3.太陽着る王の帝王学
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一瞬何が起こったかわからなかった。
私に手を伸ばしていたファイアレイジが急に視界から消えた。
アドレナリンのせいでいよいよ脳が誤作動を起こすようになったのかと自分に失笑する。
けど、遅れて体を襲った地鳴りと風圧を一身に受けてやっと理解した。
ファイアレイジは消えたのではなく、何かを投げつけられて吹き飛ばされたのだと。
激しい破壊音をたて、工場内の機器やコンテナを巻き込んで奥の方まで飛んだファイアレイジと、ファイアレイジに向かって突っ込んできた、出口の警備に当たっていたディセプティコンが着弾した方を唖然としながら見やった。トランスフォーマーが飛んできた……しかも、ディセプティコンがディセプティコンの邪魔をするなんて。一体どうして……?
《オレ様の所有物に手を出そうなんざ、いい度胸してるじゃねえか》
辺りに立ち込める砂埃や、壊れた計器類から漏れた白い煙幕で何も見えない。けどその声は確かに、ディセプティコンが飛んできた方向から聞こえてきた。
夢の中で私を助けようとしてくれた、私の願望が見せた幻ではない、ずっと聞きたかった、本物の彼の声。
それを聞いた途端、全身が震えだして体の底から熱いものが込み上げて視界が潤んだ。
「ファング…ビーター……ッ!」
《そう呼ぶなと言ったろう》
煙の中に浮かび上がった黒い大きな影が少しづつ近づいてきて、彼は煙を切り裂いてそこに立っていた。
グレーやシルバーの金属パーツや配線が複雑に集まった体を包むワインレッドの装甲。
地上から6mほど上にある顔にはサーベルタイガーのような大きな牙が一対、剥き出しになって飛び出す口がついており、その口が排気を1つすると、吸い込んでしまったらしい白い煙が蒸気機関車のように一緒になって吐き出された。
その口の上に埋め込まれた彼の双眸は透き通ったアイスブルーを宿していて、ピンチだった所を助けられた効果だろうか、出会った時よりも少しだけ鋭い冷たさが和らいだ、優しい青色をしている気がした。
─ ✧ ─
座標(ファイアレイジと対峙し、そして倒した)の街へ到着し輸送機から降りたのと同時に激しい破壊音と衝撃波をレーダーで感知し、その現場へ一目散に駆け出した。
目的の場所に辿り着くと最初に鼻をついたのは機械の燃料の臭いだった。
オレがなんの問題なく過ごせてしまえるくらい大きな廃墟は、元は何かの工場だったようで、オイルや燃料が並々と注がれたままのドラム缶が外に乱雑に放置されていた。
この辺りはディセプティコンに襲撃された時の被害が特に酷く、今なお復興作業で一般人は立ち入れなくなっているから、誰も掃除や管理をする者が居ないのだろう。武器を使う時は引火しないよう注意する必要がありそうだ。
カメラアイを絞り、正面口と思しき大きなシャッターの前からサーモグラフィーで建物内の様子を観察する。
思った通りだ。このシャッターだけではなく、建物の各出入口にはファイアレイジの手下が配備されオレが罠に掛かるのを今か今かと待ち構えている。だとすると、正面突破は少し無理があるか?
そう考え警備の手薄な裏口側に回ろうとして思わず足が止まる。
そして気付いた時には作戦も何もなしに警備していたディセプティコンごとシャッターを殴り抜け、スパークを抉っていた。
鉄屑になったディセプティコンの首根っこを掴みながら空いた方の手でシャッターを銀紙のようにこじ開け、体を滑り込ませると、サーモグラフィー越しに見えた、あいつに手を掛けようとするファイアレイジに向かって持っていたディセプティコンを投擲した。
ディセプティコンは狙い通りファイアレイジに命中した。寺の鐘が鈍く唸るような音と呻き声が高い天井に反響して、ファイアレイジはあいつの目の前から消えた。
「ファング…ビーター……ッ!」
《そう呼ぶなと言ったろう》
嫌いな呼ばれ方がどうでもいいと思えるくらい今はボロボロなこいつをどうにかしてやりたくて、自分でも驚くくらい落ち着いた声が出た。血塗れになって、泣きそうになりながら、安心したみたいに笑う顔を直視したらスパークが苦しくなって、排気をするのも一苦労だった。
しかし、助け出そうにも、あいつの傍には正面口にいたのと同型のディセプティコンがいる。
エネルギー弾の装填が完了した銃口は、オレが、もしくはあいつが何かしようものならいつでも引き金を引ける状態で、オレは静止することを余儀なくされた。
あんな小物程度の攻撃、オレであれば耐えられるだろうが、人間であるあいつには耐える耐えられる云々の話ではない。
《ア"ア"〜ッ!!!痛ッテーーーッ!!!!!》
銃に変形させていた左腕を元の5本指に戻し、代わりにヘッドライトで声のした方を照らす。
暗闇の中からノシノシと足音をたててゆっくり歩き、姿を現したファイアレイジはオレと目が合うと嫌な物を見るように顔を歪めたが、すぐに得意げに笑って首の配線をゴキゴキと鳴らした。
ファイアレイジは尋問をするようにオレの周りを、一定の半径を保ちながらぐるぐると歩き出す。
《派手ナ登場ジャナイカ。チョット効イタゾ。ダガ、チョウド暑イト思ッテタ所ダ。風通シヲ良クシテクレテ感謝スル》
《貴様に感謝されるとわかってたら、もっと丁寧に入ってきていたぞ》
《ハッ、減ラズ口ヲ……随分余裕ミタイダナ》
《お前こそ。あの日のようにみっともなく震えて命乞いしなくていいのか?》
《〜ッ!言ワセテオケバッ!》
真正面に向き合ったタイミングで胸ぐらを掴まれそうになり、反射的にその手を掴んでギリギリと締め上げる。
このままこの腕を握り潰すことなんて造作もなかった。
「痛ッ!」
ハッとして掴んでいた手を振り払う。
ファイアレイジの小煩い文句を無視して悲鳴のした方に目をやる。
あいつの傍にいるディセプティコンの銃には、いつの間にか小型のナイフのようなものが生えて銃剣のような形になっていた。どうやら、あれで切りつけられたらしい。
あいつは額にうっすらと玉の汗をにじませ、引き裂かれた上腕を反対の手で圧迫して止血しようとしている所だった。
ファイアレイジのやり方なんて大方予想はついていたのに、後先考えず迂闊に手を出してしまったことに対する後悔と、オレに直接手を下すのではなく、人質を使って卑怯なやり口に出る下劣さに激しい感情が沸き起こる。
頭にオイルが上る。脳天から煙が吹き出す、沸騰したヤカンにでもなったような気分だ。
視線をファイアレイジに戻し、射殺す勢いで目を剥いた。
《このッ、産業廃棄物以下のゲス野郎がァ……ッ!!》
《ハァ〜??頭使ッテ戦ッテルダケダロウ、ガッ!!》
《ッが、は!》
「ファング!」
こちらが手を出せないのをいい事に強烈な頭突きをお見舞いされ、後ろによろめく。
倒れそうになる体をふらふらとした足取りで何とか立て直し、間髪入れずに繰り出されるパンチのラッシュをガードで受け止める。
目や嗅覚センサー、顎といった急所を狙った的確なパンチはオレ程の素早さを持っている訳では無かったが、戦車の体躯に見合った重量と破壊力を持っており、なにより戦士然として動きが洗練されていた。まともに食らえばオレといえど意識が飛びかねないだろう。
最初にこいつと戦った時はそれを見越してオレの独壇場であるスピード勝負に持ち込み勝利を収めたが、それも封じられた今、何かしらの活路を見出さない限り、こいつにオレが破壊される未来も時間の問題だ。
(腐ってもディセプティコンということか……くそ!)
重い拳を受け止める度に軋んで痺れる腕。
亀裂が走り剥がれ落ちていく装甲に焦燥感ばかりが募り舌打ちをする。なにか……何か手はないか?!
《アハハハハハ!!死ネ!!死ネェ〜〜〜ッ!!!》
(ゲッ……!)
大振りな回し蹴りを右腕全体でガードした瞬間、肩のジョイントがメキメキと嫌な音をたてた。回避しなければ腕を破壊される。だがここで逃げの一手に回り腕を引っ込めたら、キツイ一撃を顔面にモロに食らいかねない。そうなったら失神か、一時的な戦闘不能は必至。致命的な隙を作ってしまう。何としてもそれだけは避けなければならない。
冷静に考える間も与えられず出した結論に従い、力の篭もりきらない拳や二の腕に無理やり力を込め踏ん張ったのだが、これが良くなかった。
嫌な音をたてていた右腕が外と内、両方からの力に耐えきれず突如破裂し、断裂した線やオイルが宙に舞った。
太い鉄の骨格以外全て剥がれ落ち、中途半端に身の残ったフライドチキンのような右腕がだらりとぶら下がって、痛みすら感じる瞬間さえ訪れないままピクリとも動かせなくなる。完全に壊れてしまったのだ。軽率だった。
しまったと思ったが時は既に遅く、盾がなくなった無防備な首には、満を持してファイアレイジの足の甲が叩き込まれていた。
幸い、踏ん張ったお陰で蹴りの軌道を変え、顔に直撃する事態は避けられたが、当たり所が悪かったようで、堪らずオレは膝を着き、喉からせり上ってくる液体をその場に吐き出した。
首に触ると手にドロリと、尋常ではない量のオイルやエネルゴンが付着した。また、痛みはなかった。あまりの激痛に、体が咄嗟に痛覚回路を切断したのだと直感で理解した。
すぐに立ち上がろうとしたがこの隙を奴が見逃すはずもなく、オレは間もなくリンチにされた。
顔に、腹に殴る蹴るを繰り返され膝を着くことすらままならなくなって崩れ落ちると、サッカーボールでも蹴るかのように地面の上をゴロゴロ転がされた。
最終的にはうつ伏せの体制にさせられ、背中にファイアレイジの足が乗る。屈辱的な思いに歯ぎしりをして、拳を固く握りしめた。
自由のきかない体で頭を少しあげると、目の前には酷い顔をしたあいつがいた。こんな近くで顔を見たのは初めてだ。
窓の外は相変わらず激しい雨が降り続けている。今、雷鳴が轟いた。
確実に目が合った。オレの無様な姿を見られてしまった。
……こんな情けない姿、誰にも見られたくなかったんだがな。
─ ✧ ─
苦しそうに呻くファングの体から流れ出した、人間で言うところの血であるオイルや燃料が水溜まりを作り、さざ波のように私の膝まで広がるのを見てサアッと頭が真っ白になっていく。
どうしよう、どうしよう、私のせいだ。
《ギャハハハハ!! ドウダ!思イ知ッタカ!! ファングビーターナンカヨリ、俺ノ方ガ強インダア!!》
卑怯な手を使っておいて、誇らしげにぐりぐりとファングの背中に足をめり込ませるファイアレイジに絶望感が高まる。
任務ではほとんど傷を負う機会の無かったファングだからこそ余計に、彼の体が傷つく度に心臓が急速に冷えていく感覚にさせられた。このままじゃ、本当にファングが死んでしまう。殺されてしまう。
「やめて……やめてくださいっ! 元はと言えばあの日、私があなたから逃げてファングのいる場所へ合流してしまったのが原因でしょう?ファングはNESTの方針に従って人間を守らざるを得なかっただけです! 悪いのは私です!復讐するなら私にしてください!その代わり、ファングのことはどうか助けてください!」
気付けばそんな事を口走っていた。
彼の代わりに復讐を引き受けるということは、すなわち死を意味する。それも、安らかな眠りなど許されない、苦痛に満ちた死だ。
《……ホオ?》
つまらなさそうに目を細めたファイアレイジに緊張感が走った。拒まれるだろうか? いやでも、ファングを痛めつけるのを一旦やめている。私とファングの命を引き換えするという交渉に、全く興味が無いという訳でもないらしい。まだ、足掻く余地はある。
《やめろ、お前は黙ってろ!》
切羽詰まった怒鳴り声をあげたファングに涙腺が刺激される。
ファングの荒々しい声から、痛いほどの優しさを感じたのなんか初めてだった。
「もう……もういいんです、ファング。私のことはいいですから、今は自分のことだけを考えてください。ここで死んでしまったら、あなたの夢はどうなるんですか? 王様になるって、大きな国を作るって言ってたじゃないですか。私は大丈夫ですから、だからどうか」
《うるさい!! お前の王はオレだ、黙って言うことを聞け!》
掠れた悲痛な叫び声を上げたせいでファングは肩で排気をしていた。
《オ仲間ゴッコトハ、泣カセテクレルナァ! 虫ケラ1匹殺シタ所デ、面白クモ何トモナイダロウト思ッテイタガ……気ガ変ワッタ。ファングビーター、オ前、コノ女に相当入レ込ンデルラシイナ。コイツヲオ前ノ前デ八ツ裂キニシテ、大事ナ女ノ命モ守レズニ、1人ダケ生キ残ル惨メサヲ味合ワセルノモ、悪クナサソウダ》
《ふざけるな!! そいつに何かしてみろ、その時はお前を、どんな手を使ってでもぶっ殺してやる!!》
《ソンナ怖イ目デ見ルナッテ。コウナッタノハオ前ノ自業自得ナンダカラヨ。俺ヲ恨ムノハ、オ門違イッテヤツサ》
姿を現してからずっと人形のように直立し、私に銃を向け続けていた部下へ、ファイアレイジが顎をしゃくって指示を出した。殺せ、という合図だ。
右耳にブーンという、古い冷蔵庫の駆動音のような低い音が届き、人工的に発された温風で前髪がふわりと揺れた。視界が少しずつ、エネルギー弾のオレンジ色で塗りつぶされていく。恐怖で涙が滲み、唇が震えた。
《よせ!!! やめろ!!》
《俺サア、何気ニオ前ヲ尊敬シテタンダゼ? ソレガコンナニ弱クナッチマッテ……。何ガ仲間ダ。ソンナ弱点ヲ作ッテ平和ボケスルカラ、オ前ハ俺ニ負ケルンダヨ。サア、良ク目ニ焼キ付ケロ。コレガ、オ前ノセイデ辿ルコトニナッタ結末ダ》
拘束から逃れようと暴れていたファングは、ファイアレイジに頭を鷲掴まれると抵抗も虚しく、私の死に様がよく見えるように固定されてしまっていた。
心臓の音がうるさい。
でも不思議と悪い気はしない。
自分が死のうとしているのに私の頭の中は、見ているだけで胸が張り裂けそうになる彼の表情を和らげてあげたいという温かい思いしかなくて。
ファングが前に私にしてくれていたように、今度は私が彼を安心させてあげたくて、私はニッと無理やり歯を見せて笑ってみせた。
ファングは皿のように丸く目を見開いていた。ああ、ファングってこんな顔もできたんだ。
いつも根拠の無い自信に満ち溢れて、私にもその勇気を分けてくれていたファングの真似をしたつもりだったが、こんなボロボロな状態じゃきっと、不完全だったに違いない。
自分勝手で、怒りっぽくて、協調性がなくて、自信過剰で、暴君で……でも実は優しいところもあって、不器用で、私のために泣きそうになってくれてるファングのことが、私は……。
「ファング、私は、あなたを───」
いつからかどうしようもないほど、好きになっていた。
最後の雫が頬を伝う。
《やめろ……》
私の言葉はちゃんと伝わっていただろうか。……届いていたらいいな。
《やめろぉおおおお!!!!》
だだっ広い工場に、大きな銃声と、ファングの絶叫が響き渡った。