軒下の知らない君/*Optimus
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
少し雨足の強くなった空を見上げ、たまに道行く人々の傘の色を目で追うことが、店仕舞いしたダイナーの前で辟易しているクインにとっての暇つぶしだった。
何も考えないでいると、体が冷たいのを余計に意識してしまうから。
張り付いたジーンズやティシャツにも意識を向けないよう、時たま目を閉じてひとり連想ゲームなんかもしていた。
そうして数十分ほど、雨止みを待って過ごした。
雨宿りを始めた時よりか、どう考えても降水量は増えていたが……今日はとことんツイてないらしい。
「はぁー……」
ドアに背を預けズルズルしゃがみこむ。
太ももの上に肘を置いてその上に顎を乗せると、突っ立っているよりかは多少マシな体制になれた。
サァァアア……と、屋根の影に入らないアスファルトの道路は、別世界のように雨が降り続いている。
うざったくはあるが、なんだか日頃は味わうことのなさそうな非日常感に気分が高揚して、クインの口角は自然と弧を描く。"何事もポジティブに"は、彼女のモットーであり長所だった。
雨が作り出す灰色の世界にしばらく浸っていると、その中心から特徴的な男性がクインのいる方向へ走ってくるのが見えた。
モデルのような長身体型で、赤と青のファイアパターンが入ったジャケットを着た彼は、迷いなく彼女の隣に飛び込むと、彼女が数十分前したように服に染み込んだ雨水を搾っていた。
「ハイ。はじめまして、酷い雨ね」
クインがそう言うと男は一瞬驚いた顔をしていたが、困ったように笑うと彼女の言葉に頷いて肯定した。
「ああ。私の故郷では見たことの無いくらい、酷い天気だ」
低い声が淡々と機械のようにそう言った。
こちらを一瞥もせず、真正面を向いたまま答えたため、クインはいけ好かない態度に少しだけ腹を立てた。
「へぇそうなんだ。私、クイン。あなたの名前は?」
「オプティマスだ。オプティマス・プライム。この近所で恋人と暮らしている」
「ふーん。てっきり、妻子持ちだと思ってたわ。この前あなたに似た俳優の家族写真を見たのよ。なんだったかしら……ああ、そうそう、
カギカッコのジェスチャーで"スキャンダル誌"をわざと強調して皮肉ってやった。
「それは人違いだ。私はモデルでは無いからな」
全く効いていなかったが。
はあーっとまたため息を吐いて、目をぐるっと回し、オプティマスとは反対の方を見る。
雨宿り中、時間を潰す話し相手としてはいいかもしれない。もし彼の相手が私じゃなければだが。
クインは不貞腐れたようにむっつり黙りこみ、オプティマスは無表情でピンと背筋を伸ばし、ただ雨を見つめている。
その会話を最後に、二人の間には沈黙が訪れた。
「ひとつ、相談をしてもいいだろうか」
沈黙を破ったのはオプティマスの悩ましげな声だった。
「どーぞ」
気は向かなかったがクインは頷いた。
オプティマスは今度こそクインの方を向いて微笑むと、また眉を寄せて話し出した。
「実は先ほど、恋人と喧嘩してしまってな……私の無神経さが彼女を怒らせてしまったようなんだが、理由を聞こうとするといつも逃げられてしまうんだ。
それでここに来たんだが……話をするためにはどうやって引き留めたらいいだろうか」
会ったばかりの君にこんなこと聞くのは野暮かもしれない。無理して答える必要は無いよ。
クインは、そうつけ加えた彼の顔を一瞥した。
視界の隅でじーっとこちらを見てくる彼の青い目を無視し続けていたが、やがてそれに根負けし、クインも渋々……彼をまっすぐ見て答えた。
「そうね…。まずはその
「そうか…」
オプティマスは身を屈め、しゃがみこんでいた恋人と視線を合わせると、雨に濡れた前髪を払って彼女にキスをした。
クインのぽかんとした目が、顔を離すオプティマスを捉えた。
「クイン…これからは不安にさせないと、この口付けに誓おう。だからどうか、帰ってきてくれ。このままでは風邪をひいてしまう」
「なっ!? き、へっ?!?」
オプティマスに両肩を掴まれたままのクインは、それはもう真っ赤になって、先程奪われた唇に手の甲を持ってきて恥ずかしがっていた。
「君が飛び出していった時、私は、君がいつも味わっている気持ちになった。これは……どんな言葉をインターネットで探しても、きっと表せない」
「……わかってくれた?」
「ああ。……すまなかった」
オプティマスに自覚はなかった。
しかしこの時、ヒューマンモードの人工的とは思えない顔のつくりが、元の姿では伝わりきれない感情を彼女に伝えていた。
クインはいつだって自分にまっすぐにぶつかってくれるそんな彼が好きで……。
今もひしひしと伝わってきた感情に、拗ねることが申し訳なく思えてきた。皮肉まで言って意地悪していたことにも。
「……ねえ。私こそごめんね。追いかけてきてくれてありがとう。……ところで、どうやって帰るつもりなの?」
クインの言葉にホッとした表情を見せたオプティマスは、「少し待っててくれ」と言い残してまた雨の中に飛び込んだ。
びっくりして引き留めようとするクインに笑いかけると、彼はダイナーと隣のビルの間にある路地に消えていった。
自分の声がかき消されるくらいの豪雨に心配になったクインは、オプティマスの後を追おうとしたが、目の前に止まって、短くクラクションを鳴らしてきたピータービルトを見て、やめた。
ステップを踏んで運転席に乗り込むと、動き出す車。
作業員でもない女ひとりでこんな大きなトラックに乗っていたら待ち行く人にジロジロ見られていたかもしれないが、 ここには今、ふたり以外いなかった。
オプティマスが追いかけてこなければ、雨が止むのを待ってもっと遠くに行くつもりだった。
自分を引き留めたこの天気は、運命のイタズラだったのだろうか。
シートに身を預けるクインは、曇天を見上げながら思った。
『何か考え事か?』
「んーん。何にも」
スピーカーから声が聞こえて、クインは思いを馳せることに見切りをつけた。
『そうか』
「うん」
この先オプティマスと付き合って行くということは、不安の連続であることはきっと変えられない。
彼を愛さなければ、任務に赴く度に胸がキリキリと痛むことは無かっただろう。
しかし愛さなければ、愛を知ることもなかった。
だからクインは、どんな不安に陥ろうとも、今日のように逃げ出すことは二度としないと心の中で誓った。
どんなに逃げだしても、追いかけてくれる彼と、帰る家がある限り。
+─────*─────+
fin. 軒下の知らない君