2.月に口付け星をかぶせ
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出動のサイレンが基地内に響き渡ると、私は着手していた、アイアンハイドとファングが喧嘩した時の始末書から手を離して第1格納庫へ向かった。
第1格納庫はオートボットの生活圏としてだけでなく、人間たちの装備を置いておく場所としても機能している。
資料室から全速力でここまで来たが、いつも通り私は最下位だった。
すでに防弾チョッキやヘルメットを被った同期に並んで私も急いで支度する。装備に不備が無いか確認が終わると、隊員を叱咤して誘導するレノックス少佐の元へ急いだ。
「クイン遅いぞ!」
「すみません少佐!ファングはどこに!」
「あそこだ!お前が乗ったらヘリが飛ぶ、急げ!」
「はい!」
気合を入れるように背中を叩かれよろけたが、すぐにバランスを取り戻すとファングが乗っているヘリへ飛び乗った。
切り込み隊長であるファングはその役職の特性上、他のオートボット達とは別のヘリに乗らなければならないから、必然的にバディの私は出動時いつもファングと2人きりにさせられる事がほとんどだった。
少佐の言う通り、輸送ヘリは私が乗ったことを確認するとすぐに離陸を始める。
さっきまで少佐と立っていたところがもう既に豆粒のような小ささに変化していた。
『それで?今日はどんな獲物だって?』
密閉式ヘッドホンを着けた途端、目の前にいるビークルモードのファングから落ち着いた声色で通信を入れられる。
オプティマスの言う通り、戦いが絡むと本当に彼は別人のようになる。
私はマイクの位置を直すと答えた。
「あなたの実力に見合う手応えのある敵だそうですよ。場所は日本です」
『ハッハーッ!そうこなくてはな!オレより強いヤツであればある程、倒しがいがあるってもんだ!オートボットの誰よりも一番乗りに戦場に向かうぞ!オレ様の力を証明するのだあああ!』
「はいはい」
ヘッドホンのボリュームを少し落として、平常運転のファングを軽くあしらう。
通信でも彼の声は、ヘリコプターのプロペラの音もかき消してしまうくらい煩いから毎回耳が痛くなってしまう。
戦場に行く前だと言うのに上機嫌になって鼻歌?のようなものを口ずさむ、緊張感のないファングにこちらも釣られて笑みがこぼれる。
自分勝手なところも所有物扱いもまだ慣れないし折檻は怖いし、一人にしてほしい時もあるけれど。
自分より強い相手であってもハナから負ける気なんてサラサラ無い、根拠の無い自信に溢れた彼のこういう所を、私は尊敬していた。
膝の上に乗った自分の両手を見る。
戦地へ行くのなんてこれが初めてではないのに震えてしまう私の両手。
震えを誤魔化すようにギュッと拳を固く握ると、自分の手の冷たさを改めて実感した。
『なんだお前、震えてるのか』
ファングの鼻歌がいつの間にか止んでいた。
顔を上げた私は、慌てて笑顔を取り繕って両手を背に隠した。彼が私の様子を気にかけるなんてこと、初めてだった。
「いえ?ファングの気のせいじゃないですかね」
『…貴様、オレの目が間違ってると言いたいのか?』
「えっ?!そ、そんなつもりじゃ!」
不機嫌そうな声で言ったファングに動揺が隠せなくなる。
こんな時に彼の機嫌を損ねてしまったら最悪、作戦続行不可能なんてことになりかねない。
そうなったら私はまた始末書地獄だ。活字は好きだけど、もう始末書の「し」の字も見たくないのに!
何とか上手く誤魔化せるセリフはないかとうんうん唸っていると、ファングに舌打ちをされ、とうとう私は降参することにした。
「スミマセン、震えてました…」
『最初から素直にそう言えばいいものを』
素直とは縁遠いあなたに言われたくないです。とは口が裂けてもいえなかった。
『貴様!!』
「は、はい!」
もしかしてファングは私の心の中を見透かしてるのでは?と思うほど、毎回変なタイミングで彼は私をどきりとさせる。嫌な意味で。
今度こそ、ファングに対して失礼なことを考えていたのが顔に出てしまったのだろうかと、私は彼の顔色を伺ったが、ファングは打って変わって得意そうに鼻を鳴らすとこう言った。
『まあ、最強なオレ様と違って?矮小な人間である貴様がディセプティコンに恐れを成すなど当然のこと。別に恥じる必要はないんじゃないか?
どうせお前はオレ様の傍にいなければならないから死なんだろうし、お前は精々、オレ様が仕事を終えたあとの賛辞だけを考えてればいいと思うが』
「…え」
まるでそれは、私に向けられた励ましのような、私を守るから大丈夫なんだと、絶対に生きて帰れるんだと言われているみたいだった。
『? オレは何かおかしなことを言ったか?』
「…あなた、本当にファングですか?」
『ハァ?どういう意味だそれは?侮辱かッ?!!』
「アッ!いえいえ!違いますぅ!ただ…そう!ファングの強さがいつもより増してるような気がして!今日もすごいんだろうなって思ったら思わずそんな言葉がッ!!」
『ああ、なんだそういうことか』
(チョロい!!)
相変わらずジェットコースターのように不安定で、それでいて褒め言葉にはめっぽうチョロチョロなファングにホッと胸を撫で下ろす。自分でもかなり苦しい言い訳だと思ったが、ファングだったからなんとか通用した。
(あ…)
撫で下ろした手を見ると、震えが止まっていて驚いた。
ファングの意外な言葉選びにショックを受けたからか、またはドタバタして緊張がほぐれたからか。何にせよ、今日はもう大丈夫そうだ。
鼻歌を再開したファングをちらりと盗み見る。
ファングは褒められたことでもう私から興味をなくしたのか、私の手の震えが止まったことには気づいてなさそうだった。
(不思議な人…。あ、人ではないか)
自分勝手で、極力関わりたくないトランスフォーマー。
でもどうやら彼は、それだけの人ではない。
…のかな?
さっきとは違うリズムで鼓動を打ち始めた心臓のせいで、手のひらが熱を帯びていた。
「…仮に暴君じゃなかったら良いパートナーになれてたかもしれないんだけどな」
『あ?なんか言ったか?』
「あっ!えっと…今日もファングの活躍、楽しみにしてますって言いました!」
『ヌゥワハハハ!ディセプティコンの首をいくつか土産に持って帰ってやるから、任せておけ!』
「それはいらないですね」
『はあ!?なんでだよォ!?』
─ ✧ ─
今日も褒めまくったなあ~という達成感と疲労感を覚えながら、法定速度で走るコルベットの揺れに身を任せる。
過去一自然に、尚且つベタベタにファングを褒められたからか、今回は運転が気持ち優しい気がする。
本当に不機嫌な時はわざと砂利道を走って嫌がらせをしてきたりするので、作戦を遂行しながらも頭フル回転で賛辞を考えた甲斐があったというものだ。
膝に乗ったディセプティコンの生首は本ッ当に嬉しくないけど。
必死の交渉の末、持ち帰る生首の数を3個から1個に減らせたからまだマシだが…。
私は以前友人から聞いた、"飼い猫が主人の為に鳥や虫を仕留めて寝ている枕元に置いてくることがある"という話を思い出してファングの行動をほんの少ーしだけ微笑ましく思ったが、毎度こんな風に生首を持ち寄られても結局研究室に手渡すことになるのだから、私を介すという手間を発生させずに職員の人に渡して欲しいというのが本音だ。
あとシンプルに生首の苦悶の表情が壮絶すぎて怖い。
『しかしお前、国民としての在り方を随分心得えるようになってきたじゃないか。このオレ様を満足させられる生命体なんて、お前が初めてだぞ』
ファングにバレないように生首を膝上から隣のシートに移そうとした時、スピーカーからしみじみした声でそんなセリフを言われ、私の思惑は失敗に終わった。
交差点で静かに停車したのもそうだが、いつもより声のトーンが控えめなファングに度肝を抜かれてしまう。
夜の住宅街でのマナーを彼が心得ている…?!
大丈夫ですか?!頭のネジが一本飛んだんですか?!と出そうになって何とか堪える。
そんなことを言ったら運転席の座席が暴れ出すに違いない。
こんな人通りのない不気味な夜道に放り出されるなんて、たまったもんじゃない。
「へ、へー。私以前にもあなたの国民になった人がいたんですか?国民ゼロ号〜みたいな」
『いんや?お前が初めてだ。下等な人間をオレの配下に置く気は無かったが……まあお前は特別だ』
「そう、ですか…」
あれ、なんで私ちょっとほっとしてるんだろう…。
ファングに聞かれたら速攻で半殺しにされる事ばかり考える心中を誤魔化すために何気なく聞いておいた言葉でモヤっとした胸が、彼の言葉でほぐれていくのを感じた。
なんとなく、ファングの"特別"という言葉に心がざわざわとしている。
…いや、たぶんこれはあれだ。そう、プロ意識!
最近になってようやっとファングをコントロール出来る(?)くらい信頼関係を結べたのに、以前にもそういう人がいたら嫉妬するなっていう、職業病だよ!……嫉妬!?
『何ひとりで唸ってるんだ、気持ち悪い』
「う、すみません…」
一人で考えれば考える程墓穴を掘ってしまい、しまいにはファングの『気持ち悪い』がトドメとなって私の心を突き刺した。
ほんと私、どうしちゃったんだろう。ヘリでファングに励まされてから変だ。
「というか、ファングって基本的に人間は嫌いですよね? 今朝も今も、そんなようなこと言ってたし……。それなのに、どうして、私を国民と認めてまで、褒められたいんです?実力も自信もあるあなたなら、王国なんかなくても1人で頂点に立てるじゃないですか」
普通、自分のコミュニティを作るなら、なるべく自分と波長が合ったり苦手意識のない相手を選ぶはずなのに、彼は見下している種族をわざわざ指名して、毎回自分の承認欲求を満たしている。
それに承認欲求を満たすだけなら、わざわざ国民を集めて国を作るなんて時間と労力がかかる手段を選ばずとも、勲章を取って称えられるとかもっと簡単な方法がありそうなものなのに。彼はどうして私を傍において置く方法を選んだんだろう。
それはこの3ヶ月間ずっと気になっていた疑問だった。
かぶりを振っただけでは冷めない顔の熱を逃がすためにも、深く考えず聞いてしまったが、数秒後、私はこの質問してしまったことを後悔することになる。
なぜなら、これを言って以降、ファングが黙り込んでしまい車内に重たい沈黙が流れてしまったからだ!
(き、気まず~っ!今まで罵詈雑言なり自慢話なり、ファングが喋ることに私が相槌を打つようなコミュニケーション方法だったから、私の発言をきっかけに会話が終わるのがつらい!せめて暴言でもいいからなんか言ってほしかったなあ…)
手持ち無沙汰で思わずディセプティコンの生首に視線を落とす。
だけど生憎、私には指遊びの代わりに生首をいじるシュミは無かった。
『オレは……』
メインストリートをまばらに照らす星のような街灯を12個くらい通り過ぎた時、消えかかった明かりくらい頼りない音声が聞こえた。
伝えたい事を手探りで模索し、重たい口をなんとか開こうとしているようなそれに、思わずスピーカーに釘付けになる。
シートベルトがぎゅっと私を抱き寄せた気がする。
私を捕まえたコルベットは暗いトンネルの中に入った。
本来は夜の闇に包まれているトンネル内を太陽のようなオレンジの灯りがまばゆく照らす。ファングのボンネットもそれに染まってしまいそうなくらいに眩しい。
『オレは…オレが成し遂げた偉大な功績や力を評価してもらえないのが不服なだけだ!ただ、それだけだ。オレには誰とも違う特別な実力があるのに、それを周りは誰も理解してない。しようともしない!要らないんだよ。オートボットも、ディセプティコンも、人間共も、オレを認めないなら……! お前を選んだのはたまたまだ。理解力のないあいつらよりも話が通じそうだったから、選んでやったまで。オレはオレの思う理想郷を創りたいんだ、それがオレの夢だからな!』
話しているうちにイライラしてきたのか段々と語気を強めたファングに、なんだか胸が締め付けられる思いだった。
冷たくて鋭いのに、どこか悲しげな言葉。
彼の言葉からは言いようのない強い感情を感じた。
一体何があったら、こんな言葉を吐いてしまうようになるんだろう。
彼と過ごすようになって初めて、私はファングの過去や彼の考えていることを知りたくなった。
ファングがもう言葉を続けるつもりがないのを見計らい、膝の上の生首を今度こそ助手席に置く。
空いた両手でハンドルを撫ぜると、車体が悪路以外の原因で揺れたような気がした。
「……つまり、寂しいってことですか?」
『……………………は?』
思わずつぶやいた一言にまた遅れて後悔する。
ついにやってしまった。
ファングの気に触る本音を呟いてしまった。
これじゃあ運転席から放り出されるのも時間の問題だ。
来るべき衝撃に備え、口と目を固く閉じ身を縮める。
…けど想像していたようなアスファルトの痛みや、地面のにおいはいつまで経ってもやって来なかった。
ぷはっと息を吸いこみ、閉じていた目を開く。
目を閉じる前と何ら変わりないフロントガラスの景色が視界に飛び込んできた。
唯一違う事と言えば、数メートル先にトンネルの切れ目があることだろうか。
トンネルから脱出すると、雲一つない晴れ渡った夜空が私たちを見下ろしていた。
空には星が無かったが、その代わりに真っ白い月が真ん丸に浮かび上がっていた。
『…ば、ば、ばっかじゃねーーーのッ!!』
「うああ??!」
フロントガラスから見える空模様にすっかり魅了されてしまった時だった。
キーーンッとハウリングしてしまうくらいの爆音でファングが叫んだのである。
『寂しい?!このオレ様がそんな脆弱な感情を抱くわけがないだろうが!勘違いも甚だしいい!お前を話のわかるやつと思っていたオレ様がバカだった!ったく、なにが……寂しいなどと…ブツブツ』
「あ、ごめんなさい、ホントごめんなさ、わ
わかった、わかったから!!」
ひとしきり叫び終わると今度はシートをガタガタ揺らし始めたファングに焦り、降参の態度を全力で示す。あまって吐く!胃の中身が出ちゃう!!
「うっ」
『おいまさか貴様ッ!それだけはやめろ!!オレが悪かったから!吐くなら窓から外に出せ!ほら!』
聞いたこともないような声色でファングが開け放った窓から顔を出し、耐え切れなかった物をゲロゲロと吐き出す。ああ、綺麗な天の川…。今が深夜で良かった。
思う存分スプラッシュをした私は、持っていたティッシュで口を拭いてぐったりと席に身を預ける。
そして、ぼんやりとする意識の中でふと、思った。
私が彼の話を聞いて思ったことを言った時、触れていたハンドルの金属部分がほんのり熱を持ったこと。
気分を害するようなことを言って、ゲロまで吐いちゃったのに、体に引っ掛かったシートベルトが緩む気配がないこと。
……図星を言っても放り出されないくらい、私は彼の"特別"らしい、だなんて。うぬぼれすぎだろうか。
未だにブツブツと言い続けるファングににやける顔がバレないように、私はシートベルトをきゅっと優しく握った。