不格好なやさしさ/Ironhide
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優しくブレーキがかけられ、またドアが自動で開いた。
『着いたぞ』
「今度は投げ飛ばさないんだ」
『黙って降りろ』
「はあい」
ぶっきらぼうな態度をからかうと、怒ったふうな声。その声に本気で怒った感情を感じない事が、私の気のせいじゃないといい。
ハイヒールで高い位置から着地すると、少しふらついたけどしっかり地面を踏み締める。
背筋をしっかり伸ばして息をすると、背を曲げていた頃より新鮮な空気を吸えた気になる。
『顔は酷いが、そうしてる方が変質者には見えない』
「もう、酷いわ」
『本当のことだ。まあ、また変質者呼ばわりされそうな所を見つけたら、あそこに連れてってやってもいいが』
「……それってホント?」
『嘘なんかつくか』
チカチカ光ったヘッドライトが眩しくて、キャーなんて小さい悲鳴をあげながら手をかざす。それでも光は指の間から漏れて、瞼越しに私の目を照らした。
「もう、やめて!今度からあなたたちの始末書に悪口かいて上司に提出するわよ!」
『俺たちの始末書?……今までお前が書いていたのか』
驚いたのか、ヘッドライトを消した彼は怪訝そうな声でそう聞いてくる。
まあ私が書いた始末書なんて、上司が自分の手柄にしてるだろうし。ゴーストライターの存在なんて知らなかったんだろう。あ、言わない方が良かったかな?
「え、ええ。兄と一緒にここに配属されてから。割と最近ね」
大丈夫だったか不安に思いつつそう言うと、またため息。
なにかまずかっただろうか?
『通りでウィリアムがピリピリしてるわけだ……』
「?」
『いや。こっちの話だ。気にするな』
「そう……」
ウィリアム、という名前に覚えがあったため思い出そうとしたけれど、結局思い出せず、彼にも気にするなと言われたからそうする。
『…………あー』
エンジン音だけが響くこの場所に、短時間で何回も聞いた間を繋ごうとするような『あー』。
でも彼に限って、これはなにか話したい時のサインなんじゃないかと私は思い始めていた。
『その……』
たっぷり間を設けるじゃない。
でも彼がそうしてくれたように、私も彼が話すのを待つ。
また『あー』を言って数秒経った頃、やっと彼の重たい口が開かれた。
『あ……、ンン!……アリガ……トウ』
数分待った言葉がそれ?!
そう思って、気付いた。彼は、非常に不器用なんだと。優しくて誠実なくせに、それを素直に出すのが恥ずかしいからぶっきらぼうになって、反対の印象を与えてしまうんだ。
彼の全部を知ったわけじゃない。
でもそれに気付くと、種族も大きさも違うのに、彼の心にものすごく近付いた気がしてなんだか嬉しくなってしまった。
「ま、カタコト!それってエイリアン言葉〜?」
『やかましい!あー、言うんじゃなかった……』
エンジン音をもう一度鳴らしてバックしようとしていることさえ、照れ隠しに逃げようとしているようにしか思えない。
彼が帰ろうとしているんだと思い、焦って彼の前に飛び出した。
ぶつかりそうになってしまい、彼の怒声が飛んできたけど、そんなことより聞きたいことがあって、私は彼の声を上回る声を張り上げた。
「ねえー!あなたの名前はー?!私はクインって言うのー!」
自分らしくない声量に思わず笑顔が零れる。
こんなに、誰かに大きな声を出したことは無い。
『たく、そんなことか!何かと思えば……アイアンハイドだ。もう二度と目の前に飛び出してくるなよ』
「アイアンハイド……。アイアンハイド!きっとすぐにまた会えるわ!今日は本当にありがとう!」
『うるさい!聞こえてるわ!』
方向転換して今度こそ行ってしまうアイアンハイドの後ろ姿に向けて大きく手を振る。
見えなくなっても、胸にともる熱い想いが鎮まるまでそこを動かなかった。
アイアンハイド。
優しくて不器用なひと。……人ではないか。
俄然とやる気の出てきた私はオフィスに戻ると、途中だった始末書の作成に取り掛かる。
キーボードを叩こうとして、机に伏せてある写真立てに気がついた。
泣くなよ、俺はいつもそばにいる。
「っ?!」
そう声を掛けられた気がして振り向く。
やけに近くに感じた声だった。
「そっか……いるんだね」
それじゃあ一層、笑われるような一生は送れないね。
温かい涙が流れそうになって、まだ泣けたのかと自分に笑った。
写真立てを元に戻し、もう一度仕事に向き合う。
立派に戦った兄さんのように、私も彼のために戦うよ。