3.太陽着る王の帝王学
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《お前はどう思う、あいつの事》
装甲に降り注ぐ柔らかく、温かい陽光。
空は晴天だった。
きっとここにあの女がいたのなら「ピクニック日和ですね」なんて呑気に笑いかけてくるんだろう。
なんて一度考えてしまったら、ブレインにその顔がこびりついて離れなくなってしまい。そんな自分を誤魔化すように無意識に呟いていた。
背中合わせのすぐ後ろでオレと同じように膝を折り、腹立たしいほど華奢な花を、オレよりも器用に摘んでいたバンブルビーは、最初は"あいつ"を誰かわかっていないようだったが、壊れた発声回路から理解したような声を漏らすとラジオの周波数をいじって言葉を模索しだした。
《─クイン、──僕は好きだよ─》
《あ?》
《─ファング、怒らないで!─、─変な意味じゃない!─》
背後を振り返る際に自分でも意図していなかった唸り声に似た短い返答が口から漏れ、ビビったらしいバンブルビーは今にも汗に似たオイルを飛ばしそうな表情で、手に持っていた花を下ろすと顔の前で両手をぶんぶん振った。
昔から、言葉から様々な意図を汲み取るのはかったるくて嫌いだったから、今のバンブルビーの発言にも特に深い意味は無く返事をしたつもりだった。
自分よりも後にオートボットに入った弟分に対してこんな態度を取るつもりはなかったのだが。
《……怒ってなんかねえよ》
そう口に出してはみたものの、実際の所は自分でもよくわからない。
ここ最近はそういうことばかりでストレスが溜まりっぱなしだ。
以前のオレならば、どんな些細なことでも自分の行動に明確な理由や確信めいたものを自覚していて、たとえ周囲のやつらに嫌な顔をされたとしても自分が決めたことに納得できていればそれで良いと、誰にも振り回されない確固たる意志を持っていた。
それが、どうだ。
たかが一人の女如きに関する事でいちいち感情を乱されて。
バンブルビーに変な対応をしてしまったり、わざわざあいつに見つからないよう基地から少し離れた草原まで来て、あいつのために花束を拵えようとなんかして。意味が分からない。それもこれも全部サムが、人間の女は花を貰ったら喜ぶなんて言う下らない入れ知恵をして来たせいだ。
今後は兄貴分としての体面を保つためにも、バンブルビーがあの小僧を基地へ連れてきたとしても下らない戯言には絶対に付き合わないと心に誓う。なぜ小僧とバンブルビーのつまらん恋愛相談の飛び火がオレにまで降りかかったのだ。
《しッかしまどろっこしいなぁあああ!!》
始めは弟分のアドバイスを素直に聞いてらしくもなく地道に作業していたが、バンブルビーのように上手く摘めないことや、数分前の憎たらしい小僧の顔が鬱陶しく視界にちらついてきたことに堪忍袋の緒が切れ、目の前に自生している花を力任せに引き抜き空に向かって乱雑に投げ飛ばすと、膝を投げ出し、その場に座り込んだ。
思い切り投げたはずだったが、軽くて小さな植物には上手く力が加わらなかったようで、白い花弁や、茎から切り離された花房だけが手の中からすり抜け、雪のように舞い上がった。
0秒にも満たない時間、それらは空中で時間が止まったように留まる。そしてすぐ後、はらはらとオレの顔やボディの上に降り積もった。
ひらひら、ふわふわと舞い降りる不思議な雨のような光景に何故か少しずつ
しかし、乱暴に投げ飛ばされたそれらは、オレの暴力と横風に生命力を奪われたことで惨めにしおれ、既に空中で事切れていたのだろう。
オレが受け止めた時にはもう、ただの繁殖能力も生命力も持たない絞りカスになっていた。
死んだ有機生命体がオレを見上げていた。
苛立ちが多量に混じった長い排気が漏れた。何もかも思い通りにいかない。
《─すこし休憩でもしたらどうだ─》
《バンブルビー!お前はサイバトロン星で何を見てきた!?オレはお前の兄貴分として、サバイバル術に格闘技、遭難した時に心得ておくことまで何もかも教えてやっただろうが!つまり、オレ様にやって出来ないことなどこの世界には存在しないのだああ!よって、休憩などという、無能共が自分のふがいなさを正当化させるだけの言い訳の時間など必要ぬわああああい!!》
《─相変わらず─ザザ…─偏ってる─》
《うるさい!そんなこと言う暇があったらコツを教えろ!》
《─イエッサー─》
肩をすくめたバンブルビーに近頃のオートボットどもの生ぬるい態度を思い出してしまい、もしや未来の君臨者としてのオレのメンツは既に保たれていないのではと思ったが、教えられてばかりだった弟分が逆にオレに教えようとしている姿に胸が熱くなったため、叫び出したかった苛立ちは抑えることにした。
我ながら落ち着いて作業できていたのに、《─叫ぶな、近所迷惑だろ─》とバンブルビーに水を差されたのは不服だった。
─ ✧ ─
物を破壊するのではなく、優しく触れるというのは、オレがいつも当たり前にあいつを摘まみ上げたり掴んだりする動作とは非常に勝手が違い、何度やっても、それこそ、ここに咲く花全部で練習してもオレがここを更地にする方が先なのではないかと思えるほど単純なことではなかった。
自分の不注意で腕を引きちぎってしまったあの日も、無意識に思わず伸ばしていた指先があいつを傷つけてしまうのではないかと危惧するほど、こういう事は苦手だった。
バンブルビーの言う通りにしているはず。だのに、一向にオレが手にする花は茎が曲がり、綿のような白をまき散らして、手の中でくたりと息絶え横たわる。
何回試してもサムが携帯で検索して見せてきた画像のような、生命力の溢れる束にはならなかった。
《クソったれの有機生命体めが!!》
腹に据えかねた感情がブレイン内で一気に爆発し、手のひらに包まれたそれを地面に思い切り投げ捨てようと握りしめた手を振り上げる。
なんてことはない、ムカついた時によくやる事だ。壊すことも傷つけることも、排気をするよりずっと簡単な行為だ。
手の中にあるバラバラのものを投げ捨てれば、気分もきっとスッとする。今までもそうだったろ?
…しかし、できなかった。
戸惑う自分を、納得できる理由でもって言い聞かせる事が出来ず、投げ捨てたい激情のまま宙に浮いている拳が、振り下ろそうとすると見えない壁にぶつかったように静止して、ぶるぶると震えた。
ぷはっと、止まっていた呼吸を再開するように力が抜けた。
だらりと垂れた手から、ゆっくり、はらはらと白い花弁が、踊るような足取りの風にさらわれてその軌道を描いて飛んでいく。
《ザザ…─ファングがこうしてくれて良かった─》
《…………うるさい》
力無く脱力し茫然としていると、バンブルビーはそんなオレを見てにっこりと笑った。
オレはカメラアイをぐるりと回して呆れた。バンブルビーに対してでは無い。自分に対してだった。
こいつの笑顔なんて昔からよく見てた。別に珍しくも無い、なんてことはない光景。
だがオレは、以前であれば見ても何も感じないかった風景を目にして、気付いてしまったのだ。
もう自分が以前のように好き勝手に行動できなくなっている事に。
歯ぎしりをすると、口の中から金属が引き攣る音がした。
《…………》
《……》
《…………もう一回、教えろ》
嬉しそうに頷いたバンブルビーは、動揺しているオレには1ミリも気付いてないようだ。心の中で安堵する。
オレは頼れる兄貴分として、弟分の前で動揺を態度に出したことは、たったの一度もなかったのだ。
ニコニコと笑う能天気なバンブルビーの表情が、ジャズと一緒にいた時の楽しそうだったあいつと重なる。
どうしようもなくムカついて、柄にもなく冷静さを欠いて判断を誤ってしまったあの日のあいつと。
どうして、あいつが言った言葉を思い出しては胸の奥に厳重に守られているスパークが高鳴り、締め付けられるような心地になるんだ。なぜ、オレは、オレでなくなっていくような感覚に苦しめられているんだ。
(クソ……)
王の器たるこのオレ様が、誰かのために自分を抑えるなどありえない。
今までそうやって、自分だけを信じて生きてきた。自分以外の存在は信じられないし、自分の力を何よりも誰よりも信じているから。
たとえ全宇宙の恒星をひとり占めにして他の種が滅びようとも。苦しんでのたうち回り、その果てに死に絶えようとも、何も感じる必要も考える必要もない。王の器であるオレ様以外、無価値で、生きていても死んでいても同じようなものなのだから…。
…そもそもオレは、どうして王になろうとしたんだったか。
《─やった!完成だ!!─》
考えながら手を動かしていたら、いつの間にかオレの親指と人差し指の間には白い花束が出来上がっていたらしい。バンブルビーの浮かれた声でハッとした。
オレ達金属生命体からすればそれは、摘まめるほどにしか寄り集まっておらず、小さく、ちっぽけな物であったが、人間であるあいつがこれを持てばきっと、両手で支えなければ手から零れ落としてしまうことだろう。
《─絶対に喜んでもらえるよ─》
《…フン、当たり前だろう》
ぱちぱち拍手をしながら賛辞を送ってくるバンブルビーに得意になってそう返す。
そうだ、行動するよりも考えてばかりいるだなんてオレらしくもない。
オレ様にとってあいつは、オレ様の実力を映す鏡でしかないのだ。それ以上でも以下でもない。
自分を映す鏡が曇っていれば不便になる。ただ、それだけなのだ。ああ、そうに違いない。
基地に戻る為、ビークルモードになる際は、眠りこけるあいつをシートに横たえた時のように花を傷つけないように変形した。
走っている間も、舗装されていない凹凸のある道の揺れで花弁が散らないように細心の注意を払った。
花束を受け取った時のあいつの晴れやかな笑顔を想像しては、オレは何度もエンジンをふかしてその雑念を追い払ってアクセルを踏んだ。