モーニングラブコール/Ironhide
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◇◇◇
〈―現在―〉そんな事があって、アイアンハイドとは1週間連絡を取っていない。
NEST基地では、仕事の関係で仕方なく顔を合わせる時以外絶対に鉢合わせないようにしていたし、2人きりにならないようにしてきた。
怒りすぎたかな?とか、もしこのまま自然消滅したらどうしよう?とか。冷静になってから色々考えた。
けどやっぱり、今回ばかりはどうしても許せない。
いつもみたいに私が下手になるのだけは、どうしても納得できなかった。
だから……仮に恋人関係が終わったとしても、一緒に仕事をする仲間として、付き合う前までの距離感に戻れるようにしよう。と、別れた後の事まで考えてしまうくらい、私たち二人の間には大きな危機が訪れていたのだ。
◇◇◇
耳障りな音がして、頭に被っていた枕をどかした。いつのまにかうつ伏せになっていたらしい。
くたびれたシャツにタイトスカート姿のままだったことや、ベッドの下に空いた酒の缶や瓶が散らばっていたのを見て、昨日は帰ってすぐにアルコールを導入剤にして眠りについたことを思い出した。
痛む頭を抑え、唸りながら起き上り、未だ鳴り止まない音の正体を手探りで探した。
ガラガラと音を立てながら、ついに犯人を見つけ鷲掴む。サイドテーブルから沢山の空き缶を払い落として掴んだのは、けたたましい音と一緒に振動する携帯電話だ。
非番の今日は、本来アイアンハイドとデートする予定だったから、仕事関係の電話は掛かってこないはずである。よっぽどの緊急事態でもない限り。
「もしもし、ベルよ。何か問題でもあった?」
結んだまま寝たせいでぐちゃぐちゃになった髪を解きながら、電話の向こうの人物にアタリをつけて対応した。なにせ、私の番号を知っているのは仕事の関係者か、死別した家族くらいしかいなかったから。
《眠そうな声だ。もう9時過ぎだぞ》
知っている声に一気に覚醒した。
そう言えば他にもいたな。私の電話番号を知る、ある意味仕事の関係者であり、家族でもある人物が。
「間違い電話です」
一言で突き放して通話を切り、枕の上に放り投げる。お風呂に入って現実逃避をしようとする私の気も知らずに、やかましく鳴る折り返し電話に腹が立ち、今度は枕の下に携帯を入れて押さえつける。音は小さくなった。
朝を最高な気分で迎えるために設定したQueenの名曲が、今じゃ地獄への行進曲に思える。彼のせいで一気に最悪な曲になった。
彼の言うとおり、時計を見ると時刻は9時15分を指していた。
予定していた任務の開始時刻からまだそんなに経っていないということは、輸送機か何かで移動している最中だろうか?
電話を寄越してくれただけでも嬉しかったけれど、それを感じ取られたらチョロいと思われかねないので深呼吸をして、心を怒りで満たした。朝っぱらから、情緒不安定な自分が嫌になりそう。
一度インターバルを置いて再び鳴り出す携帯を枕の下から掘り起こし、通話ボタンをプッシュする。
「ハイ、クインよ。今電話に出られないの。
メッセージを残してくれたら折り返すわ」
《随分調子の悪い留守電だな?声が掠れてる》
「なんの用、アイアンハイド」
からかうような低音に嬉しさよりも怒りが増幅し、ぴしゃりと言い放つ。アイアンハイドは反省の色が見えない声で続けた。
《冷たいじゃねえか。俺はお前の恋人だぞ》
「
《ああ、最低だよ。なんせ1週間も無視されるとは思ってなかったんでね》
皮肉げな言葉についにカチンと来て、気づいた時には携帯を握りしめて叫んでいた。
「アンタだって私に話しかけようとしなかったじゃない!」
《それはッ!…………っ、ハァア……》
熱くなって乗ってくると思っていたのに、彼の方から苛立ちを抑えるようなため息が零れたかと思うと、数秒間沈黙がやってくる。
それをあえて壊そうとは思わないから、私も口を噤んだ。
先に口を開いたのはアイアンハイドだった。
《…………なあクイン。何も、俺が電話したのは、お前と朝っぱらから罵り合うためじゃない。
これから死ぬかもしれないってのに、そんなバカなことに俺が時間を使うわけがないって事は、お前が1番よくわかってるだろ?》
「……」
《俺は戦士だ。使命のためならどんな悲惨な死でも受け入れられる。……だが、後悔だけはしたくない。心残りを残したままだと、おちおち死んでもいられないからな》
「…………前置きはいいから」
《わかった、わかったよ》
長々と続けられる台詞の奥に、彼が本当に伝えたいことが隠れているのを感じて、なるだけ彼がその言葉を見つけられるようにやさしく声を掛けた。素直になれない時ほど口数が多くなる彼の癖はとっくの昔に知っていた。
観念したように同じフレーズを繰り返したアイアンハイドは、大きく、長く排気音を漏らすと、蚊の鳴くような声で呟いた。
《……悪かった。お前との約束を果たせなくて……傷つけて》
最初の揶揄うような声色は鳴りを潜めて、本当に悔いていることが携帯のスピーカーから感じ取れた。
食いしばった歯の隙間から息を吐き出すような苦し気なそれに、私の中で既に判決は下されていた。いたけど、やっぱりチョロいって思われたくなくて、咄嗟に思いついたイタズラを仕掛けてみようと、彼の名前を呼んだ。
「ねえ、それだけ?他に言うこと、あるでしょ?"あ"で始まる言葉とか……"る"で終わる言葉とか」
《そうだな、愛してる》
「ヒュッ」
予想外の回答に思わず、何も飲んでいなかったのに空気でむせてしまった。
輸送機か何かで移動しているということは、同じ空間に彼の仲間がいるということ。アイアンハイドの性格上、人前でこういうことを言うのは、彼にとって罰ゲームのような物だったはずだ。それを見越して私もイタズラしようと思ったんだから。
《愛してるぞ》
「追撃ヤメテッ!」
《機嫌は直ったようだな。お前の赤い顔を見てやれなくて残念だよ》
「うるさいっ」
シリアスな雰囲気が彼の笑い声で吹き飛ばされ、アイアンハイドの思惑通り真っ赤にさせられた私も、それに釣られて笑えてきた。
数分前までは意地でも彼を許さないつもりだったのに、それが180度、嘘みたいにひっくり返されたのが可笑しくてたまらない。
素直になれないところも、意地悪なところも、全部全部……彼の全てが愛おしくて。
もしこれが彼の作戦だったとしたら、それは大成功に終わったと言えるだろう。
涙で溺れていた1週間の冷たい感覚はもう思い出せない。
たった数十分の会話だけでこんなにも幸せになれるって、彼と付き合うまでの私じゃわからなかった。
有り余る愛を、彼のように電波に乗せて伝えると、程なくして拗ねたような返事が帰ってきた。
数秒前までの私みたいに、電話越しの彼が照れていることは火を見るよりも明らかだった。
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fin.モーニングラブコール