3.太陽着る王の帝王学
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
基地に辿り着く頃には青い空は深い紺色に変わっており、全てを飲み込むブラックホールのような夜闇の中では、輝く月と星や、ゲートに併設された街灯、オレとバンブルビーのライトだけが頼りだった。
バンブルビーのテールランプを追いかけていると、ふと、嗅覚センサーに知っている感覚が触れた。
瞬間、ボディ全体に緊張が張り詰める。
人間でいう所の鳥肌や、強張るといった類いに近い不快な感覚。オレは反射的にブレーキを踏んでいた。
『…止まれ、バンブルビー。……焦げ臭い…何かが、燃える臭いだ』
スポーツカーであるオレたちの馬力だと基地に辿り着くのには数分と掛からない。出発する時もそうだった。
つまりこの臭いは、オレ達が作業していた昼から夕方に起こった火災かなにかによるものだと考えられる。
咄嗟のことで固まってしまったらしい弟分の前に出て、フェンスで遮られた基地へ入れる唯一のゲートに近づくと、駐在所に警備の兵士が誰もいないことに気付く。いよいよ何かあったんだと確信した。
我に返ったバンブルビーは短く通信を入れると、オレの返答も待たずにアクセル全開で走り去ってしまった。
立ち上る煙の量からまだ犯人が近くにいると踏んで偵察に行ったのだろう。偵察員として、バンブルビーの判断は間違っていない。
嫌な予感がする。
今まで体感したことのない程の胸騒ぎが中枢部に立ち込め、オレの本能が基地に戻るべきではないとしつこく告げていた。
野生の勘にも似たこの予感は、不思議なことによく当たる。そうして幾度となく戦場でオレの命を救ってきた。
第六感に従うべきだと、ブレイン内では警告のサイレンがけたたましく鳴り続けていた。
だがこんな所でぼんやりしているわけにもいかないだろう。
前身にまとわりつく気持ち悪さを振り払うと、オレはアクセルを目一杯踏み込んでゲートの向こうへ飛び出した。
─ ✧ ─
格納庫へ向かう道のりはまるで地獄のようだった。
基地一帯は、破壊された建物の瓦礫と大量の血痕が散在しており、負傷した人間たちの悲鳴やパニックになっている兵士を叱咤する上官の怒声などの阿鼻叫喚で溢れかえっていた。
衛生兵を中心に何人かの人間たちが現状をどうにかしようとあちこち走り回っていたが、物資も手も足りていないのは明らかだ。
中には呆然と立ち尽くしてかつての仲間を見下ろしていたり、愕然と膝をついて何かを呟いている人間もちらほらおり、瓦礫の下に埋められた人間を助けようとするトランスフォーマー達も走り回っていて、現場はかなり入り乱れていたが、狼狽する様子は種族の壁を超えて皆一様に同じだった。
大災害が起きた後のような──まるで滅亡した故郷のような惨劇に、このオレでさえも固唾を飲み込んでいた。
そうして人混みの中をゆっくり、スピードを出せそうな時は全速力で進み、血の海に横たわっている死体にいちいち肝を冷やしながら視線を彷徨わせ、一人の人物を探した。
生命反応のない女の死体を見つける度にあいつではない事に胸を撫でおろし、何度もスパークが押しつぶされて死んでしまいそうな気持ちを味わううちに、頭が沸騰したり凍り付いたりでおかしくなってしまいそうだった。
『オプティマス!』
《ファング?》
右往左往している人間達を轢き殺さないように進んでいると、アイアンハイドと一緒になって救助活動を行っているトランスフォーマーを見つけ、一目散に駆った。
目当ての人物ではなかったものの混乱した状態の今、状況を誰よりも把握していそうな指揮官に尋ねれば、あいつを見つけるヒントを何かしら手にできるはずだ。むしろそうでなくては困る。今はそれ以外に、あいつの無事を手っ取り早く確認する術は無い。
ロボットモードに変形し、オプティマスの目の前まで転げるように飛び出ると、オプティマスはオレの周囲を見回した後、最も聞きたくなかった言葉を言い放った。
《クインといたのではなかったのか》
オプティマスの焦った声にスパークがどくんと、ひときわ嫌な音をたてた。
聴覚回路に流れ込んできていた悲鳴や叫び声、雑踏が一瞬聞こえなくなり立ち眩む。
体の全回路がイカれちまったのかと思うほどすべての感覚が死んでいた。
トランスフォームした拍子に手に持った花束が音もなく滑り落ちると、それは血だまりの赤をじわじわと吸って、残酷な色に染まっていった。
オレの手の中でくたばった花を思い出した。そこに、あいつの姿が重なった。
あいつがうつろな目で、オレを見上げていた。
《…ッ!》
《待て、ファング!!敵がまだいるかもしれん!単独行動を取るな!!》
聴覚回路に繰り返し届く心音が次第に強烈になっていき、自身の排気が酷く乱れていたことに気付く。
遅れて、全身の感覚が戻ってきたことを理解すると、オプティマスの制止を振り切ってコルベット姿に戻り、あいつの捜索を再開した。
瓦礫を撤去し終わったオプティマスもアイアンハイドも人の波を避けながらオレを追いかける事は不可能だったようで、制止の声は少しづつ遠のいていき、人間に誘導されて他の現場へ救助活動に向かっていた。
─ ✧ ─
居ても立っても居られず走り出したものの、こんな状況であいつがいそうな場所なんて検討もつかなかったから、被害が大きい場所から小さい所まで見落とさないよう念入りに、徹底的に、ごみ箱の中までひたすらに探し回ることにした。
だが結局、あいつを見つける事はできなかった。
肩で排気をして、必死に考えを巡らせても、やれることだけのことはやったという結果しか導き出せず焦燥感ばかりが募っていく。基地のどこにも、あいつはいないのだという事しかわからない。
もしかすると、原形を留めることが出来ないくらいに粉々になって飛び散ったから姿が見えないのかもしれない。
見落としていただけで、本当は今まで通り過ぎたすべての景色に、あいつは埋もれていたんじゃないか?
また手の中でバラバラになった花のことを思い出した。
オレは、こみ上げる怒りのまま壁を殴りつけようと拳をグッと握りしめた。
その時だった。
誰もいない格納庫内に、トランスフォーマーの通信とは違う特徴的な着信音が鳴り響いたのは。
それは、あいつと共に過ごす中で何度も聞いたことのある旋律だった。
(どこだ…!どこにあるッ)
音が近くなる方へ慎重に歩みを進めると、やがて頼りない青白い光が明滅しているのを見つける。
光の正体はあいつが使っていた携帯電話だった。
番号不明の着信を知らせる小さな窓が消える気配はなく、携帯は震え続けている。仮に、通話相手が人間で、同じような機械から発信しているのであればこんなことはありえない。必ずインターバルが挟まるはずだ。
携帯の電波を傍受しブレインの通信プログラムで通話できるようにすると、一番最初に聞こえた声は、オレがずっと血眼になって探し続けていた女の声だった。
『ファングなんですか…?』
《ああ、オレだ!貴様、今どこにいる?!》
『思ッタヨリ早ク、手掛カリヲ見ツケタヨウダナ。コイツヲ攫ッテマダ数十分シカ経ッテナイ』
《…誰だ》
聴覚回路越しに聞こえていた声の高さが一気に低いものに切り替わり、犯人が電話を代わったことに気付く。
聞き覚えがあるような気がしたが、音声のノイズが酷すぎて相手が誰なのか判別できなかった。
ただ、わかっていることがある。
孤島に隔離、秘匿されているNEST基地を突き止め、壊滅状態に追い込みオプティマス達を足止め、尚且つオレを作為的に孤立させてコンタクトを取ってくる…。
そんな芸当ができる連中は、オートボットのことをよく知るディセプティコン以外ありえないということだ。
こうしてご丁寧に連絡してきた辺り、このトランスフォーマーはオレに用があるらしい。
声の周波数からしてディセプティコンの情報参謀、サウンドウェーブが首謀者でないことは確かだが、オレの周囲の情報や基地の位置を突き止めるのには、切れ者の奴が関与したと考えてまず間違いないだろう。
でなければ、聞くからに知能の足りなそうな電話越しの相手が、たった一人でNESTを特定することはできなかったはずだ。
『忘レタノカ?…俺ハ忘レテナイゾ…。3ヶ月前、オ前二撃タレタ中枢部ノ傷ガ、未ダニ痛ムカラナア…。オ前ハ昔カラ容赦ナイ』
《……ファイアレイジか》
『正解ダ』
3ヶ月前…オレがあいつを国民として選んだあの日。警報を受けてアメリカの小さな街に出撃した時のことを思い出す。
ファイアレイジは戦車に変形するディセプティコンのことで、オレがあの世に葬ったはずのトランスフォーマーだった。
中枢部に3発も弾をぶち込んでエネルゴン反応が消えるのもちゃんと確認したから、こいつが一度死んだことは間違いない。
死人がなぜ生きているのか疑問に思うが、そんなことを馬鹿みたいに質問して相手を刺激するのは憚られる。
オレの発言ひとつで、人質の首が簡単にはねられてしまいかねない今、不用意な言動は得策ではない。注意深く言葉を選んだ方がいいだろう。
あいつがどうなっているのか見えなくてこっちは気が気でないのに、電話越しのファイアレイジは何やら甲高い、金属が擦れるような音を従えながら上機嫌に鼻歌を歌っており、腸が煮えくり返るような思いになるが、拳を握り締めて何とか堪え、本題を切り出されるのを辛抱強く待った。
自分を殺したオレへの復讐目的で人質を取ったんだとしたら、この後の展開は二択。人質を通話中に殺してオレを逆上させるか、人質をダシに直接オレをおびき寄せるかだ。
最初に人質の声を聴かせて生存確認をさせたという事は、今回は後者の確率が高い。人質の声に痛みや苦しみが混じっておらず、拷問に掛けられた様子がないことからもその方が有力だろう。
本当にオレへの怨恨でファイアレイジが動いていたとして、たったそれだけの理由でNESTを壊滅させたのだとしたら──オレだけに直接手を出さず汚い手段を選んだというのなら、オレは絶対に、こいつを許すことは出来ない。
『ドウセ、勘ノ鋭イオ前ノコトダ。俺ガシタイ事ハ分カッテルンダロ?』
オレの思考を読んだらしいファイアレイジが、気に障るような猫撫で声で囁いた。
《…今すぐにお前らのいる座標を送れ》
怒りを戒めるように排気してから、呟いた。
『流石、ディセプティコンノ前身デ隊長ヤッテタダケアル。話ガ早クテ助カルゼ。今カラ座標ヲ送ル。一応言ットクが、コノ事ハ誰ニモ言ウナヨ。来ル時モ必ズ一人デ来イ』
《言われなくてもわかってる》
『ダメですファング!来ちゃダメ!!これは絶対、貴方を貶めるための罠です!わかってるはずでしょう?!私のことは気にせずに放っておいてください!私なら自力で脱出できますから!』
《これはオレが決める事だお前は黙ってろ!!》
『ハハ、可愛イペットダナ。余程オ前ガ大事ラシイ。許可シテモ無イノニ喋ッテ、自分ガドウイウ立場二居ルカ良ク分カッテナイラシイナ?』
『キャアッ!!』
《なんだッ?!おい!!返事しろ!!オイッ!》
『安心シロ。五月蠅インデ、チョット黙ッテ貰ッタダケダ』
《貴様ァ……ッ!!》
『ククク...怖イ怖イ。ナルダケ急ゲヨ。アンマリ遅イト、退屈凌ギ二殺シチマウカモシレンカラナァ』
我慢の限界になり、知っている限りの暴言でコイツを罵ってやろうとしたが、ブツンと通話を切られてしまったことで未遂に終わってしまう。
中途半端に開いた口を閉じると勢いのせいで歯が鈍い音を立てた。
《くそがあぁあッ!!!》
オレは今度こそ拳を思いっ切り壁に叩きつけた。
陥没したコンクリートの壁からパラパラと破片が落ちているのを後目に大急ぎでビークルモードに戻ると、全速力で滑走路まで走った。
《─ファング、─どこに行くんだ!!─》
《オレに構うな!!!》
無傷で残っていた輸送機のひとつをジャックする際中、戻ってきたバンブルビーに引き留められそうになったが、乗り込んでこられる前になんとか離陸し一人になることが出来た。
地上にいるバンブルビーがどんどん小さくなって行くと最後には黄色い点になった。
傍に黒い点や銀色の点も見えた事から察するに、オレをオートボット全員で追いかけられるくらい、救助活動に目途が付いたらしい。
取り返しのつかない事になってしまった奴らもいるが、オレ以外のオートボットのお陰で命拾いした奴らもいるだろうと確信を持てて、知らず知らずのうちに胸を撫でおろしていた。…本当に、らしくもない。
機体を自動操縦に切り替え、ランプドアを閉めるとオートボット達の姿も地上も見えなくなり、忙しなく鳴るオレのスパークの音だけが、機内に響いてしまいそうな程の静寂が訪れた。
もしかしたらあれが、可愛い弟分との最後の会話になったかもしれなかったが、今はとてもそんなこと気にする余裕はなかった。
一人で敵陣に乗り込む危険性は防衛軍にいた頃から誰よりもわかっている。
本来のオレであれば、人質も自分も死んでしまうような危険な賭けには手を出さない。人質を見捨ててでも自分は生き残ろうとしたはずだった。
しかし、オレは今、この瞬間、何光年も昔のオレが聞かされたなら笑い飛ばしてしまうような想いを、馬鹿みたいに胸の中で燃え滾らせていて。
どんな危険も、死ですらも乗り越えてみせるなんて、生き急いだ感情で全身が奮い立たされ、恐れなど微塵も感じる隙間が無かった。
この心音は武者震いのようなものだ。
目をゆっくりと閉じた。
こうすると集中力が高まって戦場で生き残る確率が上がるから、あいつと出会う前はよく1人のヘリの中でこうしていた。
瞼の裏にあいつの笑顔が浮かぶ。
出動前同じ輸送機に乗り込んできて、震えてるくせにオレを見てオレを励ましてくれていた時の、オレを信じきっている目。
先程までオレを不安にさせていたあいつのうつろな目が、血みどろの幻影が消えた。
全身を強ばらせていた心音が少し和らいだ。
……オレはあいつの笑い方が、目が、嫌いじゃなかった。
あいつとの時間も悪くないと思っていた。
だから、それを、急に真っ暗闇に突き落とされたかのように、奪われたのが許せなかった。
《この宇宙のすべて…》
そうだオレは…オレ以外の生命体がどうなろうと、どうでもいいから、闇も光も、惑星も恒星もぜんぶ手に入れた暁には、オレだけの世界でオレだけに視線を向ける存在だけの国を作ろうと思っていた。
オレを認めない存在は消し去った、完全無欠の理想郷を。オレはその為に王になろうとしたんだ。もう何も失わないように。
だが今は、この世界も、宇宙も、光も闇も星もなにもかも。
《…このオレでさえも》
どうなったっていいと、考えていた。
─ ✧ ─
《なんで追いかけないんだよ!?今ならまだ見失わずに済む!》
《落ち着けジャズ。一番使えそうな輸送機でも修理しなければどこかに着陸する前に海にドボンだ。俺たちはラチェットの修理を手伝いながら、待つしかない》
《…そうだな。すまない、アイアンハイド。ラチェット、あとどのくらい掛かる?》
《ざっと4時間くらいだ》
《…しかしファングの奴、何故あんなマネを……。砲口を突き付けられても口の減らねえヤツが、敵前逃亡紛いなことをするなんて》
《ああ。それに、オールスパークの欠片が盗まれた後、
《─オプティマス、これを─》
《人間の携帯電話?》
《ザザ─格納庫の壁…──殴られてた。多分ファングが殴った─…これはクインの─》
《……まさか》
《………急いだほうがよさそうだ。ラチェット!》
《3時間で片づける。だがそれ以上は無理だ》
《頼む。私はレノックス隊を呼んでくる。もしかしたら、人間の医者が必要になるかもしれないからな…》
《オプティマス、急いだほうがいい。………もうすぐ嵐が来る》
《……そのようだな》