アイラブユーを送らせて/*Ratchet
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「つかれたぁー……」
会社の事務処理が思ったより長くなってしまった。
明日はデートだから、早めに上がれたらエステ行ってネイルして、筋トレして、会いたい人にバッチリな自分で向かおうと思ってたけど。
それは明日の朝の私に任せようと思う。
壁に手を付きながらハイヒールのストラップを取りスリッパに履き替え、洗面台で化粧を落とす。
タオルで顔を拭いて、地面に放った鞄から買ってきたジュースを取り出した。それを片手に飲みながら、リビングのドアを開けると、
「おかえり」
「ブッッ」
本来ここにいるはずの無い彼の姿に思わず口の物をスプラッシュしてしまった。うあ!!鼻にも入った!!というか今すっごい疲れた顔してるしスッピンなんですけど!??
「らら、らららラチェット!!?」
鼻からポタポタ垂れるグレープフルーツジュースを止めるために鼻をつまむと、ソファに座って本を読んでいたラチェットがティッシュを手に私に駆け寄ってくれた。ありがたい。ありがたいけどそれよりも、恋人に醜態を晒してしまったことがなにより辛いんですけどー!
「大丈夫かね?」
「ずびばぜん……」
「ほら、鼻をつまんでいると良くない。中身を出してしまいなさい」
「はい……」
最近は人間の医療プログラムも組み込んだという名医の診断に、素直に従って手を離す。箱ティッシュから数枚紙を取りだした彼の右手が、優しく私の鼻の下や唇を拭ってくれる。
無防備な状態で彼を迎えることになって、情けない気持ちでいることは頭の隅に追いやった。そんなことより、会えたことが本当に嬉しいし。
大木のように太く、ガッチリとした手や腕を至近距離で凝視してしまう。
べつに彼はいやらしい事なんて何一つしてないのに、彼の太い首や弧を描く唇が目に入ると、私の心臓はうるさいくらいに高鳴ってしまった。
付き合ってまだ数ヶ月。
異星の軍医と地球の一般人である私たちの間に流れる空気は、付き合う以前とそんなに変わっていない。
恋人を作ったことが無かった私からすれば、それで満足している部分もあれば、物足りなく思うこともあった。
……でもそんなことを面と向かって彼に言える訳もなく………付き合ってから今日までずっと、清い関係を続けてきた。
だから、何も言わずに彼が私の部屋で寛いでいることには心底驚いたし、こうして触れられることにもいちいち、ドギマギしてしまう。
「どうしてここへ? 勝手に外出しても大丈夫なんですか?」
顔を拭き終わって離れるラチェットの背中に、疑問だったことを問いかける。
ヒューマンモードになったとはいえ、基地から私用で出掛けるには面倒な手続きがあるはずだ。人間の私ですら、出入許可証を発行してもらうのに苦労したんだから。
ティッシュをゴミ箱に捨て振り返った彼は、ああ、と落ち着き払った声で疑問に答えた。
「ちゃんとレノックス少佐に許可は取っているから心配はいらないよ。どうしてかは……そうだな」
そこで初めて、彼が口を手で覆って、言葉を出し渋っているような素振りを見せた。
「…………恋人と過ごす時間を作りたかったから……という理由で、不法侵入は大目に見てくれないか?」
予想していなかった回答に目が丸くなる。
けど、そう言った後、頬をほんのり染めたラチェットに全身がむず痒くなって、耐えきれなくて彼の体に飛び込んだ。
急に飛びついた私に驚きはしたものの、倒れる素振りもないところにまたキュンとしてしまう。
「おっ、と」
「最初から怒ってなんかないです!会えてすっごく嬉しいです!!」
今まで私を恋しむような空気をラチェットから感じたことがなかったから意外に思う。
「意外、という顔をしているな」
「えへへ、バレました?」
体を少し離すと頭上からこちらを見下ろすキレイな青い瞳と目が合う。優しげに微笑む彼の顔につられて、私もニヤニヤしてしまった。
「そうだね、君は、君が思う以上にわかりやすい性格だと思うよ。そんなところが可愛いんだが」
彼の両腕が私の腰を引き寄せ、ピッタリと密着する。心臓発作で死んでしまいそう。
顔が赤くなるのを自覚しながら、彼から目を離すことは出来なかった。
「今日は随分積極的じゃないですか?」
「明日は会う約束だったろう。行くところも特に決めていなかったから、前日から独り占めできたらいいな、なんて思ってな」
君に触れたい。
微笑んでいた顔が急に真面目な顔つきになって、彼が遊び心でそう言ってるんじゃないことがわかる。ラチェットが誠実で優しいことは知っていたけど、こんな風に言われたら突き放すことなんてできない。
こくん。と小さく頷いた。
大きな手が私の片頬を包み込む。
人工皮膚から伝わる作り物の温かさに、本物の愛おしさが沸き上がる。
重なる唇。
初めて好きな人としたキス。
確かめるように軽く触れ合って、顔を離すと大好きな人の男らしい表情に酔い知らされる。
アルコールが回ったみたいに体の力が抜けて、この人と私しか世界に居ないような感覚に陥る。
またキスを降らされると、ゆっくりソファに押し倒される。
ローテーブルに置かれていたのは、彼がさっきまで読んでいた本。
なんの内容か少しだけ気になってしまい、視線がそっちを向いていたのだろうか、
「どこを見てるんだ。」
と、低い声が私を窘めた。
「ネットで何でも知れるのに、どうして本を読むのかなって……」
私の顔の横に手をついて不機嫌そうな顔をしていた彼が呆気に取られたような顔になって、次の瞬間には口からくつくつ笑いを零していた。
「え、なんかおかしかったですか?」
間抜けな顔をしていただろうかと不安になって聞くと、いいや、といってかぶりを振ったラチェットが鼻がぶつかる距離まで顔を近づけた。
「そんな事に嫉妬してしまった自分に驚いてね、笑ってしまったんだ。こんな気持ちになるのは初めてだよ」
「ラチェットでもそんな事を思うんですね」
「幻滅したかい?」
「いいえ!全然!むしろ、嬉しいです」
「そうか」
笑った彼の鼻がチョンと触れた。
頬にあった手が私の顎に移動すると、太い親指の腹で、唇をさすられる。
「なあ、」
「はい」
また真っ直ぐにこっちを見たひたすらに澄んだ青が、少し揺れていた。
「……俺だけを見ていてくれ」
「……あなたしか見えない」
安心したような声で、ラチェットは再び口付けをした。今度は呼吸を奪うような熱いキス。自然に瞼を閉じた。
目を閉じていても、私が思い浮かべたのはラチェットだけ。
この甘いひと時が終わったら、恥ずかしくてあまり言わない言葉を、彼に倣って真剣に送ろうと思う。
ラチェットがもう二度と、寂しげに瞳を揺らすことがないように。
「クイン……愛してる」
「…私も愛してるわ」
夜は始まったばかりだった。
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fin. アイラブユーを送らせて