3.太陽着る王の帝王学
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「はぁっ、はあっ、はぁ……っ!!」
訓練が終わってすぐ、武装も解除していない私は泥や汗に塗れたままディエゴガルシアの基地内を走っていた。
開けた場所を宛もなく逃げ回ってもそのうち捕まる。ここは格納庫に入って隠れ場所か、匿ってくれる人を探す方が賢明だ。
《待てやゴラァァア!!!!》
「ひぃいいいっ!!!」
マフィアの取り立てみたいな貫禄で背後から迫ってくるファングの声に顔を青くしながらガクガクに笑っている足を奮い立たせて格納庫内に転がり込む。
喉がカラカラで張り付いてしまいそうだし、全身泥まみれで汚いし、早く家帰ってシャワー浴びたい…。
私とファングの追いかけっこはもはやNESTの名物だ〜だなんて、少佐や他の隊員たちには言われてしまうようになったけれど、追われるこっちの身としてはたまったもんじゃない。ああ、なんて理不尽。
《ウォアァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!開けろォオオオオ!!》
背もたれにしていた大きな扉越しに背中をドンドンと激しく叩かれ体が弾き飛ばされる。今日のファングはいつにも増して機嫌が悪い。
前転でころころ転がった私は打ち付けたお尻の痛みを我慢しながら慌てて立ち上がって、目の前の扉を開け放った。
痛みを無視して走った。
足を止めたら死ぬと思った。
止まったエスカレーターを無視して階段を無我夢中で駆け上がる。
…?
なんだろう、この既視感。
というか、格納庫にエスカレーターなんか、いつ導入されたんだろう?
……そういえば、ファングってどんな顔してたっけ?
最初にガッツリ目が合ったんだから顔なんてしっかり見たはずなのに、どういうわけか彼の顔が上手く思い出せない。
思い出そうとしても脳内に浮かぶのは、つり上がった赤い目以外、全身真っ黒に塗りつぶされた影絵みたいなシルエットで、どう頑張ってみても顔を判別することはできなかった。
考えれば考えるほどポツポツと湧いてくる疑問が気になって、少しづつ減速して、やがて足が止まった。
なんだか大事なことを忘れているような気がする。
けどイマイチ考えがまとまらない。
魚の骨が喉に刺さったみたいな、忘れたことが喉元まで出かかってるのにあと少しで出てこないみたいな、気持ちの悪い感覚だ。なんとなく鼻もムズムズするし。
「ッくション!」
くしゃみをしたら一瞬鼻がスッキリしたが、あまりに大きなくしゃみだったせいでフラついてしまい、階段の途中の踊り場で壁に横顔を思い切り強打してしまった。
ゴチンッと派手にぶつけた頬に鈍痛が走り、じんわりと熱が広がる。頬が腫れていた。
「…あれ?なんだっけ、」
涙目で鼻をすすりながら、ぶつけた部分を慰めるように擦っていたら、さっきまで考えていた事を忘れてしまったのに気付いた。
きっとぶつかった衝撃で吹き飛んでしまったんだろう。
まあ、こんなに簡単に忘れてしまうならきっとそんなに重要なことではなかったんだ。そんな事より今は逃げないと。
後ろから徐々に迫ってくる地獄の悪魔のような低い怒鳴り声の主に捕まるわけにはいかない。さっき少し休んだからか、重石を括り付けられていたみたいだった足が羽のように軽くなっていた。
一段飛ばしで階段を駆け上がると、周りの景色が残像みたいにビュンビュン私の横を通り過ぎて行った。
早すぎて、一周まわってスローモーションみたいに見えてしまう現象に似ていると思った。
「匿ってください××××ー!!」
《はやく乗れ!》
階段を登りきった先にあったメインストリートを疾走し、まばらに照らす星のような街灯の下を12個ほど通り過ぎると、太陽のようなオレンジの明かりがまばゆく照らすトンネルに差し掛かった。
そのトンネルの中にはビークルモードの××××がいて、思いがけず救世主に遭遇した私はほっと胸を撫で下ろして彼の助手席にお邪魔した。これでもう大丈夫だ。
運転席の足元にあるクラッチとアクセルが素早く踏まれ、サイドブレーキのレバーが落ちる。ファングの追いかけてくる足音で車体が縦に揺れた。
《これでも食らえッ!》
「えっなにして、?」
××××がハンドルを荒々しく切り、ファングのいるトンネルに向かって攻撃したことで、破壊されたトンネルの上部が大きな音を立てて雪崩のように崩れおちた。
ファングのいたところよりかは少し手前のところを撃っていたから彼に怪我は無いかもしれないが、一歩間違えればファングは大怪我を負っていたかもしれない。
瓦礫が私たちを分断してしまってあちらの様子はわからなかったけれど、鋭い判断力を備えた彼らしからぬ攻撃についぽかんとしてしまう。
《無事か、怪我は?》
「あ、えっと……特に大きな怪我はしてない、です」
《そうか》
「……」
《チッ……なんだ、何か言いたいことでもあるのか?》
「いや……」
声や話し方はいつも通りだけど、さっきの事もあって××××に大して違和感と不信感を抱いてしまい、言葉が濁った。
それでも結果的にファングに折檻される未来からは助けてもらったんだし、と胸をざわつかせる自分に言い聞かせる。
「助かりました××××、ありがとう」
《フン。別にお前のためにやったんじゃない》
素っ気なく吐き捨てて、××××は発進した。
バックミラーに吊り下げられたミラーボールと、デフォルメされたサーベルタイガーの赤いストラップは××××の運転さばきに合わせてゆらゆらと揺れている。いつの間にこんなの付けてたんだろう。
粗暴な彼がこんな可愛いストラップとミラーボールを好んでつけているのは意外だ。バンブルビーじゃあるまいし。
自分で買うなんてことはまずありえないだろうし、誰かから貰ったと考えるのが妥当だろう。
《勘違いするなよ。それはあの小僧が押し付けてきやがったんだ》
私の視線を察知したらしく、スピーカーから××××の不機嫌そうな声がした。
人間をディセプティコン顔負けに下等生物扱いしている彼が(私の言うことも聞かない時だってあるのに)サムからのプレゼントを素直に受け取るとは思えないし……。あ、そうか。
「××××、バンブルビーにも頼まれて断りきれなかったんですね」
《……》
「図星だ」
《…うるさい》
「ふふ」
……あれ、私、彼の名前をさっきから呼んだりしてるのに……。
どうして、彼の名前の綴りが頭に浮かんでこないんだろう。
どうして、名前を声にするとノイズがかった古いラジオみたいな雑音で掻き消されてしまうんだろう。
そもそも、彼は一体誰?
「××××」
《あ? なんだよ》
額や背筋にたらりと嫌な汗が伝った。
全身から血の気が引いてゾッとする。
やっぱりそうだ。彼の名前を認識できない。
確かに呼んでるはずなのに、彼に聞こえてるはずなのに、私にだけ聞こえない。
それを自覚した途端ハッとした。
今まで感じていた違和感の点と点が瞬時に繋がって線となり、ひとつの結論を導き出す。
これは夢だ。
私は夢を見ている。
格納庫にエスカレーターなんて、ましてやそこを上った先にハイウェイなんて……そんな設計ミスのとんでも遊園地みたいな場所あるはずがない。
私が今まで見て、逃げ回っていた空間は、××××と過ごした景色が断片的に繋ぎ合わさったツギハギだらけの世界……いわば精神世界だ。
映画のカットが切り替わるみたいに場面が次々と変わっていたのも、体が急に軽くなって高速で移動出来ていたのも、そう考えれば辻褄が合う。明晰夢というやつだろうか。初めて見た。
でもここが仮に夢の中であるとするなら、私はいつ眠ったんだろう。
たぶん、夢の序盤で見た、基地で訓練をしていた風景は本物だ。
おそらく、現実で私が体験した出来事の追体験をしていたんだと思う。直感的にそんなような気がした。
少佐たちと野外訓練をしていて、泥まみれの汗まみれになって…そうだ、ファングはあの場にいなかったからそこは夢とは食い違っている。本当はたしか……ああやっと終わったと開放感を味わいながらシャワー室に行こうとしていて、それで……。
……その後のことが全く思い出せない。
思い出せない、記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているという事が、こんなに不安を煽られるものだなんて知らなかった。
思い出せ、思い出せと、握った拳を額に当てて必死で脳みそを振り絞ると、段々知りたかった情報が瞼の裏に映し出されていった。ほっと息をつく。
私はシャワー室に続く廊下を歩いていて、その途中、地平線にかかる夕暮れの空に目を奪われて、思わず窓から身を乗り出して見ていたんだ。
そうしたら、突然地面が大きく揺れて、体が吹き飛ばされて───
《伏せろッ!!!!》
「?!」
××××の叫び声とけたたましいブレーキ音が私の耳を劈いた。
フロントガラス越しに見えていた目の前の道路で、目がくらむほどの真っ白い閃光が大爆発を起こすと、私たちは激しい爆風と衝撃波で吹き飛ばされた。私がさっき思い出した景色と全く同じ光景だった。これも、私の体験した記憶なのだろうか。
真っ白に焼かれた視界のせいで自分や××××がどうなっているのかはわからなかったが、死んでもおかしくなかった攻撃で自分が尚生きているのは、私の体を包み込む大きな両掌のおかげだと感覚でわかった。
「××××!!」
この手の持ち主がピクリとも反応しなくなり、もしや負傷したのかと思って慌てて名前を叫んだ。
若干回復してきたものの、まだ使いものにならない視覚と、鳴り止まない耳鳴りに支配された聴覚では、頼れるのは触覚だけだった。
手探りで前に進み、指先に当たったひんやりとしたトランスフォーマーの指の壁を内側から殴る。硬い指に何度も打ち付けた拳は皮膚が裂け、血が滲んでいた。
「×ァ××!!」
手の感覚が無くなる頃には視界がハッキリしてきて、彼の指から僅かに漏れる光で目を細めた。
指の隙間から見えた世界には凄惨な光景が広がっていた。
無臭だったはずの空間にはいつの間にか鉄や硝煙の臭いが充満しており、破壊された基地の瓦礫の上には、見覚えのある仲間の遺体と血痕が乱雑に散りばめられていた。また場面が転換したらしい。私は基地に戻ってきていた。
「×ァ×グ!!」
けど眼前に現れた景色は残酷で、とても見ていられるものじゃなくて、私は泣きながら彼の名前を叫んだ。
「ファング!!」
ファング?どうして?
ファングなら私を追いかけていたはず。この手はファングの物じゃ……。
自問自答を繰り返して、この世界で初めて見たファングの顔を思い出してハッとした。
(……赤い目)
ああ、そうだ、全部思い出した。
私は外に向かって必死に手を伸ばした。
ファングの手の中だと思って埋もれていた瓦礫の山から、脱出することに成功した。
私が這い出てきた場所には粉々になった基地の瓦礫が山のようにどっさり積み上がっており、その中には血に塗れた誰かの手や、足が突き出している部分もあった。
夕焼け空を見るためにたまたま窓から身を乗り出していた私は、基地が崩壊する前に爆風で建物内から吹き飛ばされたからかなり軽傷で済んだが、一歩間違えれば彼らと同じように重い瓦礫に押しつぶされて圧死していたはずだ。
胃からせり上がってくる酸っぱい液体をなんとか我慢して立ち上がり、先程光が爆ぜた方向へ踵を返す。
地獄のような光景を生み出した爆心地の跡には、腕を振り回し基地を破壊し尽くす1人のトランスフォーマーがいた。私はそこに向かって一身に走り出す。
獰猛な赤色を宿したトランスフォーマーの黒い影は相変わらず目の色以外の情報が読み取れない。あいつは、私が今までファングだと勘違いしていた追跡者の幻影だ。
「ファイアレイジ!!」
ファングが教えてくれたトランスフォーマーの名前を叫んで答え合わせをする。
突然基地にやってきた犬のようなトランスフォーマーにキューブの欠片を盗まれた後、超新星爆発のような光を連れて落下してきて、破壊の限りを尽くしたトランスフォーマー。
私を現実世界で連れ去り、夢の中でまで追い回した影の正体。
それは、3ヶ月程前のあの日にファングによって倒され、海底に遺体が沈められたはずのディセプティコンだった。
《ココマデカ、ドコマデモ小癪ナ女ダ》
真っ黒い影から不気味な声が響くと、私の体は途端になにかに引き上げられるかのような感覚に襲われた。