんだ。大切な人の為に命を賭けられた自分を、誇らしく思えているんだ。
私は泣きそうになるのを唇を噛んで堪えると、乱れた髪を乱雑にかき上げて隊服の裾をびりびりと破った。
ぼろきれのみすぼらしい端切れを包帯代わりにして腕の応急処置をすると、恐らくここへ来た時に取り上げられ、捨てられていたハンドガンを拾って立ち上がった。
「行きましょう、ファング。あなたが誰よりも強いってことを証明しに」
《……いいな、その目が見たかった》
にんまりと笑ったファングにもう躊躇いはなかった。
《オプティマス、オレは別にお前の心配なんぞしてない。……ただ、これだけは言っとく。お前のプライムの称号と、トップの座を奪い取るのはこのオレ様だ!オレ様がお前を倒すその日まで、勝手にくたばるのだけは許さん!》
《望むところだ》
ファングが私に向かって走り出す。それを見たディセプティコンたちは慌ててファングの動きを止めようと一斉に襲い掛かった。何としてでも、ファイアレイジの元には行かせたくないらしい。
ひとつの塊みたいになって行く手を遮ろうとする彼らだったが、切り込み隊長に挑むにしてはやり方があまりにもお粗末すぎた。
大勢のディセプティコンを薙ぎ払い、投げ飛ばし、殴り抜け、モーセの海割りみたいに一直線にファングが道を切り拓く。
敵が集まれば集まるほど、切り込み隊長としての力を発揮していく彼の姿はまるで自在に海中を泳ぎまわる一頭のシャチのようだった。
ファングの死角から襲い掛かる敵はオプティマスが対応し、完璧な連携をみせた彼らはついに私の所まであと少しという所までたどり着く。私もファングを目指して走り出し、合流しようとした時だ。
ヤケを起こした敵による、苦し紛れの飛び掛かり攻撃で再び行く手を塞がれてしまう。
《下がれ!!》
思わず足を止めると、ファングの一声が耳を劈いた。
踵を返して距離を取った直後、激しくがなるエンジン音と共に、真っ赤な車体のコルベットがディセプティコンを跳ね飛ばしながら飛び出してきた。
ビークルモードで空中に飛び上がったファングは重力に引かれて落下しながらロボットモードに変形し、私を手の中に収めると再びコルベット姿に戻ってエンジンキーを回した。
『いいか、これからオレ様がいう作戦をひとつ残らず頭に叩きこめ。今からお前はオレの"右腕"だ』
「はい!」
『まず……』
「!」
スピーカーから聞かされた作戦内容に驚いた私は、思わず言葉を失った。そんなことが自分に出来るのかと不安になり、身がすくむ。
『…今ならまだ引き返せるぞ』
「……いえ、大丈夫です。だって私は、ファングのバディですから」
『…そうか』
でも今は、自分を信じられない自分の心に身を任せるよりも、私を信じて思いを託してくれたファングに応えたくて、ひたむきに前を向いた。
ディセプティコンの群衆と距離が離れ、私たちの間には束の間の静寂が訪れる。
自分の心音が伝わってしまいそうな程の沈黙を破ったのは私だった。
「ひとつだけ、お願いしたいことがあります」
『何だ』
無駄のない運転で目的地に一直線に走るファングのハンドルを、いつかの日のようにそっと撫ぜる。
「あなたの夢が叶う瞬間…絶対、私にみせるって約束してください」
『……』
最初はいやいや傍にいたけど、いつからか、私の人生に意味と希望を与えてくれたファングの隣にいる時間は私にとって特別なものになっていた。
私はこれからもずっと、ファングと一緒にいたい。もっとファングのことを知りたいし、私のことも知って欲しい。
そして、ファングが夢を叶えて笑っているところを、誰よりも近くで見ていたい。
だから、私たちは絶対に2人で生きて帰るんだ。
『……ああ、約束だ』