不格好なやさしさ/Ironhide
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「……ねえ、どこまでいくの」
本来車に話しかけるなんてドラッグをキメてるような人しかしないだろうが、生憎私はマリファナも覚醒剤もやってない。
触ってもいないのに的確に車線の中を滑る彼に問いかける。答えは沈黙。
基地の滑走路を出てからもう30分は経つ。
ディエゴガルシア島の海岸線を走る彼の意図は全く読めないけれど、泣いてる私を放っておいてくれるような優しさを持ち合わせていないことは確かだ。
急ブレーキを掛けられて頭をハンドルにぶつけそうになる。
ちょっと何すんのよ!と抗議する前にひとりでにドアが開き、座席からポイッと投げ出される。落ちたのが草の上だから良かったものを……。急に連れてきたくせに雑な扱いをしてきて!なんなの!
自分は何も知りませんよ?みたいな態度で未だ車の姿でヘッドライトをつけただけの彼に堪忍袋の緒が切れた。
「アンタ本当になんのつもり?!急にこんな所に連れてきたかと思えば投げ捨てる様なことして! こっちはアンタたちと違って擦り傷が出来ただけで雑菌が体内に入って死んだりするんだから!!このガサツエイリアン!!」
『ガサツで悪かったな』
返事が返ってくると思わず、肩を跳ねさす。
その一言を皮切りに、ひとつ大きな排気音をさせたかと思うと、様々な金属音とタイヤの音をさせて、黒い車は大きな金属生命体へとトランスフォームした。
私の考えは合っていた。彼らのためにいつも書類地獄に陥ってはいるが、こうして対面するのは初めてだったので、未知との遭遇で少し足が震えた。しかも彼は両腕に大きな銃を持っていたから、余計に恐怖心を煽られる。
金属音が鳴り止むと、大きな脚で片膝を付いた彼の顔が目の前まで近づく。
《お前があんな所でビービー喚いていたのが近所迷惑になると思ってここまで連れてきたんだ》
「は?近所迷惑になってたのはそっちでしょ。あんな所でクラクションなんかして……余計なお世話なのよ!」
《あー!うるさい!人間の女はなんでこう高い声で喚くんだ!聴覚回路がショートしちまう!》
「いいわ!何度でも叫んでやる!あーーーーっ!!!」
《おいやめろ!はぁぁぁ……。お前少しは黙れないのか!》
「きゃっ!?」
唾を飛ばし合うような口論の末に、うざったそうな声を出した彼がその大きな手で私を掴みあげ、ゆっくりと立ち上がった。
安全装置もなしに高く持ち上げられ、お腹がひゅんとする感覚に圧倒的な恐怖を覚える。
「ちょっと!今度は人を呼ぶくらいの大声で叫ぶわよ!!」
《残念だな。ここには滅多に人はいない。叫んでも誰も、お前なんか助けに来ねえよ》
悪役のような言葉を言ってのけた彼の青い目が至近距離にある。
腕も一緒に掴まれてなければこの目にパンチをお見舞いしていたのに。
「ハッ!オートボットのセリフとは思えないわ。これ以上喋ったら、ここから私を落とすつもりなのね」
《面倒だからもうそれで良い。喚くのをやめたら、精々指でも咥えて上を見るんだな》
「上……?」
イラついていたような声がそう言うと、彼の視線が上を向いた。
一気に静かになった彼を不思議に思い、その視線の先を私も見上げる。
「わ……」
そこにあったのは、基地よりももっと星を近くに感じる濃紺の夜空だった。
管制塔や滑走路の灯りがない、自然豊かな位置に来たからか、夜の闇が濃くなってそう思えたんだ。
いつの間にか私を掴みあげていた手は、反対の手に私を乗せていた。
へたりこんでいた脚を立ち上げ、眩く輝く一等星に息を飲む。手を伸ばせば、届く__
《危ないっ!》
星に手を伸ばし1歩踏み出した足が宙に落下しそうになる。
本当の意味で、一歩間違えたら死んでいた。
落ちそうになった私を守ったのは、私を掴みあげた方の鉄の手。
飲み水をすくい上げるような形で、私の命も救ってくれた。
間近に感じた"死"に、遅れて脂汗が大量に出る。両腕で体を抱きしめ、震える体を慰めた。
「死にたくない……」
それは1週間前から望んでいたことと真逆の言葉だった。
「死にたく、ないよ……ごめん、兄さん…………にいさんッ……ああっ!」
また涙が溢れてきたのに、さっきまでとはなにかが違う。
胸につかえていた重たいものが無くなって、楽に呼吸が出来る。
死にたい、と兄さんに贖罪するために命を絶ちたいと思えない。
情けない声を上げて泣く私を前にして、今度の彼は何も言わずに、ただ私を両手の中に留めておいてくれた。
私が泣き止むまで。ずっと。