サテライト/※Jazz
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「宇宙葬……ですか?」
『ああ。政府との交渉の末に、明朝、人工衛星にジャズの遺体を乗せて発射することになった』
オフィスの椅子に座りすぎて腰が痛いのを我慢しながらタクシーでも呼ぶかと心の中で呟いた時、小さな印刷会社のパーキングにそぐわない大型トラックを見つけてそれがすぐにオプティマスだとわかった。
見覚えのあるファイアパターンに、バンパーについた赤いマーク。高校卒業前は何度も見たそれだ。見間違うはずもなかった。
何かあったんだなと理解しつつ関わりたくないとも思う。これ以上記憶をほじくり返されたくなかったから。
でも無視をしたって延々と追い掛けられるだろうから、ハイヒールを鳴らして、ステップに足を掛けて渋々キャビンに乗り込んだ。
そして冒頭の会話に戻る。記憶をほじくり返されるどころか核爆弾で集中攻撃されたような気分だ。
オフィスのライトが全部消され、パーキングエリアから車が一台も無くなると、やっとオプティマスもエンジンをかけた。
メガトロンが倒された後も、地球に残ったディセプティコンを警戒してのことかもしれない。亡くなったオートボットの弔いを行うなんてディセプティコンに傍受されてしまったら、せっかくの最期の別れが彼らの襲撃によって台無しになるだろうから。
都市部の明るい街並みを法定速度内でゆっくり走りながら彼は話を続けた。
『故郷の葬式は、自分達の宇宙船を使って遺体を
なるべく話半分に聞いていたが、オプティマスのそのセリフでメールを打つ手が止まった。
とりあえずこれだけ送ってしまおうと思い、紙飛行機のボタンを押して無事送付完了の通知が来てから、携帯を閉じ、大袈裟にため息をついた。
「高校を卒業と同時に就職して、もう1年経ったわ。あれからずっと、私はオートボットたちにメールを送り続けた。ジャズはどうなったか?もう遺体は処理されてしまったのか?人間に悪用されてるんじゃないか?……とかね。力になりたいって、私にも出来ることがあるんじゃないかって聞いたのに……誰も、一通も返してくれなかったわね。
……なのに、今更なんでそんな話をするの? 行かないわよ。大体、私はサムと違って、バンブルビーのような護衛もつけられない一般人で、あなたたちに呼び出されるような身分じゃないのよ」
『連絡を返さず君を傷つけたことは言い訳の出来ない事実だ。申し訳なかった。だが、サムとは違う身分、というところに関しては、ひとこと言わせてくれ。君は我々にとって、彼と同じく信頼に足る友人だよ。間違いなく、全員そう思っている。だからジャズも最期に、君に会いたがっているはずだ。私は彼の代わりにそれを伝える義務がある』
「まるで本人から直接聞いたみたいな言い草」
『君を心から愛していた彼なら、きっとこうしてくれと言ったはずだ』
ザァアア!と音を上げて窓にしぶきが飛んだ。
道路がガラガラなハイウェイに入り、オプティマスがアスファルトの水溜まりの上を走ったからだ。
等間隔に並ぶ街灯が窓に付いた水滴を定期的に照らし、暗闇に浮かぶそれらは、光っては消える星々にも見えた。
それをぼんやり見ながら、言葉を吐き出す。
「……嫌な嘘」
『本当だ』
「なぜ、彼が私を愛していたと、そう言い切れるの」
『ジャズが君を常に想っていたからだ。私の制止も振り切って、君を助けにフーバー・ダムへ向かったのが最たる例だろう』
「……ふふ、あれは本当にビックリした。爆撃で吹き飛んだ後の着地点にドアを開けた彼がいんだもの。……そう、両思いだったの…」
だからといって、私が彼の葬式に行く理由にはならない。
そんな切ない事実を再確認した後に、彼の遺体を目の当たりにする勇気が出ない。
『もちろん、私も無理強いするつもりはない。全ては君の心に任せよう。君には選択する自由がある』
「……ありがとう。……ごめんなさい」
私の情けない部分を見透かしたように優しい声色で言われて、心が申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そこから先は、お互い口を噤んだまま。
気まずいわけでも、つらいわけでもない空気がキャビン内に漂流した。
ただ私の心にはずっと鈍い悲しみが立ち込めていた。
私の家の前でオプティマスが停車すると、ドアが自動的に開いた。
「本当に今日はありがとう」
半ドアに気をつけてドアを閉めながら降りると、色んな意味を込めてそう言った。
悲しい事実を知って傷付きはしたけれど、部外者のように扱われて何も知らないまま、彼らのことを忘れるように歳を取るよりは良いと思った。
オプティマスは黙ったままだったが、低い排気音をひとつ鳴らすと立ち去っていった。きっと彼なりの返事なんだろう。
小さくなっていくピータービルトを見えなくなるまで見送って、私は家に入った。
家の中はひたすらに冷たかった。
裸足でベッドに倒れ込み、私は夢を見た。
満足に挨拶もできないままロケットで宇宙へ飛び立つジャズを無様に見上げる夢だ。
どんなに走っても、手を伸ばしても届くことは無い。叫んでも声は出ない。有り余る後悔と愛を嘆いても伝わることはなかった。
彼の乗るロケットは大気圏に突入すると、ふっと煙を吐き出さなくなり、次の瞬間から引力に身を任せるように落下し始める。
流星のように燃え上がったロケットが塵になったことに涙を流すと、急に場面転換をした。
赤錆のような塵の姿になり、返事をしなくなった、砂山の彼が私の前に倒れ込んでいる。
原型を留めていなかったが、どうしてかその砂塵が彼だとわかっていた。
彼だったものが風に溶けてしまわないように抱きとめて泣いた。
喉がちぎれるくらい泣き叫んでいるはずなのに、私の声帯から声は出ていなかった。
目覚めて、希望に満ちた白い朝を迎えても、すぐに私は絶望に突き落とされる。ボロボロこぼれる涙はネグリジェに染みを作った。
ぼんやりした頭で思ってしまった言葉を忘れられずにまた泣いてしまう。
「すべて夢でよかった」
なんて。
彼が死んでいるのは、夢も現実も一緒なのに。
……はっとした。
夢も現実も一緒。
その言葉が頭から離れずに網膜に焼き付いていた。
夢の中の私は、彼との別れ際に何も伝えられなかったことにひどく後悔していた。
ありがとうも、大好きも、ごめんなさいも、愛してるも……さよならも。
伝えきれずに塵になった彼を見て、もう一度やり直せるのなら、この胸から湧き出る気持ちを余さず彼に打ち明けたいと思っていた。
夢は泣いて暮らすままで終わった。
現実はまだ、夢のようにはなっていない。
そう考えると涙が少し収まった。
……あの夢はきっと、私の有様を見兼ねた神様からのエールだったんだと思うことにした。
たとえ、二度と一緒に歌えなくとも。
想いを通わせられなくとも。
冷たい亡骸なんだとしても。
──会いたい。会って話しがしたい。
現実を目の前にして、夢のように膝から崩れ落ちることになっても、後悔と涙に溺れ続け、彼との記憶をつらいだけのものにはしたくなかった。
涙を袖でぐしぐし拭うと視界が明瞭になった。
そうして、サイドテーブルに置いていた携帯を手に取って、電話帳の"O"から始まる彼にコールを掛けた。
こんな不安定な状態じゃ運転なんかできない。
運転代行を頼みやすいオートボットは、ジャズ以外には彼しか思いつかなかった。