タイムリミット/Ironhide
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青い砂がくびれたガラスの道をサラサラと滑り落ちていくのに、思わず目を奪われた。
音もなく下に溜まっていく砂が、自分がこの世で最も恐れている"もの"を表現して、現実を突きつけているような気がしたからだ。
実際はクインがインスタントを食べるためにひっくり返した、ただの砂時計だったが、アイアンハイドはその時間が終わりを迎えるまでどうしても目を離すことが出来なかった。
「? 食べたいんですか?」
3分後にカップの蓋を剥がし、フォークで麺を持ち上げたクインが、アイアンハイドからの熱烈な視線に気付いてそう言った。
《食えると思ってるのか》
「思ってませんけど…すごい見てたじゃないですか」
《……見てない》
クインは納得していなさそうだったが、短く返事をするとそれ以上追求してくることはしなかった。
2人きりの格納庫内には再び静けさが訪れ、クインが麺を啜る音だけが響く。
「あ」
作業していた手を再開させようとトランスフォーマー専用の大きな工具を手に取った時、思い出したような声がアイアンハイドを引き止めた。もう一度そちらを見ると、クインはスープを飲んで火傷をしたためか、舌を少し出しながら砂時計を持ち上げてこちらに見せつけてきた。
なんの脈絡もなくそうされて、アイアンハイドは不機嫌な排気を隠そうともしなかった。
《なんだ》
「これが欲しかったのかなって。砂時計、珍しかったですか」
見当違いの質問にアイアンハイドはまた排気したくなった気持ちを抑えて、差し出されたそれを手に取ってみた。
細やかな模様が施された薄いガラスに、恐ろしく細い白樺の骨組み。
自分のボディに組み込まれた1番小さなパーツよりも更に小さい、原始的な時間観測装置は、そんなに力を込めなくとも容易く破壊できてしまうだろう。
そうならないよう気を使うのは、オートボットの中でも雑な分類に含まれる自分にとって、とても神経のいる行為だった。
……それでも触れようと思ったのは、砂時計のように脆い、目の前の"恐怖の象徴"が自身の手の中で永遠であればいいのにと願ってやまないからか。
"恐怖の象徴"は嬉しそうにニコニコ笑うと、聞いてもいないのにペラペラと喋り出す。
「どうです、安物とは思えないほど綺麗でしょう? 日本へ観光しにいった時、古風なアンティーク店で手に入れたんですよ。
任務してると生きることに必死で、こういうものを綺麗と思う心とか忘れちゃうんですけど、これ使ってるとその気持ちを思い出せるので、いい買い物だったなって思います」
《そうだな、お前はとにかく無駄な動きが多い。それ食ったらウイリアムの所に連れていくからこってり絞ってもらえ》
「こ、断ると言ったら?」
固唾を飲んでこちらを見上げる小さな体をつまみ上げると、「ヒョエエェ」なんて間抜けな叫びがクインの口から吐き出される。
砂時計を乗せた手の上へ彼女を乗せると、クインは涙目でそれを握りしめ震えていた。
そして、次の瞬間から顔を赤くして怒り出す。その口は、砂時計を買った時のエピソードを話した時のように饒舌だ。
「なんてことするんですか!一言もなしに急に持ち上げるなんて!!ヒュンッて!お腹がヒュンッてなった!!」
目線が合うよう顔に近づけたことも相まって、身振り手振りを交えて喚かれるのは非常にやかましかった。
だがアイアンハイドはそれに怒る素振りも見せず、次の刹那には腹を抱えて大笑いし始めた。
《はっはっはっ!その元気があるなら大丈夫だろう。しっかりやれよ》
アイアンハイドの言う"大丈夫"は、相棒の訓練に彼女が耐えられるかどうかに向けられたものでは無く、自分のためのものだった。
クインにその言葉の真の意味が伝わることはない。
彼女はただ、滅多に見られないアイアンハイドの大爆笑に驚いて、その後徐々に和やかな雰囲気に当てられていき、綺麗に笑うだけだった。
そんな彼女の笑顔を見て、アイアンハイドは泣く人間の気持ちを理解した。
音もなく手を滑り落ちていく砂のように、今この時もクインの命は時を刻み続けている。アイアンハイドよりも速く、短い感覚で。
この温かい時間が嘘のように、真実は冷たく残酷だというのに、自分の気も知らない彼女は本当に美しく笑う。
いっその事自分の手で壊してしまえば、その記憶は自分の中で時を止め、永遠に留まることだろう。そんなことする気も、勇気も出るわけないが。
アイアンハイドはクインを握り潰してしまわないように、零れないように、鉄の掌で優しく包み込んだ。
「どうしたんですか?」
笑い混じりの声が手の中でこもる。
《なんでもない》
驚くくらい優しげな声が自分から出た。
自分にもこんな弱い感情があるなんて知らなかった。
しかし、それを知らなければきっと、こんなにも満たされることは無かったに違いない。
アイアンハイドが彼女を降ろしたのは、流れる涙も無いくせに熱くなるオプティックが冷めた後だった。
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fin.タイムリミット