3.太陽着る王の帝王学
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「ゲホッゴホッ!!」
胴体に粘液をまとい、細長い触手を生やした芋虫のような、イソギンチャクのような生き物が口からずるりと飛び出すと、その生き物は主人を探すように地面を這い回り、蜘蛛みたいな細い鉄の足でコンクリの地面をカチカチと忙しなく歩いている、小型のトランスフォーマーに乱雑に掴みあげられた。
「ックション!!」
手酷い方法で目を覚まさせられた私は、芋虫が飛び出した衝撃で大きなくしゃみをし、たれた鼻を啜る。
夢は、記憶の集合体だ。
現実で見たり聞いたり、体験した断片的な記憶が寝てる間に整理されて、ひとつのストーリーになった物を見ているに過ぎない。
だから逆に言えば、記憶されていないことは決して夢には出てこない。
けれど時に、寝てる間に体に起きていることが、夢の中の自分にもリンクしてしまうといった話を聞いたことがある。
だから夢の中でしたくしゃみも、現在進行形で腫れている右頬も、きっとあの芋虫と蜘蛛型トランスフォーマー(ドクターと呼ばれていた)が眠っている私の体に干渉した事によって出来た産物なんだろう。
《久シブリダナ、人間ノ女》
芋虫を吐き出した拍子に荒れた息を整え、目の前にたちはだかるトランスフォーマーの姿を睨みつける。
銀色のつま先から脚、腹、肩と徐々に視線を上げて、最後に、心底愉快そうに顔のパーツを歪める、不愉快なそいつの赤い目と目を合わせた。
血のように赤いそれと真っ向から視線がかち合い恐怖に身がすくむ。
しかし、すぐにこいつが基地でしたことを思い出すと、沢山の仲間を傷つけられた事に対する怒りと憎しみがふつふつと湧き上がってきて、それは勇気に変換されて私を奮い立たせ、恐れを凌駕した。確かに怖い。怖いけれど、それよりも目の前のこいつが何より許せない。
「ファイアレイジ……ッ!」
《オォ怖〜! ソンナニ睨ンダッテ無駄ダゾ。精々、オ前ノ死ガ早マルダケダ》
ファイアレイジは私の後ろを指さしながらおどけた声色で嘲った。
そちらを振り返って確認するよりも早く、私が背中を預けて座り込んでいた大きなコンテナの影から、ファイアレイジと同じくらいの大きさのトランスフォーマーが数体出てきた。ファイアレイジの部下のようだ。
個体差はあるが、6~7mあるトランスフォーマー達が自由に動き回れることから、この場所はかつてかなり繁盛していた大きな工場だったことが分かる。
輸送船で使うような大きなコンテナ以外にも、トランスフォーマーが身を隠せそうな巨大なベルトコンベアのラインや、製鉄に使っていたらしい機器類があるから敵の正確な数が分からないうちは下手に動かない方がいいかもしれない。
ファイアレイジの手下達は彼と目配せをすると、正面口らしき大きなシャッターや、他の出入口の警備にあたるために散らばり、そのうちの一人は私の真横につくと、変形させた左腕の大きな銃口を私の頭に向けて「いつでも殺せるぞ」と言わんばかりにエネルギー弾の装填まで済ませていた。妙な動きをしたら即死、ということだろうか。ここまでしなくたって、武装を全て取り上げられた人間に成す術などないのに。
《ドクター》
《ハイハイ、今やるって》
ファイアレイジがほくそ笑みながらドクターを呼び付けると、ドクターはウンザリした様子で先程の芋虫を自分の体にカチリと繋いだ。
ブン、と低い音がしてドクターの双眼から光が放たれる。プロジェクターみたいに空中に映し出されたホログラムの映像に私は言葉を失った。
そこに映っていたのは、私の主観で見て、私の脳に記録し、しまわれていたはずの記憶映像だったからだ。レノックス少佐やオプティマスを始めとするNESTの皆と過ごした訓練や任務での出来事、訓練学校時代に耐えきれずゲロを吐いた瞬間まで洗いざらい記憶を盗み出されていたのだ!
(あの芋虫はUSBで、あの蟹はその中身を読み取って再生するプロジェクターみたいな役割があるのかな……)
《面白イダロウ。本来ハ記憶ノコピーシカ出来ナインダガ……。フフフ、夢見ハドウダッタ?》
「……あの夢、あなたが故意に見せていたんですね」
気絶させられ、おそらく眠っている間に入れられた気色の悪い芋虫に土足でプライベートを踏み荒らされ、あまつさえ心地良いとは言えない夢まで見させられていたという真実に更に怒りが込み上げる。ファイアレイジはそんな私の様子すらおかしいのか、ゲラゲラと笑い声を上げた。
けれど、ドクターが投影していた映像がある場面になるとピタリと笑うのをやめて、その映像を食い入るように見始めた。
《コノ日ノ事……俺ハ死ンデカラモ、一度タリトモ忘レタコトハ無イ。モシモウ1度チャンスガ与エラレルナラ、真ッ先ニオ前タチニ復讐スルト決メテイタ》
映像の再生がその場面をリピートするようなモードに変えられる。
四角い光の枠に切り取られた映像には、鬼神のような大立ち回りでファイアレイジを圧倒するファングが何度も、何度も映し出されていた。私とファングが出会った時の記憶だ。
《ファングビーター……。ディセプティコンニ下ラナカッタ愚カナ裏切リ者……。メガトロンカラ逃ゲタ腰抜ケゴトキガ、俺ヲ殺シヤガッテ……! 許セナイ!! 俺以上ノ苦シミヲ味アワセテヤリタイィイイイイ!!!》
後半になるにつれて語気を荒げたファイアレイジはファングに倒されたことが相当頭にキていたらしく、徐にヒステリックな雄叫びをあげたかと思うと、映像を投影していたドクターを勢いよく蹴飛ばし、地面に弱々しく伏して命乞いをするドクターを容赦なく踏み潰した。憂さ晴らしなのか、原型がなくなってしまうほどに繰り返し足を振り下ろしている。
《アハハハハハ!!!!!アーハハハハ!!!!!》
──狂ってる。
一時の感情に任せて仲間を殺すなんて。
そしてそれを見て笑ってるだなんて。
ファイアレイジの残虐性を目の当たりにして、怒りや憎しみで隠れていた恐怖が再び頭をもたげた。
逃げなきゃ。
敵の数がどうとか言ってひよってる場合じゃない。私の命なんて、ファイアレイジの気分次第でどうにでもなってしまうに違いない。そうなる前になんとか逃げ出さないと。
バケツをひっくり返したかのようなざんざん降りの雨と、たまに窓の外で光り、ゴロゴロと唸る雷鳴。
普段は
(……だめだ)
キャットウォークの備え付けられた壁や、一部の天井に等間隔に並んだ採光窓から外の街灯の明かりが差し込んでいるとはいえ、そもそも空模様が芳しくないため工場の中は青みがかった暗闇に包まれており薄暗い。
人間の目と暗視機能のついたトランスフォーマーの目では、仮に注意を引いて逃げ出したとしてもすぐに行き止まりに追い詰められ、嬲り殺しにされるだろう。……完全な詰みだ。
せめて武器のひとつでもあればなんとか活路は見い出せたかもしれない。……くやしい。ひんやりとしたコンクリの上にざりり、と爪を立てた。
爪の間に細かい鉄の削りカスや黒いオイルが入り不快感を持つ。下唇を噛めば、力を入れすぎて粘膜を噛み切ってしまう自信があった。
《アア、イイ事ヲ思イツイタ。女、俺ノペットニナレヨ》
「……は?」
もはや塵になってしまったドクターへの八つ当たりに飽きたのか、ファイアレイジは突拍子もない事を宣いながら、不気味な猫撫で声を発し近づいてきた。
《折角ファングビーターヲ誘キ寄セル餌トシテ捕マエテ来タンダ。用ガ済ンダラソレデ終イナンテ、ツマラナイダロウ?》
「そう言われて私が"はい"と素直に頷くとでも?」
《……ナァ、考エテミロ。人間ハ必ズ、ディセプティコンノ支配下ニ置カレル。虐殺カ、占領カ……ドウナルカハ知ランガ、オ前ラノ破滅ハドノミチ決定事項ダ。俺ノペットニナレバソノ悲惨ナ運命カラ、オ前ヲ助ケテヤレル。ソレガ出来ルノハ俺ダケダ。オ前ハタダ、ココニ来タファングビーターニ、"オ前ヲ裏切ル"トダケ言エバイインダ。ソウスルダケデ、オ前ノ命ハ保証サレル。……イイ取引ダト思ワナイカ》
「……」
《俺ハ、ファングビータートハ違ウ。真ノ実力者ダ。防衛軍ニイタ頃ダッテ、アイツガ汚イ胡麻スリ野郎ジャナケレバ俺ガ隊長ニ成レテ、「可哀想な人ですね」………………ナンダト》
もう一度言ってみろ。
そう言いたげな顔が静かに近付けられた。
私はキッとその顔を
「そうやって相手をいちいち下に見ないと自信が持てない、可哀想な人だと言ったんです」
こんなこと言えば殺されてしまうことなんてわかりきっているのに、口が止まらない。
窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、退路も活路も見出せない絶体絶命の状況下で、何かしないとやりきれないという思いが、ファイアレイジのくだらない演説と、聞き捨てならないファングへの侮辱をトリガーに噴火してしまい、私を突き動かしたようだ。
ピキッ。
そんな音がしてファイアレイジの頭から小さなパーツがひとつ落下する。
そのパーツが地面に着地するよりも先に、ファイアレイジの大きな拳が私のすぐ横の地面を抉った。
《自分ヨリモ下等ナ存在ヲ下ニ見テ何ガ悪イ!!! 俺ハ強イ!!! コノ世界デハ上位者コソ勝者ナンダ!! 雑魚ヲドンナ風ニナジロウガ扱オウガ、俺ノ勝手ダロウガ!!!!》
「いいえ、あなたは間違ってる。現にあなたは、雑魚と見下したファングに一度倒されたじゃないですか。そんな考えではあなたは一生、ファングには敵いません!」
《ッルサイ、ウルサイウルサイウルサイ、ウルサーーーイッ!!!!》
「かはッ」
体を鷲掴みにされ勢いよくコンテナに叩き付けられる。私がぶつかった箇所が大きく凹み、その衝撃で肋と腰に激しい痛みが走った。一瞬呼吸ができなくなり、肺が苦しくなった。
掴まれながらも被害を最小限に抑えられるよう衝撃を相殺したお陰で頚椎や脊髄などに問題はなさそうだが、私が兵士じゃない一般人であったなら即死だっただろう。
《オ前ノヨウナチッポケナ存在ニ何ガ出来ル?! コウスルダケデ身動キモ取レナクナルクセニ!! 下手ニ出テリャ、勝手ナ事バカリホザキヤガッテッ!!!!》
「ゴフッ」
今度は硬いコンクリの地面に投げつけられ、ビタンッと体の前側を打ち付ける。骨は折れていなかったが食道かどこかに傷が出来たのか、口から少しだけ血を吐いた。苦い鉄の味がした。仄暗い闇の中に血の赤黒さが混じる。
それなりに重症なはずなのに痛みは無いし頭は冴えてるし、心臓は痛いくらい力強く脈打っている。ああ、やっぱり人間のホルモンってすごいな、なんて頭の片隅で思った。
ゆっくりと体を起こしてその場にぺたんと膝を着く。立ち上がろうと足に力を込めたが、体が言うことを聞かず指一本すら動かせない。額から流れ落ちる汗がパタパタと地面の色を変えた。
《モウイイ、オ前ハモウ必要ナイ》
こちらに伸びてくる手から逃れる事も出来ず、私はぎゅっと目を瞑った。