不格好なやさしさ/Ironhide
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限界、という言葉の意味を真の意味で理解したのは、誰もいないNEST基地のオフィスで作業中、涙を流してしまった時だった。
なんてことはない。
オートボットが任務でまた勝手に行動したとかで、本当は上司がやる始末書の作成を押し付けられて、会ったこともないエイリアンたちの後始末をさせられていただけ。
パソコンの画面とにらめっこして、2時間後くらいにはプリントした書類を上司のデスクに置く。いつも通りやればいいだけだった。
_お前まーた押し付けられてんのかよ。いい加減、俺から一発お見舞いした方がいい気がするぜ?……なー、いいだろー?
バッと顔を上げる。
視界の端に一瞬だが、バトルグローブをした手がモニターの上に置かれたのを見た。
その手は半透明だった。もちろんここには、自分以外の人はいない。
大丈夫。もう過ぎたことだから。忘れれば痛くない。
ずっとそう言い聞かせてきたのに……ダムが決壊したかのように、1度涙が伝ってしまうともう止まらなかった。
ボロボロと大粒の雫がデスクと、そこで握りこぶしを作った私の手に落ちてしぶきをあげる。
その腕に巻いた、兄から貰った就職祝いの腕時計を見て今度は嗚咽が出てきてしまった。
_大丈夫だって!お前のためなら、懲戒処分も怖くねーよ!軍を辞めたらどっかの土木作業員にでもなればいいだろ?この筋肉が俺の魅力だからな
「あ…………ひっ、……にい、さん……」
机の上に置いた家族写真には、両親と私と兄が写っている。その写真立てを伏せて、いても立ってもいられずオフィスを逃げ出した。
あそこには思い出が多すぎた。
走って逃げた先は、オフィスの近くの滑走路だった。何も考えずにここまで来てしまった。兄がこんな私を見たら、笑うんだろうか。
大きな戦闘機や軍用ヘリが並ぶ下を歩き、人通りの多い通路から離れた芝生の上に腰を下ろした。タイトスカートにハイヒールだったから、膝を曲げたりすることは出来ず、足を投げ出し、両手を地面に下ろす。ストッキング越しに当たる草がチクチクした。
「……きれい」
走っているうちに少し涙は引っ込んだけど、満天の星の綺麗さに胸を打たれてまた泣き出してしまった。じわじわと膜を張って零れるこれを、今夜は止められはしないだろう。
誰もいない。私一人だけ。
そう確信して、我慢せずわあっと声を上げて泣いた。昔からそうすると、気分がすっとした。
兄さん、兄さんと何度も兄を呼んだ。
大きくて、鍛え抜かれた硬い手のひらが、私の頭を撫でることは二度とない。
こんなことになるなら、大人になっても嫌がらずに受け入れていればよかった。
傍にいればよかった。
プアーーーーッ!!
唐突に鳴り響いたクラクションに驚く。
手で覆っていた顔を上げると、滑走路には似つかわしくない黒い車が1台遠くの方からこっちを見ていた。
暗闇の中でオレンジ色の光を放つその車に目をよく凝らす。バンパーにはGMCの赤いロゴが貼られていた。
こんな夜中に誰だ、近所に迷惑がかかるでしょ、と思って運転手を注意しようと渋々近寄ると、エンジンが掛かっているにも関わらず誰も乗っていないことに気付いた。
どうして。そうつぶやく前に車がブンブンとうなり始めて発進しようとするので慌てて運転席に乗り込んだ。
こんな場所で暴走でもされたら、損害費が大変なことになってしまう。ただでさえ日々の戦闘で機体が撃ち落とされているというのに、こんな所で無駄なお金を使わせてしまうのは勿体ない。
だが運転免許をもっているとはいえ、こんな大きな車なんか触った事があるはずもなく。何度も唸りを上げ、少しづつ発進する車体に変な悲鳴をあげるしかできない。
ついに、車がスピードを上げ出す。幸い機体が並んでいるところではなく、出入口の方へ走り出したので安心した。また別の問題が出てきては来たが。