トライアングル/※Sideswip
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周囲の偵察から帰ってきてロボットモードでガレージのシャッターを潜ると、クインは、薄汚いペラペラの麻袋をシーツ代わりにしてコンクリの地面に雑魚寝をしていた。
元軍人で野営に慣れているとはいえ、人間は脆いのだからもっと体を大事にして欲しいと思う。
NESTが無くなって、あれだけ守ってきてやった人間から追われる身となった今、オートボット以外で信頼できるのは、俺にはクインだけなのだから。
逃亡生活を続けて各地を転々としてきたため、この別荘のような家の構造は未だに把握しきれていない(俺はサイズ的にガレージしか入れないし)が、パッと見たところ、少なくとも彼女がこんな所で寝なければならないほど老朽化している訳でもない。
クインが当たり前のように毎食、この家のキッチンで調理をしている事からも、本来の家主がいつでも快適なバケーションを楽しめるようにと、ここの家具家電と言った設備は整えられているはずだ。
俺もクインも、今まで人間のために戦ってきたんだ。
死んだように眠る彼女をベッドへ誘導した所で、バチは当たらないだろう。
《おい……》
目の前にある小さな肩をつつこうとして指がピタリと止まった。彼女の枕元に、空になった酒瓶や缶が散乱していたからである。
クインを起こさないようにそっと仰向けにして体をスキャンすると、彼女が浴びるほど酒を飲んだことがすぐにわかった。
酒を飲んだこと自体は状況からすでに察していたが、スキャンした事によってブレインに表示された血中のアルコール量が異常な数値を計測したために、スパークがどくりと嫌な音を立てた。明らかに、人間の成人女性が一日に摂取しても良い量を超えている。そして彼女は先程から、
《クインッ!!!》
体内ポンプの稼働が早まり、全身に流れるオイルがどくどくとボディを駆け巡っている。
肩を強く揺すってクインが怠そうに目を覚ました事で、それはなんとか落ち着いた。ほっと排気する。
「サイドスワイプ……」
彼女の顔が怠そうだった原因がわかった。目が腫れぼったくなって、普段の角度で瞼を開けられていないのだ。
普段は怖いくらいに冷静な彼女が、酒に頼って、泣くくらい不安になる気持ちを解消しようと藻掻く時、俺は彼女が何を……"誰"を考えているのか知っていた。
《ああ……ああ、わかってる……》
目覚めてしまったせいで彼女は彼を思い出してしまったらしい。
ぶわっと目から大粒の涙が溢れ出し、俺はうわ言のようにそう言って、潰してしまわないようにクインを抱き寄せた。
「う……、ひっぐ………アイアンハイド…………」
アルコールが理性を鈍らせているのも手伝って、俺の手と膝に挟まれたクインは、隠そうともせず師匠の名を呟いた。
"私なんかより長く仲間だったあなたたちの方がつらいでしょう?"
そう言って、俺やオートボットの前で彼の名前を出さないようにしていた彼女が。
繰り返し繰り返し……誰も答えてはくれない空間へ……。呼んでも呼んでも返事をしてもらえる事の無い現実から逃げるように、彼がこの世にもういない苦痛から目を背けるように、絶え間なく、声帯を震わせ続けた。
俺も彼女の背を撫でる手を休めない。
アイアンハイドを……仲間を失った悲しみも苦しみも、崩れ落ちるクインくらい、俺にもある。
けどそれよりもっと残酷で、報われない不毛な感情が主に俺を動かしている。
しゃくりあげる彼女を励ますのはそのままに、メモリーサーキット内にある映像をブレインに映し出す。
完全とは言えないが、ささやかで平和だったNESTでの日々……その記憶だ。
レノックスやエップスと一緒になって陽気に踊るツインズとバンブルビー。
武器のメンテをラチェットやジョルトにキツく指示するアイアンハイド。
それを見て微笑んでいるオプティマスと、一緒になって笑うクイン。
思えば彼女は、あの時既にアイアンハイドのことが好きだったんだろう。
記憶の中で彼女が笑顔を向ける先には、いつもアイアンハイドがいて、彼といる時のクインは、俺が知るどのクインとも違って綺麗だから。
せめて、アイアンハイドが生きてる内にクインを振り向かせることが出来たなら、今のこの状況も変わっていたのだろうか?
アイアンハイドも、オートボットの仲間も次々に殺されていって、人類に背を向け俺たちの側についた彼女と2人で逃亡生活を送るうちに恋をするなんて。彼女の中にこびりついたアイアンハイドの幻影に、勝算なんてあるはずもないのに。
メモリー内に記憶された、クインに満更でもない顔をさらけ出すアイアンハイドを見て、なんとも言えない複雑な感情でボディが引き裂かれそうな感覚に陥る。
─もし、あの時腐食弾で死んだのが俺だったなら……なんて。
そんな不謹慎な妄想などするだけ無駄だというのに。
勝手に死にやがって。
結局実力も、クインから貰える愛情も何もかも、アンタには叶わないってことですか。
「ねえ、大丈夫……?」
クインに言われてようやく、俺は自分がウォッシャー液の涙を流していることに気づいた。
ぐちゃぐちゃになったスパークではこの涙の意味を明瞭にすることもできず。
《なんでもねえよ》
クインをこれ以上不安にさせないように、俺はそう言って微笑むしか無かった。
*_*_*_*_*_*_*_*_*_*
fin.トライアングル
(今日も